12話 糾合騎士団No.7

「ここが……森精種エルフの街、シュプレム……」


 眼前の美しい街並みに、見とれるケイト。

 まず、アルカとの違いは建造物が植物を基礎にしている所だろう。

 苔が生え、緑に染まっている建物だが、それが神秘的な雰囲気を醸し出している。

 それだけ聞くと、森の奥深くの隠れた建屋を想像してしまうが実際は違う。

 大通りには店々が立ち並び、色々な人種の人でごった返している。

 二人が街並みを眺めていると、突如二人を街へと誘った妖精種フェアリー達が速度を上げ、人混みへ飛んでいく。


「やってやったぜ!」

「やってやったわ!」


 口々に喜びの声を上げる妖精種フェアリー達。

 男の方の手には、藍色の宝石がはめ込まれている、シンプルなデザインのシルバーリング。

 遅れて、シュウは自分の左手を確認する。

 そこにはあるはずの物、もしくはいるはずの者と表現すべき、大切な存在が姿を消していた。

 それはシュウにとって、一心同体、一蓮托生、運命共同体であるところのアイだ。

 考えるまでもなく妖精種フェアリー達こそが犯人。

 慌てて追いかけようとするが、既に人混みに紛れようとしている彼らに追いつくことはできない。

 油断したことへの自責の念に駆られるシュウだが、一方ケイトは追いつく術を持っていた。

 ケイトの変異魔法ストレンジアーツ月への憧れクラロ・デ・ルナ・アドミラシオン』により、先回りし妖精種フェアリー達を捕まえようと……


「あっ」

「危ねぇ!?」

「危ないわ!」


 鷲掴みにしようとしたケイトの横をするりと抜け、妖精種フェアリー達は人混みに紛れていく。

 その場で立ち尽くすシュウとケイトの二人。


「おい」

「てへっ」


 笑って誤魔化そうとするケイト。

 だが、シュウは真顔である。


「てへって……腕が使えなければ蹴り飛ばせばよかったものを……」

「仕方ないじゃないですか! 腕が無いの忘れてたんですもん! 第一、あんな可愛い子達を蹴り飛ばすなんてできませんよ!」


 シュウへ近付き反論するケイト。

 シュウは自分の腕が無いことを忘れ、妖精種フェアリー達に掴みかかったケイトに言いたいことが山ほどあったが、それどころではないと諦める。


「……まあいい、次から気を付けろ、それよりもあいつらを見つけなければ」

「……ごめんなさい」

「謝るな、盗られたのはオレで、油断したのはオレだ。ケイトは何も悪くない、悪いことをしていないのに謝るな」


 真面目な顔のシュウ。

 落ち込みかけたケイトだったが、明るさを取り戻したようだ。


「そうですね……分かりました! それではさっさとあの子達を見つけて、アイさんを取り戻さないとですね!」

「ああ」


 そこで、ケイトはなぜ妖精種フェアリー達が自分達を助けてくれたのか気付いた。


「……あの子達はスリをするために私達を助けたんですかね」

「ああ、だろうな。自分の得意なフィールドに誘い込んで獲物を狙う。常習犯のようだな」


 街の構造を知らない外部の者を街の中に誘い、持ち物を奪う。

 街には大勢の人もいる、妖精種フェアリーの小さな姿を隠すには充分だ。


「シュウ、なにか手はありますか?」

「アイ、『衛星眼サテライト・アイ』であいつらを探せ……って違う!」

「シュウ……」


