11話 最も愚劣な種族

「会いに行かなくて本当に良かったのか?」


 シュウは少し離れた壁の街アルカに目をやりケイトに確認する。

 辺りは、日が昇り始めたばかりでまだ仄暗い。

 ケイトはアルカを見て確固たる決心を示す。


「はい、フィランさんに見送りは要らないと伝えましたし、会いに行くつもりもありません。それほど長い旅にはならないですし、大げさにすると辛いだけですから」


 「そうか」とシュウが納得して、進路へ向き直ろうと――

 その時、アルカの壁の前で何かが動いた。

 そちらを見たまま笑みを浮かべるケイト。

 シュウは正体を確認しようと、再度アルカへ目を向ける。


 ――そこにいたのは、大勢の子供達だった。

 それと、一歩下がって立っているフィラントロピア。

 子供達は大きく手を振り騒いでいる。

 そして、子供達の中で一番年長らしき者が叫ぶ。

 その合図が微かに二人の耳に届く。

 次の瞬間、子供達一丸となった叫びが響いた。


「「ケイトお姉ちゃーん!! いってらっしゃああああい!!!!」」

「行ってきまーーす!!!!」


 手を振る子供達に、ケイトもできる限りの大声で応え、腕を振る。

 中身を失っている長袖が、パタパタと節度無く動く。


「全くもう、見送りは要らないって言ったんですけどね」


 言葉と裏腹に、ケイトはとても嬉しそうだった。

 二人は歩き出す。

 目的の地、ルチオンへ向かって。







 ――――――――――――――――――――――――――


「何事もなく無事に着きそうだな」


 旅を始めてから、既に二日。

 保存食であるヤモリの干物にも、初めは見た目にこそ驚いたものの今ではすっかりと慣れたものだ。

 味はまだカエルの方が美味かったが、それでも食べられるだけマシと言ったところだろう。

 獣人種ワービーストは族種に関係なく雑食らしい。

 それでも好みは偏るらしく、シュウの族種、猫獣人は肉を好む傾向にあるようだ。

ちなみにケイトは、兎獣人らしく干芋等の乾燥野菜を中心に食べている。


 今の所、ケイトから聞いていた魔獣や幻獣とは遭遇していない。

 幸運なんだろうが、正直な話遭遇してみたい気持ちがシュウには多少ある。

 それでもやはり、遭遇しない方がいいに決まっているが。


「はい、もうすぐでシュプレムに着きますよ!」


 ケイトが指差す遠くには、微かに壁らしき物が見える。

 アルカと違う所は、その壁が植物に覆われている所だろう。

 その壁は、壁だと知っていなければ見間違うほどに自然と一体化していた。

 ともすれば、植物事態が壁の役割を果たしているのかも知れない。

 道の先にも関わらず、入り口が見えないのが気になるが。

 この時、シュウ達は気付かない、遥か上空から自分たちを狙っている者がいることに。


「そう言えば、他の種族は襲ってこないのか?」

「まあ、基本友好的ではありますが、排他主義や野蛮な種族も存在しますね、例えば……」

「【自動防御】リトス・ウラ」


 刹那、上空より急転直下してきた襲撃者から、アイが土の尾でシュウを守った。

 衝撃で飛ばされながらも、シュウは風爪魔法で反撃する。

 この自動防御は、地精種コボルトの男の変異魔法ストレンジアーツを解析した成果だ。

 これがなければ、今頃八つ裂きにされていただろう。

 地面を滑り、勢いを殺して襲撃者と対面する。

 その姿は、巨大で醜く太った鳥の姿で、鋭い鉤爪を持ち、長い首から上は歪んだ女性の顔をしていた。


「たっ、例えばこの幻鳥種ハーピィなんかはそうですね! 魔獣に近い種族と言われていて、パパ曰く『最も愚劣な種族』だそうです! 記憶の維持が苦手で、三歩も歩けば目的も忘れてしまうらしいです」


 シュウの魔法を受けた幻鳥種ハーピィだが、さほど攻撃が効いていないのか、何事もなかったかのように不気味な叫び声を上げながら、その巨体を利用した体当たりを仕掛けてくる。

