16話 戦前の団欒

 翌日の早朝、シエルは準備があると言って家を飛び出していった。

 確か、団長に模擬戦を見てもらうと言ってたし、その辺も踏まえて色々とスケジュールを合わせる必要があるのだろう。

 既に模擬戦のことはケイトに伝えたが、案の定心配されてしまった。


 それでも、シエルが最大限安全に考慮する旨を伝えると、渋々ながらも了承してくれたので問題は無い。

 差し当たっての問題と言えばシエルに放置されたことであり、シエルが帰ってくるまでの時間をどうやって潰すかだ。

 一先ず、ケイトと一緒に一晩泊まった部屋を出てリビングへと向かう。

 リビングへと足を踏み入れると、机の上で妖精種フェアリーの二人が何かしているのが見えた。


「おはようございます」

「よお」

「げっ、お、おはよぅ……ございます……」

「げぇ……おはよう」


 ケイトの挨拶に、照れながらも挨拶するヒトミ、そして一瞬戸惑いはしたものの、すぐに挨拶を返すナナミ。

 二人はどうやら朝食中のようだ。

 体程もある大きさのクッキーを、両腕で抱いて噛り付いている。

 シエルに怒られるからだろうか、机に溢さないように皿の上で二人向かい合って食べていた。


「ご一緒しても?」


 時間は有り余っているし、家主が不在なのも心地悪い。

 なのでどうせならばと、食事を共にすることをケイトは提案する。


「いいよ」

「いいわよ」


 そう言って、二人は部屋の隅にある棚を指差す。

 何だろう? とシュウが棚を開くと、そこには妖精種フェアリーの二人が食べていたものと同じクッキーが箱に入れられていた。

 シュウはそれを持って机に戻り、箱を置いてケイトの横へと椅子を移動させて座る。


「昨日はごめんな」

「昨日はごめんね」


 改めてシュウへ謝る妖精種フェアリーの二人。

 クッキーに手を伸ばしていたシュウは、些細なことだ、とでも言うように気にも止めずクッキーを頬張る。


「ああ、返してくれたから別にいい、それよりどうやってアイを盗んだんだ?」


 シュウはアイを盗まれたことよりも、アイを気付かずに盗んだ方法が気になるようだ。

 ケイトにクッキーを食べさせながら、耳を傾ける。

 ヒトミは少し悩んで重い口を開く。


「それは、俺の変異魔法ストレンジアーツ『エクストラクト』で抜き取ったんだ」

「そういうことよ」

「どういうことだよ」


 それだけだと分からない、とシュウが説明を求めると、ヒトミが手の平をこちらへ向ける。

 すると、ヒトミの手が魔力による光を放ち、いつの間にかクッキーが握られていた。

 そのクッキーの元の在り処はシュウの手の中、今まさにケイトへ食べさせようとしていた物だ。


「なるほど、物を奪う変異魔法ストレンジアーツか」

「二度と悪用しちゃ駄目ですからね!」

「「は~い……」」


 反省の色が見える妖精種フェアリーの二人、これでもう悪さをすることも無くなるだろう……多分。

 それとは別に、シュウには気になることがあった。


「なあ、色々聞きたいことがあるんだがいいか?」

「うん、いいよ」

「うん、いいわよ」


 それは、昨日の戦闘中に聞いたこと、そして今まで機会を逃していたこと。


「シエルのことと、糾合騎士団についてだ」

「えーと、シエル?」

「本名はシエル・カルマン。カルマン家の令嬢で糾合騎士団のNo.7、称号は『挟撃の魔女』よ」


 疑問符を浮かべるヒトミを押しのけて、ナナミが適切な説明をする。


「『挟撃の魔女』……か。で、その糾合騎士団がどれほどの規模なのか分からない、そして凄さも分からないんだが」

「ええとお」

「私も詳しいことは知らないけど、かなり大きな騎士団よ。加入国は平和の魔王の支配する種族、森精種エルフ妖精種フェアリー獣人種ワービースト人類種ヒューマンとあとは樹妖種ドライアドの国だったかな」


