13話 断罪の女神

「ちょっと、シュウも下がってて!」


 意気揚々と戦闘を始めようとしていた訳だが、いきなりシエルに出鼻を挫かれてしまった。

 まあ、あちらからしてみれば、オレだって他国民で、幼女で、非戦闘員なのだから、平和を愛する騎士団としては、守るべき対象を戦闘に加えるはずもない。

 ともあれ、オレは元から戦闘はシエルに任せて、防衛に専念するつもりだったので、然したる問題ではないが。

 どちらにしてもやることは変わらないので、一歩引いてケイト達を守ることに集中させてもらおう。


「ピュール・クリスタッロ!」


 シエルの放つ火球魔法が幻鳥種ハーピィに炸裂するものの、気にするほどでもない、とでも言うように、幻鳥種ハーピィは再びシエルへ突進を開始する。

 ひらりと回避するシエル。

 衝突先を失った幻鳥種ハーピィは、そのまま近くの建屋に激突し、壁を破壊した。


「あー! そこはお気に入りのパン屋だったのに~!」


 シエルの嘆きに、幻鳥種ハーピィのぶつかった建屋に目をやると、扉に掛かっている看板らしきものには、パンと思われる絵が描いてあった。


「え、えっと……災難ですね」

「も~、街を壊さないでよ、信じられな~い!」


 ケイトがやっとのこと捻り出した慰めも、シエルには届いていないようで、こちらを気にする様子はない。


「これは勿体ぶってる場合じゃないね、一気に決めないと街が危険かも!」


 それにしても、幻鳥種ハーピィは相当タフだ。

 あれだけ魔法を打ち込まれて、激突してなお、勢いが殆ど衰えていない。

 無力化するには、骨が折れることが想定できた。

 何かしら耐性があって攻撃が効きづらいのか、それとも、効いてはいるがダメージが足りないのか。

 いずれにせよ、今のままの火力では物足りないことは確か。

 何か、決定的な……


「おい、シエル! なんとか中級魔法を叩きこむことはできないか?」

「無理だねー、相手も中級魔法を使ってくるし相殺されちゃう」

「腹減ったんだよおおおぉぉ! 食わせろよおおぉ!!」


 懲りずに突進してくる幻鳥種ハーピィ

 避けなければ、パン屋の壁のように潰されてしまう。

 しかし、動きは遅く避けるのは容易い、だが……


「シエル!」


 ――だが、シエルは避けようとしない。

 向かい来る幻鳥種ハーピィを目の前に、迎撃態勢を取った。


「避けたら街が壊れちゃう! それに……」

「「シエルー!!」」

「行っちゃ駄目です!」


 妖精種フェアリー達が飛び出していこうとするが、ケイトがしっかりと抑え込む。

 森精種エルフの肉体は強靭ではない。

 しいて言うなら、獣人種ワービーストよりも遥かに劣る耐久力。

 だが、それを補って余りあるモノを持っている。


「今がチャンス! 炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス!」


 それは、魔法発動の速さと、その威力。

 一発一発が火球魔法に相当する威力の炎弾魔法。

 無数に放たれる炎弾魔法が、ギリギリまで引き付けた幻鳥種ハーピィに炸裂する。

 幻鳥種ハーピィは炎弾魔法が着弾するたびに仰け反り、後退していく。


「いけいけー!」

「やっちゃえやっちゃえ!」


 炎弾魔法を打ち尽くしたシエルはまだまだ余裕の表情だ。。

 それも、森精種エルフの魔法適正の高さ故だろうか。

 一方、幻鳥種ハーピィは地面に転がり、動く様子がない。

 遠目に見ているケイトが幻鳥種ハーピィの動きを注視する。


「やりましたか!?」

「……いや、まだだ」


 ゆっくりと、静かに立ち上がる幻鳥種ハーピィ

 体の状態に関係なく、意志のみで動いているような、不気味な挙動。

 何度攻撃しても、何度傷ついても立ち上がるそれは、不死身にも思えた。

 そして、よく見ると幻鳥種ハーピィの傷は既にほぼ治りかけていることに気付く。

 炎の魔法による浅い傷も、街に入る前にシュウが翼に残した穴も、完全ではないにしろ塞がってきている。

 幻鳥種ハーピィもまた、高い再生能力を備えているのだろうか。


「シエル! 本気の魔法をぶち込め!」


 このままではきりがない。

 シュウはシエルへ追撃を促す。

 その時、ケイトは目にした。

 こんな絶望的な状況で、シュウの表情が似つかわしくないことに。


「シュウ…………キミはなんで、笑ってるんですか?」

「へ?」


 間抜けな声のシュウ。

 シュウは自分の感情を抑えきれていなかったことに気付いていなかった。


「なんでって……」


 ……それは、願ってもない状況だからだ。

 不死身の敵に、魔法最高適正を持つ森精種エルフ

 この状況、上位魔法の奪還も目前まで迫っている。

 その為に、オレは攻撃をせずシエルに攻撃を任せた。

 なるべく多くの魔法と、強い魔法を引き出すために。

 ……なんて、言えるはずもなく、適当に誤魔化す。


「それは、あの幻鳥種ハーピィを倒せそうだからだ」

「そうですね、後一押しです」

「……本気は出せないよ、シエルが本気の魔法なんて使ったら、この街も壊しちゃうから」


 舌打ちするシュウ。