 戦闘体制に入っていたシュウの余裕な回避に続き、ケイトも慌てながら回避。

 そしてシュウは風爪魔法を飛ばし、通り過ぎる幻鳥種ハーピィを追撃。

 疾走する幻鳥種ハーピィは風爪魔法に押され、転倒する形で巨大な樹木に突っ込み動きが止まった。


「『記憶の維持が苦手』か、どうやら奴は相当タフらしい、ならば奴がオレ達の存在を忘れるまで隠れるとしよう」

「はい!」


 復帰した幻鳥種ハーピィは、木の陰に隠れたシュウ達を探して、巨体を揺らしながらのっしのっしと歩く。

 その歩みに迷いはなく、完全に隠れているはずのシュウ達の所へ一直線に向かう。

 そして、長い首でシュウ達を覗き込んで一言。


「いただきまぁす」

「なにっ!?」


 突然現れた頭に驚きながらも、シュウがケイトの腕を引っ張り距離を取る。

 それと同時に、顔面に火球魔法が炸裂した。


「ギィイイイ!」


 まともに顔面に火球魔法を受けた幻鳥種ハーピィは、仰け反り悲鳴をあげる。

 だが、炸裂した火球魔法のダメージは薄いようだ。

 しかし、顔面を焼いた煙が幻鳥種ハーピィの視界を妨げた。


「今だ!」


 隙を突き、再び木に隠れる二人。

 対して幻鳥種ハーピィは煙が収まると、またもや一直線にシュウ達へ向かう。

 そして――


「アネモス・カウリオドゥース」


 次の瞬間、幻鳥種ハーピィは風牙魔法を纏った頭を振り下ろし、二人の隠れる樹木をなぎ倒す。

 樹木は、轟音を上げ砕け散る。


「なんですぐに見つかるんですか!」

「このフォーティーン様からは逃げられないよ、この透視能力を持ったフォーティーン様からはねぇ!」


 得意げに誇る幻鳥種ハーピィ

 幻鳥種ハーピィは余程の自信家なのか、自ら能力をばらしていく。

 それとも、『最も愚劣な種族』らしく、ただの阿呆なのか。

 ここでシュウが動いた。


「ケイト、少し離れて居ろ……おいそこの醜い脂肪の塊、オレが相手だ、オレを倒せばそこの兎獣人も喰っていいぞ」

「ちょっとシュウ!」

「長旅も飽きてきた、それに魔法を使うなら話は別だ」


 逃げられないと判断したシュウは、作戦を逃亡から切り替え、撃退へと移行する。

 勝手にシュウ撃破の景品にされたケイトは、抗議しようとするが、もはやシュウと幻鳥種ハーピィの間に割って入ることはできない。

 仕方なくケイトは、離れたところでいつでも応戦できるように待機することに。


「ほんとぉ、約束……」

「ピュール・クリスタッロ」


 シュウは幻鳥種ハーピィが話し終わる前に打って出る。

 放たれた火球魔法は幻鳥種ハーピィの肉体に炸裂するが、幻鳥種ハーピィはそれを気に止める様子はない。

 そして、シュウへ突っ込んでいく。

 巨体の突進を避けることは容易だ。

 幻鳥種ハーピィの突進を回避したシュウは、振り返る幻鳥種ハーピィへと土球魔法を放つ。


「リトス・クリスタッロ!」


 ピュール・クリスタッロは言わば、魔力の塊をぶつける魔法だ。

 対するリトス・クリスタッロは、土の塊をぶつける物理的魔法。

 魔法攻撃を無効化するのであれば、物理的魔法ならば有効な可能性がある。

 そう考えたのだが……。

 シュウの思惑は簡単にも打ち砕かられた。

 幻鳥種ハーピィへ向かって放った土球魔法と共に。


「嵐よ切り裂け、スィエラ・クスィフォス!」


 翼を羽ばたかせて放たれるは、数多の風の刃。

 大量の風の刃は柱となり、土球魔法を貫きシュウへと襲い掛かる。

 風の刃は進行方向の木々を、粉々に切り刻みながらなぎ倒していく。

 これを紙一重で避けたシュウに休む暇はない。

 幻鳥種ハーピィのいた方向に目を向けると、既に飛行してきた幻鳥種ハーピィの鉤爪が眼前にまで迫っていた。


「シュウ!」


 遠目に見ていたケイトが叫ぶ。

 幻鳥種ハーピィの突進は非常に危険で、まともに受ければただでは済まない。

 まともに受ければ。


「【自動防御】リトス・ウラ」


 アイの自動防御がシュウを守る。

 しかしながら、幻鳥種ハーピィの鉤爪は土尾を掴んで離さない。

 とてつもない体重に小さな体が悲鳴をあげ、押し倒されていく。


「食べさせろぉ! 嵐よ切り裂け……」


 土尾を掴んだまま、幻鳥種ハーピィは再び風刃魔法を放とうと、翼を大きく広げる。

 数秒後に繰り広げられるであろう残状から、ケイトは目を瞑り、視界を閉ざす。


「ギャアアアアアアァァァ!!」


 耳を劈く悲鳴。

 しかし、それはシュウのものではない。

 ケイトは、ゆっくりと目を開き結果を確認する。

 そこにあったのは、右翼を穿たれた幻鳥種ハーピィの姿だった。

 穿つは地面から生える、細長い土の円錐。

 ケイトは急いでシュウの元へと駆け寄っていく。


「これは……」

「ただのリトス・ケラスだ。何も頭から生やすだけが芸じゃない。地面から生やしてやれば、こうして尻尾で防御しながら攻撃できる」


 シュウが魔法を解除すると、ぐしゃりと幻鳥種ハーピィの体は地面へと落ちる。

 戦闘は終了かと思われ気を抜く二人だったが、翼を穿った程度で幻鳥種ハーピィは止まらない。


「痛い、痛い、イタイイタイイタイィィィ!!!!」

「こいつ、まだこんな余裕が!」


 幻鳥種ハーピィは体をうねらせ、もがき暴れだす。

 二人はすぐさま距離を取り、警戒態勢に入る。

 ふとここで、ケイトが自分達に視線が向けられていることに気付く。

 視線の感じる方向、森精種エルフの街シュプレムに目を向けると、正体はすぐに判明した。

 そこにいたのは、二人の小さな小さな人。

 透明な羽を持ち、浮遊しながら身振り手振りで自分達を呼ぶ。


「シュウ! こっちです!」


 ケイトはすぐにシュウへ彼らの存在を知らせ、二人で彼らの元へ駆ける。

 近付いた彼らは、二人の男女で、頭に朝顔の髪飾り、緑で統一された衣服を身に纏っていた。

 彼らの正体は妖精種フェアリーであると、ケイトは気付く。

 妖精種フェアリーの男女に近付くと、彼らはシュウ達を招くように先導する。

 行先は道の先、壁の方向だ。

 ケイトとシュウは顔を見合わせ彼らを追う。


 壁の前まで到達すると、妖精種フェアリーは壁の植物の間に手を突っ込む。

 すると、植物が動き出し、避けるようにして大きな入り口が現れた。

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