17話 最も優越な種族Ⅰ

 『最も優越な種族』と評される森精種エルフ

 森精種エルフの特筆すべき点は、他の種族よりも魔法の扱いに優れている事だ。

 下級魔法は勿論のこと、中級魔法、上級魔法をも扱い、最大威力の魔法、最上級魔法を易々と扱える者すら存在する。


 糾合騎士団シュプレム支部は森精種エルフを中心とした組織を形成しており、模擬戦ともなれば周囲の安全を考慮した万全の体制で行われる。

 森精種エルフの戦闘力、殲滅力の高さの都合上、模擬戦ですら死人を出す危険が伴う。


 その模擬戦を行う場所こそが、シュプレムの端に建設されている巨大な施設、円形闘技場コロッセオだ。

 円形の建物の中心に戦闘エリアを有し、その周りを観客席がぐるりと囲っている。

 円形闘技場コロッセオの壁には、シュプレムの他の建造物同様一部苔が生えているが、露出する綺麗な表面から最近建てられた建物であることが伺えた。

 建物全体の大きさにして約五万平方メートル。

 戦闘エリアは約一万五千平方メートルを誇る、糾合騎士団の所有する中でも最大級の施設。


 その中心に佇むのは、森精種エルフ耳金髪の少女と猫耳灰髪の幼女。

 シエル・カルマンとヒナタ・シュウだ。

 二人は充分な距離を置き相対する。


 その二人に、周囲の観客席より多数の視線が向けられる。

 噂を耳にした騎士団員や町人だ。

 彼らのお目当てはそれぞれで、糾合騎士団のNo.7シエルの戦いを見に来た者。

 実質的に幻鳥種ハーピィを倒したとされている謎の人物を見に来た者など。


『おいおい嘘だろ、あんな子供が幻鳥種ハーピィを倒したってのかよ』

『噂は噂だろ? やっぱり『挟撃の魔女』が倒したんじゃねーの?』

『そりゃあそうだよな、でもあの子供が倒したんだとしたら……』

『そんなのありえねーって』


『『挟撃の魔女』の実力、しっかりと見とかないとな』

『はぁ? 『挟撃の魔女』って実はそんなに強くないって噂だぜ?』

『そうなのか?』

『所詮はラッキーセブンのNo.7、七光りのNo.7だろ? 絶対大したことないって』


 シエルに対する数々の評価に、シュウは苦笑する。


「散々な言われ様だな」

「んー、まーね。シエルはあまり戦闘しないから、あの評価も仕方ないかなーって」

「そうなのか?」

「うん、戦いなんてほんとーはしないほうがいいんだよ」


 はにかむシエルをシュウは退屈そうに流す。


「そうか」

「でも、守る為には力が必要だからね、だからシエルは戦うの」

「平和の為か?」

「そう、平和の為」


『話しているところ悪いのだけれど、そろそろ始めさせてもらっても良いかな?』


 二人に魔法石の拡声器で呼びかけるのは、戦闘エリアと観客席を隔てる壁の前に立つ、白い軍服と鋭い目つきが特徴の長髪の女性。

 彼女は糾合騎士団のNo.2で、出向くことのできなかった団長に代わりシュウを見定めに来た人物だ。


「いいよぉ~!」


 シエルが声を上げ、軍服の女性へ向け大きく手を振った。

 シュウはちらりと観客席へと目を向ける。

 戦闘エリアぎりぎり、壁際の最前列にいるケイトと妖精種フェアリー達。

 全員が真剣な表情で二人の模擬戦の成り行きを固唾を呑んで見守っている。


 負けられない。

 自尊心プライドにかけて。

 旅での信頼にかけて。


 シエルが真剣な表情で真っすぐにシュウを見据える。


「繰り返すみたいだけどー、シエル本気でいくから」

「ああ、勿論だ――外見は子猫だが、中身は猛虎だ。油断せず全力で来い」


 軍服の女性が右手を空へ掲げ――


『模擬戦、始め!』

「「ピュール・クリスタッロ!」」


 振り下ろすと同時に二人は打って出る。

 同時に放たれる火球魔法の猛攻。

 連続で撃ちだされる火球魔法は、二人の間で衝撃派を放ちながら対消滅していく。


 威力は同等、そう思われたが状況はすぐに動いた。

 二人の中間で拮抗していた火球魔法が、徐々にシュウの方へ押され始めたのだ。

 力負けを嫌ったシュウは、迫りくる火球をサイドステップで回避する。

 そして同時に、シエルへ疾走しながら火球魔法を乱射。


 シエルは自分に当たるものだけを確実に撃ち落とし、反撃の火球魔法を正確に放つ。

 対しシュウは、最小限の動きで躱しながらシエルとの距離を詰める。


「早い!?」


 予想以上の速さに、シエルはバックステップで距離を取ろうとするが、遅い。

 数メートルまで近づいたシュウが風爪魔法を発動する。

 そして、至近距離の火球魔法を相殺し、シエルへと爪を振り下ろす――


「かはっ……!?」


 捉えたはずのシエルが遠ざかっていく。

 何が起きたのか、なぜ自分は地面に叩きつけられているのか、シュウは理解するまでに時間を要しなかった。


「っちぃ……これがお前の変異魔法ストレンジアーツ強要の遭逢マーシー・ソーイング』か!」


 起き上がろうとするが、地面と体が縫い付けられたようにビクともしない。

 動くことのできないシュウに、シエルは畳み掛ける。


「炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス!」


 生成される炎弾が、動けないシュウを打ち抜かんとする。

 シュウに反撃の手立ては無い。

 防御手段も無い。

 中級魔法を防御するにも、既に発動している中級魔法に対抗するには遅すぎる。

 逃げるも敵わず、受けるも敵わない絶体絶命の状況。


 ――が、生成された炎弾がシュウの体を打ち抜くことはなかった。

 シエルが炎弾魔法を、前方へ放たず、後方へと放ったからだ。

 理由はシエルの後方より襲来する、無数の火球。


 正体は、反射を付与する魔術愛月鉄灯。

 先ほどシュウが突撃しながら放った火球魔法のうち当たらなかったものが、戦闘エリアと観客席とを隔てる壁に反射し、シエルへと襲い掛かったのだ。


 後方へ気を取られることにより、シュウへの注意が散漫になりシエルの変異魔法ストレンジアーツ強要の遭逢マーシー・ソーイング』が解除された。

 火球魔法を処理するシエルに生まれた隙でシュウは距離をとる。


「炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス」


 そして、お返しだと言わんばかりに、背中ががら空きになったシエルへと炎弾魔法を放つ。


 ――刹那、全てが吹き飛んだ。

 一瞬見えたシエルの頭上に見えた巨大な火球と、その火球の爆発により放たれた爆風にシュウの軽い体は簡単に飛ばされる。

 その爆風と光は観客席へも届き、驚きの声を上げさせた。


「今のは……」


 受け身を取って着地し、体制を整えるシュウにシエルは答える。


「うん、最上級魔法だよ」


 放たれたのは詠唱破棄の最上級魔法。

 存在する魔法の中でも、最強の威力を誇る階級の魔法。

 いくら詠唱破棄で威力が下がってると言えど、下級魔法や中級魔法をかき消すのに充分事足りる。

 僅かの時間に行われた攻防に沸き上がる観客。


『あの子供、複数の属性を使ったぞ!? どうなってんだ!?』

『うおぉー! すげー! あの『挟撃の魔女』に引けを取ってねーぞ!』

『それでもやっぱり魔法戦は『挟撃の魔女』がつえー!』


 シュウは考える。

 最上級魔法、詠唱破棄であったが為正体は分からないが、恐らくは火山の噴火を模すイラプションの魔法。

 最悪なのはそれが詠唱破棄で放たれたことだ。

 それでは学習のしようがない。

 目的の一つである魔法を覚えることができない。

 だが、詠唱ありで撃たれれば良いのかと言うと、それもまた困る。

 現在のオレは最上級魔法を防御する手段を持ってない。

 適正距離で使われれば最後、枯葉のように吹き飛ばされ負けるだろう。

 それでも手段がないわけではないが――


「――断罪の女神よ」


 思考するシュウに、その暇を与えまいとシエルが上級魔法の詠唱を始める。

 遅れて詠唱するシュウ。


「断罪の女神よ、優しく抱擁し、激しく燃やし尽くせ! アポテフロスィ・アスパスマタ!!」


 両手を広げる二対の炎の女神が、お互いへ向かって進行する。

 遅れを取ったシュウだったが、詠唱は間に合ったようで、シュウ寄りではあるが二人の中心で女神が消滅する。


「何だと!?」


 ――が、シエルの放った炎の女神の後ろから、また炎の女神が現れた。

 さらには両脇から弧を描いて、二つの火球がシュウへと向かってくる。

 防御を許さない四連撃。


 ドドドォン!

 全ての魔法が着弾し、爆音と煙を上げる。


 ――直後、煙を切り裂いて姿を見せるシュウ。

 携えるは、土の尻尾と風の爪。

 だがその魔法はすぐに霞に消え去る。

 シエルは気付く。


「今のは凄いねー。リトス・ウラとアネモス・ニヒで炎女神魔法を対消滅させつつ、両脇の火球を体を低くして避けた。流石だね!」


 嗤笑してシュウ言う。


「ふん、良く言う。炎女神魔法の一段階目、あれは平行詠唱で直前に放った詠唱破棄だな。後ろに隠れた二段階目こそが、完全詠唱の本命。そして、両脇の火球魔法は変異魔法ストレンジアーツによる歪曲か」

「当たりー」


 隠す事もなくシエルは答える。

 シエルが、糾合騎士団でトップ10に入る理由の一つがこれだ。

 圧倒的な殲滅力。

 隙を作らない平行詠唱。

 そして、柔軟な使い方ができる変異魔法ストレンジアーツ

 これこそが、シエルの強さを支える三本柱。


 それでも、遠距離での魔法戦で後れは取っていないとシュウは確信した。

 確かに攻撃力は凄まじいかも知れないが、今現在のシエルは息を荒くし、明らかに疲労している。

 高い攻撃力を生み出すには、必要とされる魔力も膨大となる。


 一方、シュウはまだまだ余裕があった。

 このまま、最上級魔法の攻撃範囲外から遠距離魔法戦で体力を削る。

 ――だが、その思考も絶望へと塗りつぶされた。


「明星を妬む紅き巨人、破滅へと誘う煉獄の炎」


 シエルが右腕を掲げ、詠唱を始めたからだ。

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