14話 異常幼女

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「オレは寝る、少しはしゃぎ過ぎた」


 ここはシエルの家、城のような外見の豪邸と等しく、部屋の中もまた高級そうな家具ばかりだった。

 シュウは、幻鳥種ハーピィとの闘いでの予想外の疲労感に、ぐったりしている。

 派手な装飾に、赤いクッションのソファに横たわると、柔らかく優しい感触が眠りへと誘う。


 目を瞑りシュウは考える、あの程度の魔法連続使用での疲労感について。

 恐らくは、この肉体の問題だろう。

 問題と言っても身体的な話ではない。

 いやまあ、それもあるだろうが……。

 この体での長旅が堪えるのは仕方がない。

 体力も付いていない幼女だから。


 本当の問題は魂だ。

 流石にこの体にも慣れてきたが、魂の固着はまた別。

 ヒナタ・シュウという魂が、この体に馴染んでいない。

 こればかりはどうしようもないので、時間経過で固着していくのを待つしかないか。

 そんなことを考えながら、シュウは深い眠りへと落ちていった。


「……寝ちゃいましたね」

「そだねー、紅茶呑む?」

「いえ、私は……」


 ケイトは、失われた腕を上げて苦笑いする。


「ごめんねー、気が回らなくて」

「大丈夫です、お構いなく」


 淹れた紅茶を持ってシエルは、白い丸机に向かうケイトの対面に座る。

 紅茶を口へと運び、話を切り出す。


「あの子は一体何者なの?」

「私も詳しくは知りませんけど、田舎出身で普通の女の子ですよ」

「普通? え、あれが普通なの? どう見ても普通じゃないよね、異常だと思う」


 ケイトが何を言っているのか、分からないとでも言うように、シエルは強めの口調で返す。


「異常……ですか」

「何が異常か分かってないなら教えてあげる。まずはー、上級魔法が使えることと、使った回数。獣人種ワービーストで、あんなに魔法が使えるのは今まで見たことないかなー」


 もし、同じ魔法を同じ回数シエルが使えば、ああも平然と立っていられないだろう。

 だがシュウは、シエルでさえ疲労を隠しきれないほどの魔法を使っておきながら、微塵も疲労を現さなかった。

 それはつまり、森精種エルフを上回る魔力を有していることになる。


「次にー、複数の属性の魔法を使ったことかなー、これはまさに前代未聞だよ。獣人種ワービーストでも森精種エルフでも、複数の属性を使うなんて聞いたことも無い」


 通常、いや常識的に考えて、魔法の属性は一人一つと決まっている。

もしそれが覆されるのであれば、それはもはや大ニュースであり常識を揺るがしかねない。

 理を超えたなにか、別の生物。


「最後にー、戦いに慣れ過ぎてる気がするんだよねー、最初に上級魔法を使ったのはよくわからないけど、その後に下級魔法だけで倒してた」

「へ、へぇ……そうなんですね」


 熱く語るシエルに、冷たい反応のケイト。

 シュウが普通ではないことは分かっていた。

 ただ、どれくらい凄いのか度合いが分からなかったのだ。

 ケイトには魔法の教えが無い。

 あったら生活に便利だろうと、魔法を使ってみようとしたこともあったが、発動すらしなかった。


 元々、獣人種ワービーストは魔法適正が低い。

 確かに、孤児院の子供達のように下級魔法程度なら使える者もいるが、多くはいない。

 そもそも、獣人種ワービーストは身体能力に特化しており、魔法を必要とせず、進化の過程で退化されたとされている。

 魔法能力が進化し、身体能力が退化したと言われている森精種エルフとは真逆の存在。


「そうなのー! シュウちゃんについて、詳しく知る必要があると思う」

「詳しく知ると言っても、小さな女の子を質問攻めにするのはちょっと……」

 