 惜しい、非常に惜しい、その魔法をぜひ見てみたかったが仕方ない。


「それならどうするつもりだ?」

「こうする~」


 シエルは、起き上がる幻鳥種ハーピィに左手を向け、詠唱する。

 具現化するは概念、行うは救済、唱えるは上級魔法。


「断罪の女神よ」


 シエルの魔力の高まりに、幻鳥種ハーピィが翼を広げ威嚇する。

 そして、攻撃魔法へと移行……


「炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス」

「平行詠唱!?」


 刹那、右手から放つ、極地集中型の炎弾魔法により左翼を打ち抜いた。

 幻鳥種ハーピィが叫びを上げ、音を立てて倒れ込む。


「平行詠唱とは、恐れ入る」

「なんですか、それ? すごいんですか?」

「ああ」

「優しく抱擁し」


 二つの魔法を同時に使うのは、事実上不可能。

 最も、オレが試した範囲で、だが。

 なぜなら、人間が自分の前方と後方を同時に見れないことと同じで、構造上無理がある。

 つまり、人間二人分いなければ、魔法の平行詠唱は不可能だ。

 オレの場合は、それをアイが賄うことによって、疑似的に平行詠唱しているに過ぎない。

 その平行詠唱を、単一個体のみで行使する森精種エルフ

 オレが転生したのが、獣人種ワービーストでなく森精種エルフだったらと思うと悔やまれる。


「ギィィィィィイィイイイイィ!!!!」


 両翼を打ち抜かれ、既に、満身創痍でもおかしくない幻鳥種ハーピィが奇声を轟かせ、最後の力を振り絞りシエルへ突進する。

 その速度は、今までのどの突進よりも早く、回避も、防御も不可能――


「決まった! シエルの変異魔法ストレンジアーツ強要の遭逢マーシー・ソーイング』だ!」

「決まったわ! シエルの変異魔法ストレンジアーツ強要の遭逢マーシー・ソーイング』よ!」


 突進を始めた瞬間、幻鳥種ハーピィは地面へと叩きつけられ、地面を砕き、動きを止める。

 シュウにはその正体を暴くことはできなかった。

 ただ、確たる事実としてあるのは幻鳥種ハーピィに向けられたシエルの右手が下に動かされたことと、幻鳥種ハーピィの止まった地面の位置がシエルが右手を下げた直線状にあったことだけだ。


「激しく燃やし尽くせ――アポテフロスィ・アスパスマタ!」


 シエルの目の前に、炎の女神を象った巨大な炎が燃え盛る。

 上半身だけの炎の女神はゆっくりと、歩くように、両手を広げて幻鳥種ハーピィへと向かう。

 必死に抵抗する幻鳥種ハーピィだが、地面に縫い付けられ、逃げることはできない。


 ――そして、断罪の炎が幻鳥種ハーピィを包み込み、焼き尽くす。


「ギャアアアアアアァァァ!!!!!!!!」


 炎は肉を焦がし、炎熱は体内を焼く。

 耐えうることのできない激痛に、幻鳥種ハーピィはのたうち回る。

 絶大なダメージなのは確かだが、決定的な一撃として成り得なかったのもまた事実で、炎が収まると幻鳥種ハーピィは何度も体制を崩しながらも、立ち上がろうとしていた。


「ヒェ! あいつまだ動ているぞ!」

「ヒィ! あいつまだ動いてるわ!」


 止めを刺さなければ被害が増える。

 しかし、先の魔法を放ったシエルは疲労していた。

 さすがの森精種エルフも平行詠唱は負担が大きいらしい。


「シエルさん! 大丈夫ですか!」

「う、うん、大丈夫、ちょっと疲れただけ」


 ふらつくシエルをケイトが慌てて支える。

 シエルは自分で歩こうとするが、結局はケイトに寄りかかってしまう。


「早く……早く、止めを、刺さないと……」

「断罪の女神よ、優しく抱擁し、激しく燃やし尽くせ――アポテフロスィ・アスパスマタ」


 その時、シエルが、ケイトが、妖精種フェアリー達が見たのは……


「ふむ、やはり上級魔法はいいな」

「ギャアアアァァ!!」


 立ち上がろうとする幻鳥種ハーピィを燃やす、シュウの姿だった。

 再び地面へ体を投げ出す幻鳥種ハーピィ

 炎が消える度、二度、三度とシュウは魔法を撃つ。


「アッハハハハッ! いいぞいいぞ、これだ! これで、オレが完全へと近づいた!」


 嬉々として幻鳥種ハーピィを焼く、その行動に口を出す者はいない。

 ただただ、幻鳥種ハーピィが炎に苦しむ声が街に響く。

 己の耐久故、死にもせず、業火に身を焼かれ、回復を繰り返すのみ。


「うーん、さすがにしつこいな、炎に耐性があるのか……」

「シュウ!」


 手を止めたシュウに、ケイトが声をかける。

 見ていられないのだ。

 例え敵であったとしても、いたぶるような、拷問のようなそんな真似は。


「……ああそうだな、お前、もう死んでいいぞ……アネモス・クリスタッロ」


 体中真っ黒に焦げ、体内も焼き尽くされ、再生力も尽き、全ての力を振り絞り、立ち上がった幻鳥種ハーピィをシュウは素早く脇下へ潜り込み、至近距離からの風球魔法で上へ吹き飛ばす。

 上へ飛ばされた幻鳥種ハーピィに抵抗する力はなく、ただ自由落下のままに落ちる。

 そして――


「リトス・ケラス」


 天を指す、土の円錐に体を穿たれた。

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