 ノリツッコミさながら、一人でボケとツッコミを完遂させたシュウを、ケイトは悲しそうな目で見つめる。

 ケイトの眼差しから逃れるように、シュウは赤くなった顔を逸らす。


「と、とにかくだ、何か考えなければ……」

「そうですね、誰か、この街に詳しい方でもいれば心強いのでしょうが……」

「ねぇ、何か困ってるの?」

「はい、ちょっと探し物をしてまして……」


 二人に声をかける人物、それは、一人の女の子だった。

 年齢はケイトより少しくらいだろうか、花柄のワンピースに赤いベレー帽、ウェーブの掛かった金髪ロング、首には赤い宝石をはめ込んだ木のネックレスを付けている。

 ライトグリーンの瞳に、ちらりと覗く先の尖った耳。

 服装がカジュアルであるものの、それは、正しくシュウの知っている森精種エルフの特徴と一致していた。


「手伝おっか?」


 森精種エルフの女の子は気軽に言う。

 シュウとケイトは、顔を合わせて頷く。


「はい、大変申し訳ないのですが、お手伝い頂けると助かります」

「ああ、すまないが手伝ってくれ、オレがシュウ、こっちがケイトだ」


 ペコリと、ケイトが軽く一礼する。

 これに、森精種エルフも明るく自己紹介を返す。


「シエルだよ、よろしくね」







「ええー! 妖精種フェアリーに指輪を取られちゃったのー? それは大変だねー、妖精種フェアリーは悪戯が大好きだから、構ってほしいんだよ」


 妖精種フェアリーを庇うような発言をするシエル。

 妖精種フェアリー森精種エルフは共同生活しているらしいし、仕方ないのかも知れないが。


「悪戯が好きだろうが、こちらは大切な物を取られてるんだ、許す訳にはいかないな」

「うん、そだねー、許さなくていいよ、悪い事したら悪い、当たり前!」


 意外にも、シエルはしっかりとした考えを持っているようで、同意してくれた。

 説明は一通り終わっているので、ケイトが捜索を促してくる。


「どこを探したらいいですかね?」

「そうだねぇー、多分持ち帰って大事に大事に仕舞い込んでるんじゃないかな」

「つまりは、あいつらを見つけるのが一番早い、と」


 しかし、妖精種フェアリー達を捜索する上で問題が二つ。

 まず一つ目、妖精種フェアリー達が棲み処に籠って、外に顔を出さない可能性。

 そして二つ目、圧倒的に人手が足りない。

 このことは、シエルも理解しているようで……


「そだね、それじゃあ、ヒトミさんとナナミさんに手伝って貰おっかー」

「ヒトミさん、ナナミさん?」

「うん、シエルのお家に住んでる妖精種フェアリーだよー」

「なるほど! 妖精種フェアリーのことは妖精種フェアリーに聞けってことですね!」

「そゆこと、じゃあ、シエルのお家に案内するねー」


 質問するシュウと、返事を理解したケイト。

 シエルは「付いてきて」と先導を始める。

 その時、近くで叫び声が上がった。


「うわあああ! 幻鳥種ハーピィが中まで入ってきやがった!!」


 その声に呼応するように、人々は叫び、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 そして、シュウ達の元へ不気味な叫び声と、大きな足音を立てながら、翼に開いた穴から血を垂れ流してながら幻鳥種ハーピィが走ってくるのが見えた。