 説明ができないヒトミに代わりナナミが説明をする。

 会話から除外されたヒトミはいじけてクッキーを食べだす。

 この世界には魔王がいるとの新事実に、ケイトへ目を向けるシュウ。

 ケイトは驚く様子もなく、周知の事実のようだった。


「その魔王ってのは他にいるのか?」

「財貨の魔王に闘争の魔王がいます」


 その質問に答えるのはケイト。

 そして、ナナミは糾合騎士団の目的を明らかにする。


「その闘争の魔王が、近々戦争を引き起こそうとしている。それを止めるのが糾合騎士団の役目だって、シエルが言ってたわ」


 なるほど、それでシエルは平和を守る騎士団だと言っていたのか、とシュウは納得する。


「財貨の魔王はどちら側なんだ?」

「どっちでもないんじゃないですかね?」

「そうね」


 魔王はやはり、唯一にして至高の存在で、他の魔王とは相容れないらしい。

 いつか目にすることができるのだろうか、もし出会うことがあったら戦ってみたいものだ。

 シュウは密かな闘争心を仕舞い込み、会話へ戻る。


「で、オレの力を借りたいという訳か」


 守るには力がいる、それも奪う以上に強い力が。

 その為に、戦力が少しでも多いに越したことはない、正当な意見だ。

 クッキーを食べていたヒトミが会話の輪へ戻る。


「シエルに誘われたのかー?」

「ああ、模擬戦で決めるらしい」

「平和の魔王の支配下にいるんなら入りなさいよ!」

「あんた強いんだから入れよ!」


 シュウの実力を目にした妖精種フェアリー達は、当然の成り行きのようにシュウを勧誘する。

 「初めからそのつもりなんだが」とシュウ。


「なーんだ」

「なんだ、そうなのね」


 だが、これに異論を申すのはケイトだ、声のボリュームを上げて問いただす。


「ちょっとシュウ! 騎士団に入るなんて聞いてないんですけど!」

「ああ、言ってなかったか? そういうことだ、模擬戦で糾合騎士団に入れるか試験するらしい」


 ケイトは心配そうな目でシュウを見つめる。


「今からでも辞退してください、戦争に参加することになったら大変です」


 ケイトの過保護にもシュウは慣れたもので、既に言い訳を用意していた。

 妖精種フェアリー達に聞こえないように、ケイトに耳打ちする。


「大丈夫だ、戦争は早々始まらない、戦争が始まる前にアルカにたどり着いて義手を作り、すぐに騎士団を抜ける」

「それならいいですけど……」


 簡単に言い包められたケイトは、どことなく不安気な表情だが納得したらしい。


「あんた達、紅茶はいるか?」

「あんた達、紅茶はいるかしら?」


 そんな不安気なケイトを察してか、ヒトミとナナミが紅茶を進める。


「頂こう」








「はぁはぁ、ただいまー」


 シエルが戻ったのは昼前のことだった。

 シュウ達を見つけると、息を切らしたまま結果を伝える。


「模擬戦は、承諾されたよー、場所は、近くの円形闘技場コロッセオ、時間は三時からだよー」

「大体四時間後ってところか」


 返事をするのは、食後にソファでくつろいでいたシュウ。

 ケイトはというと、部屋で飛び回るヒトミとナナミをにこにこしながら眺めていた。

 一息吐いているシエルに、シュウが気を利かせる。


「昼飯は食べたか? オレが作ろうか?」

「朝作ったポトフがあるよ、食べる?」

「頂こう」


 シュウの気遣いも杞憂だったようで、既に準備があったらしい昼食を全員で食べることとなった。


 白い円卓を囲んだ賑やかな食事。

 交わすのは、他愛もない友人同士のような会話。

 あの服が可愛かったとか、あそこの料理は美味しいだとか。


 ふと、ケイトは疑問を抱く。

 これが、この後争い合う者同士のやり取りなのかと。

 もっと殺伐としていると思っていた。

 その疑問はぽつりと言葉になって呟かれる。


「随分と和やかムードですね」

「そだねー、でもこれから仲間になるんだから、予め仲良くしててもいいと思うんだよねー」


 なるほど、言われてみれば確かに、これはただの模擬戦で、入団試験でしかないわけで、ましてやシエルは評価する側ではない。

 むしろ応援する側だ。

 真剣勝負でなければ、この雰囲気にも頷ける。


「シュウちゃん美味しい?」

「ああ」


 シエルに目も暮れずポトフを頬張るシュウ。

 それを見てシエルは微笑みを浮かべる。


「よかった、これで全力は出せそうだね」

「勿論だ」

「全力? 何を言って……」


 以心伝心のシエルとシュウの考えにケイトは気付かない。

 お互いの目的と、道程の一致に。


「昨日の疲れが取れずに、全力が出せそうになかったらどうしようかと思ったよー」

「それはお互い様だ」

「シエルも万全だよ!」


 お互いの身体状況をお互いが確認する。

 前日の戦闘の消耗を持ち越して全力を出せない戦闘に意味はない。


「えと、模擬戦ですよね? 全力は出さないんですよね? 殺し合いになったりしませんよね?」

「何を言っている、全力を出さずしてどうする」

「勿論殺すくらいの気持ちで戦うよー」


 「どうせ止められるしねー」と笑うシエル。

 それなら遠慮なく戦えるな、と安堵するシュウ。


「ケイト、この模擬戦は遊びではない。お互いに全力を出してこそ意味がある戦いだ」

「大丈夫、死人は出さないよー。糾合騎士団が全力でカバーするから」


 シエルの自信気な顔と、シュウの真剣な表情に押されケイトは渋々了承する。


「約束ですから、危ないことはしないでくださいね?」

「ああ約束する、な?」

「うん、約束するよー、ね?」


 二人は顔を合わせ、ケイトに宣言する。


「「できる限り!!」」

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