13話 断罪の女神
「ちょっと、シュウも下がってて!」
意気揚々と戦闘を始めようとしていた訳だが、いきなりシエルに出鼻を挫かれてしまった。
まあ、あちらからしてみれば、オレだって他国民で、幼女で、非戦闘員なのだから、平和を愛する騎士団としては、守るべき対象を戦闘に加えるはずもない。
ともあれ、オレは元から戦闘はシエルに任せて、防衛に専念するつもりだったので、然したる問題ではないが。
どちらにしてもやることは変わらないので、一歩引いてケイト達を守ることに集中させてもらおう。
「ピュール・クリスタッロ!」
シエルの放つ火球魔法が
ひらりと回避するシエル。
衝突先を失った
「あー! そこはお気に入りのパン屋だったのに~!」
シエルの嘆きに、
「え、えっと……災難ですね」
「も~、街を壊さないでよ、信じられな~い!」
ケイトがやっとのこと捻り出した慰めも、シエルには届いていないようで、こちらを気にする様子はない。
「これは勿体ぶってる場合じゃないね、一気に決めないと街が危険かも!」
それにしても、
あれだけ魔法を打ち込まれて、激突してなお、勢いが殆ど衰えていない。
無力化するには、骨が折れることが想定できた。
何かしら耐性があって攻撃が効きづらいのか、それとも、効いてはいるがダメージが足りないのか。
いずれにせよ、今のままの火力では物足りないことは確か。
何か、決定的な……
「おい、シエル! なんとか中級魔法を叩きこむことはできないか?」
「無理だねー、相手も中級魔法を使ってくるし相殺されちゃう」
「腹減ったんだよおおおぉぉ! 食わせろよおおぉ!!」
懲りずに突進してくる
避けなければ、パン屋の壁のように潰されてしまう。
しかし、動きは遅く避けるのは容易い、だが……
「シエル!」
――だが、シエルは避けようとしない。
向かい来る
「避けたら街が壊れちゃう! それに……」
「「シエルー!!」」
「行っちゃ駄目です!」
しいて言うなら、
だが、それを補って余りあるモノを持っている。
「今がチャンス! 炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス!」
それは、魔法発動の速さと、その威力。
一発一発が火球魔法に相当する威力の炎弾魔法。
無数に放たれる炎弾魔法が、ギリギリまで引き付けた
「いけいけー!」
「やっちゃえやっちゃえ!」
炎弾魔法を打ち尽くしたシエルはまだまだ余裕の表情だ。。
それも、
一方、
遠目に見ているケイトが
「やりましたか!?」
「……いや、まだだ」
ゆっくりと、静かに立ち上がる
体の状態に関係なく、意志のみで動いているような、不気味な挙動。
何度攻撃しても、何度傷ついても立ち上がるそれは、不死身にも思えた。
そして、よく見ると
炎の魔法による浅い傷も、街に入る前にシュウが翼に残した穴も、完全ではないにしろ塞がってきている。
「シエル! 本気の魔法をぶち込め!」
このままではきりがない。
シュウはシエルへ追撃を促す。
その時、ケイトは目にした。
こんな絶望的な状況で、シュウの表情が似つかわしくないことに。
「シュウ…………キミはなんで、笑ってるんですか?」
「へ?」
間抜けな声のシュウ。
シュウは自分の感情を抑えきれていなかったことに気付いていなかった。
「なんでって……」
……それは、願ってもない状況だからだ。
不死身の敵に、魔法最高適正を持つ
この状況、上位魔法の奪還も目前まで迫っている。
その為に、オレは攻撃をせずシエルに攻撃を任せた。
なるべく多くの魔法と、強い魔法を引き出すために。
……なんて、言えるはずもなく、適当に誤魔化す。
「それは、あの
「そうですね、後一押しです」
「……本気は出せないよ、シエルが本気の魔法なんて使ったら、この街も壊しちゃうから」
舌打ちするシュウ。
惜しい、非常に惜しい、その魔法をぜひ見てみたかったが仕方ない。
「それならどうするつもりだ?」
「こうする~」
シエルは、起き上がる
具現化するは概念、行うは救済、唱えるは上級魔法。
「断罪の女神よ」
シエルの魔力の高まりに、
そして、攻撃魔法へと移行……
「炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス」
「平行詠唱!?」
刹那、右手から放つ、極地集中型の炎弾魔法により左翼を打ち抜いた。
「平行詠唱とは、恐れ入る」
「なんですか、それ? すごいんですか?」
「ああ」
「優しく抱擁し」
二つの魔法を同時に使うのは、事実上不可能。
最も、オレが試した範囲で、だが。
なぜなら、人間が自分の前方と後方を同時に見れないことと同じで、構造上無理がある。
つまり、人間二人分いなければ、魔法の平行詠唱は不可能だ。
オレの場合は、それをアイが賄うことによって、疑似的に平行詠唱しているに過ぎない。
その平行詠唱を、単一個体のみで行使する
オレが転生したのが、
「ギィィィィィイィイイイイィ!!!!」
両翼を打ち抜かれ、既に、満身創痍でもおかしくない
その速度は、今までのどの突進よりも早く、回避も、防御も不可能――
「決まった! シエルの
「決まったわ! シエルの
突進を始めた瞬間、
シュウにはその正体を暴くことはできなかった。
ただ、確たる事実としてあるのは
「激しく燃やし尽くせ――アポテフロスィ・アスパスマタ!」
シエルの目の前に、炎の女神を象った巨大な炎が燃え盛る。
上半身だけの炎の女神はゆっくりと、歩くように、両手を広げて
必死に抵抗する
――そして、断罪の炎が
「ギャアアアアアアァァァ!!!!!!!!」
炎は肉を焦がし、炎熱は体内を焼く。
耐えうることのできない激痛に、
絶大なダメージなのは確かだが、決定的な一撃として成り得なかったのもまた事実で、炎が収まると
「ヒェ! あいつまだ動ているぞ!」
「ヒィ! あいつまだ動いてるわ!」
止めを刺さなければ被害が増える。
しかし、先の魔法を放ったシエルは疲労していた。
さすがの
「シエルさん! 大丈夫ですか!」
「う、うん、大丈夫、ちょっと疲れただけ」
ふらつくシエルをケイトが慌てて支える。
シエルは自分で歩こうとするが、結局はケイトに寄りかかってしまう。
「早く……早く、止めを、刺さないと……」
「断罪の女神よ、優しく抱擁し、激しく燃やし尽くせ――アポテフロスィ・アスパスマタ」
その時、シエルが、ケイトが、
「ふむ、やはり上級魔法はいいな」
「ギャアアアァァ!!」
立ち上がろうとする
再び地面へ体を投げ出す
炎が消える度、二度、三度とシュウは魔法を撃つ。
「アッハハハハッ! いいぞいいぞ、これだ! これで、オレが完全へと近づいた!」
嬉々として
ただただ、
己の耐久故、死にもせず、業火に身を焼かれ、回復を繰り返すのみ。
「うーん、さすがにしつこいな、炎に耐性があるのか……」
「シュウ!」
手を止めたシュウに、ケイトが声をかける。
見ていられないのだ。
例え敵であったとしても、いたぶるような、拷問のようなそんな真似は。
「……ああそうだな、お前、もう死んでいいぞ……アネモス・クリスタッロ」
体中真っ黒に焦げ、体内も焼き尽くされ、再生力も尽き、全ての力を振り絞り、立ち上がった
上へ飛ばされた
そして――
「リトス・ケラス」
天を指す、土の円錐に体を穿たれた。
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