 シュウが何者なのかは正直気になる。

 だが、ケイトはシュウが異常であることの前に、一人の小さな女の子として扱わなければいけないと考えていた。

 だから、他の女の子と同じように接するべきだと。

 ましてや、シュウは戦争から逃げ、両親を失っている身だ。

 その過去について、気軽に聞いていい訳がない。

 だが、そのケイトの気持ちとは裏腹に、シエルは情報を引き出すために画策する。


「そだねー、シュウちゃんぐらいの年だとまともに質問にも答えてくれなそう、どうしよ……」

「「ただいまー!」」


 その時、開いた窓から二人の妖精種フェアリー、ヒトミとナナミがシエルの部屋へと飛び込んできた。

 ヒトミの手には、藍色の宝石がはめ込まれた銀色の指輪が握られている。

 それはシュウにとっての一心同体、一蓮托生、運命共同体の存在、アイだ。

 初めはアイを返すのを渋っていた二人だったが、シエルとシュウの圧力に屈し、持ち帰った秘密基地へ急いで取りに戻っていた。


「全くしょうがねぇな~」

「全くしょうがないわね~」


 わざわざ俺達に取りに戻させるんじゃねーよ、と反省の色も見えない二人に、シエルの冷たい視線が突き刺さる。


「わ、悪かったよ、ほら」

「わ、悪かったわね」


 ヒトミが気恥ずかしそうに、シエルにアイを手渡す。

 素直に約束通りアイを返してくれたヒトミを、ケイトが胸に抱え込む。


「ちゃんと、ごめんができて偉い偉い」

「や、やめろ!」

「や、やめなさい!」


 恥ずかしそうに拒否するヒトミと、浮気現場にでも遭遇したような表情のナナミが必死で抵抗する。

 一通り愛で終わると、解放された妖精種フェアリー達は部屋から逃げるように飛び出していく。


「確か、『アイが戻ってきたら指にはめておいてくれ』って言ってましたね」


 シエルはアイをソファで眠るシュウの指に戻す。

 そして、ケイトがシュウの頭を撫でる。


「あっ! アイさんに聞いたら答えてくれないですかね!」

「アイさん? え、その指輪に聞くの?」


 指輪を見つめるケイトにシエルが疑問を抱く。

 興味本位、ついケイトに魔が差したのだ。

 「シュウに直接聞くのは酷でも、アイさんなら大丈夫かな」と。

 突然思いついた案に、アイが話せることを知らないシエルは、不思議そうにシュウを覗き込む。


「アイさん聞こえますかー?」

「【応答】魔力供給により、再始動完了」

「おーすごい、喋った!」


 指輪から聞こえる、合成音声らしき女性の声にシエルが驚く。


「アイさんにシュウが何者なのか、教えて欲しいんですが……」

「そうなの、シュウちゃんはなんで強いの?」

「【回答】主様は天才故」

「それじゃあ説明になっていないような」


 望みの答えではなかったので、ケイトが質問を変える。


「シュウは今まで何をしていたんですか?」

「【質問】定義が曖昧」

「えーっと、シュウちゃんの人生について教えて」

「【了解】主様の人生は、戦闘によって構築された。戦闘によって学び、戦闘によって生き、戦闘によって死んだ」


 余りにも要約され過ぎて、要領を得ない答えにシエルが疑問符を浮かべる。


「死? それって精神の話?」

「【否定】主様は自死を選択」

「ちょっと待ってください、ここにいるシュウは生きているじゃないですか」


 ケイトは現実と相反する答えに反論。

 それではここにいるシュウは何なんだ、と。


「【肯定】ここに存在している、ヒナタ・シュウは生存している」


 先ほどの回答と矛盾する答えに、混乱し頭を悩ませる二人。

 死んだが生きている。

 訳が分からない。

 死の概念が無い、不死種イモータルなら話は分からないでもないが、シュウは獣人種ワービーストであり、怪我の回復が早くても死は回避できない。


「……分かりました、順番にいきましょう――まず『戦闘によって学び』とは? 戦いの中で学んで成長したということですか? いえ、それでもシュウの年で生き残るなんて」

「【肯定】主様は、戦闘以外の一切を封じられた空間にて生活」


 これに対し、シエルが眉を顰める。


「少年兵、ううん、少女兵だったの?」

「【否定】強制力はない、ただ主様は戦わなければ生き残れなかった」


 説明が少なく、得られる情報が余り無い。

 ケイトは、これ以上問答を続けても不毛と判断する。


「うーん、いまいちピンと来ませんが、何かしらの理由で戦わないといけない環境にいたようですね、これは次の『戦闘によって生き』にも通じることですか」

「そだねー、問題は最後だね」


 『戦闘によって死んだ』この言葉が意味すること、それは……


「……少し、騒がしいぞ」


 シュウが突然むくりと起き上がる。

 無理もない、自分に向かって話しかけ続けられていたら、安眠も妨げれるというものだ。


「ごめんなさい、うるさかったですよね」

「ああ、全くだ……おおアイ、戻ってきたか」

「【肯定】帰還しました」


 シュウは、自分の指に戻ったアイを確認して安堵する。


「なんの話をしてたんだ?」

「んとねー、実はシュウちゃんの……」

「えとですね! せっかくシュプレムに来たので買い物でもと!」


 質問に対し、正直に答えるシエルをケイトが遮る。


「そうか、それならオレはもうひと眠りさせてもらおグゥ~……」

「……ふふふ、ご飯食べに行こっか」


 シュウの腹の虫に、ケイトとシエルは顔を合わせて笑う。


「おい、笑うなよ」


 シュウの言葉も、笑い合う二人には聞こえない。

 そして、ケイトは考える。

 シュウの過去に何があったか、知るのは必要になった時でいいと。

 シュウが言いたくなった時に言えばいい。

 私が知ってるシュウは今ここにいるシュウで、過去は関係ない。

 異常だろうが、天才だろうが、戦闘が得意で大食らいで、実は心優しい女の子だ。

 その時は、自分にできることを最大限しようと、そう誓った。

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