 その幻鳥種ハーピィが追いかけるは、先ほど、アイを奪った張本人の妖精種フェアリー達だ。

 顔を真っ青にしながら、息も絶え絶えに逃げている。


「うーわー! 助けてくれぇー!!」

「助けてよぉ!!」


 彼らの願いも虚しく、人々は離れていくばかりである。

 シュウとケイト、そしてシエルを除いて。


「ふん、どうやって入ってきたかは知らんが、好都合だ」

「ピュール・クリスタッロ!」


 シュウが迎撃態勢に入り、幻鳥種ハーピィを待ち構えていると、横を火球魔法が通り過ぎた。

 火球魔法は、妖精種フェアリーの眼前まで迫っていた幻鳥種ハーピィに直撃し、怯ませる。


「ギャアアァァ!!」


 その魔法を放ったのは、一緒にいた森精種エルフ、シエルだ。

 直撃した火球魔法で、幻鳥種ハーピィを仰け反らせていることから、シュウの放つ火球魔法より、威力が高いことが伺える。


「ヒトミさん! ナナミさん!」

「おお、シエル助かったぜ!」

「シエル、助かったわ!」


 幻鳥種ハーピィが怯んだ隙に、シエルと合流し会話を交わす妖精種フェアリー達。

 さっきの妖精種フェアリー達だと、やっと気づいたケイトが声を上げる。


「あー! その子達です! シュウの大切なアイさんを盗んだのは!」

「げっ! さっきの奴らだ!」

「うわっ! さっきの人達だわ!」

「えっ、そうなの? もう! 物を盗んじゃダメって言ってるでしょ! めっ!」


 街中に入り込んだ幻鳥種ハーピィを尻目に会話する四人に、シュウが苦言を呈する。


「オレの話をしている中、水を差すようだが戦闘中だぞ」


 シュウが後ろの幻鳥種ハーピィを親指で指差す。

 その、幻鳥種ハーピィは既に翼を羽ばたかせ、魔法を放とうとしていた。


「嵐よ切り裂け! スィエラ・クスィフォス!!」

「炎よ撃ち抜け、プロクス・ボリヴァス!」


 幻鳥種ハーピィの放つ無数の風刃に対し、シエルが放つのは彼女の背後から生まれた無数の炎の弾丸。

 炎の弾丸は風刃と対消滅しながら、幻鳥種ハーピィの魔法を確実に撃ち落としていく。

 撃ち漏らしは存在せず、街も、人も何一つ傷つくことはない。

 目の前で行われた、神業とも言える所業に、シュウは素直に感心する。


「おお、中々やるな、森精種エルフってのは全員こうなのか?」

「確かに、とてつもないですね、流石『最も優越な種族』と言われるだけのことはありますね」


 あまりにも精密な魔法操作を目の当たりにした二人に、妖精種フェアリー達がなぜか得意げに口を挟む。


「バーカ! シエルだからだぜ! なんだってシエルは……」

「アホね! シエルだからよ! なんだってシエルは……」

「「糾合騎士団のNo.7なんだから!」」


 自慢するように言い放つ妖精種フェアリー達だが、シュウには糾合騎士団がなんなのか全く知らなかった。

 いまいちピンと来ないシュウは、ケイトの袖を引っ張り、「知っているか?」と耳打ちをする。


「さ、さあ?」


 ケイトも知らないようだ。

 二人の疑問に答えるのは、当事者であるシエル自身。


「うーんとねぇ、簡単に説明するとー、平和を守る騎士団かな!」

「いや、その説明だとなにも分からないんだが……」


 シュウ達には悠長に会話している暇はない。

 なぜなら、幻鳥種ハーピィが突進してきているからである。

 シュウは舌打ちして回避する。

 そして、同じく回避したシエルに問う。


「おい、何か有効策は無いのか」

「うーん、番人達が警備してるから、すぐに来ると思うんだけど……そもそも入ってきたことがおかしいんだよね、誰かが勝手に入口を開けちゃったのかなぁ?」

「やべっ」

「やばっ」


 これに反応する妖精種フェアリーの二人。

 シュウは察する、自分たちを招き入れた時に、幻鳥種ハーピィも同時に入ってきたのだと。

 その幻鳥種ハーピィに喰われそうになっていたとは、自業自得もいいところで、本来のシュウなら助けるはずの無いケースだが、今回は訳が違う。

 アイの居場所を知っているのは、彼ら、ヒトミとナナミだけなのだ。

 だからこそ、仕方なく、嫌々ながらもシュウは彼らを助けることにする。


「門番は諦めろ、今回はオレ達でなんとかしよう、No.7サマ」

「そだねー、仕方ないか―……後、ヒトミさんとナナミさんは今日の夜ご飯抜きね」

「「そんな!?」」

「ケイト達は下がっていろ」

「はい! この子達は私が捕まえておきます!」


 幻鳥種ハーピィと向き合う、二人の戦士、シュウとシエル。

 その後ろには、二人の妖精種フェアリーを胸に抑えたケイト。

 戦闘再開の合図は、幻鳥種ハーピィの不気味な雄叫びだった。

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