09話 幸せの為の決意
ケイトは、その日の昼には退院することができた。
『最も敏速な種族』と称される
治療にお金が必要ない理由もここにあった。
軽症であれば瞬時に再生する
つまり、基本的に病院を必要とするのは重傷を負う者、戦闘で傷を負うことのある兵士だ。
だが、重症の治療には多大な資金が必要となるが、その資金を兵士は持ち合わせていない。
それと同時に、怪我人が少ないので治療でお金を取るとなると、医者という職業は成り立たなくなってしまう。
なので、医師とは国にお金を貰っている公務員の一種になっているのである。
「やっぱり不便ですね」
ケイトは愚痴を零して椅子に座り、一休みする。
「両腕が無いと不便なのは分かってましたけど、実際に体感してみると驚きますね」
ケイトの両腕を爆発四散させた、
それにより、ケイトは二の腕の下側以降を失った。
今は綺麗に縫合されている傷口を眺めて、どうにかできないのかと考える。
「手が無くても、物くらいなら挟んで持てるかと思ったんですけどね……」
結果は分かっているが、両腕の先端を合わせてみる。
だが、両腕の先端同士が繋がることはない。
腕の長さ的には問題ないはずだが、彼女の巨大な双丘がそれを阻む。
この行動は既に、旅の準備を行おうとした時に失敗していた。
故に、荷物の準備は全てシュウが行った。
必要な物をケイトが指示し、それをシュウがバックパックに詰める形での共同作業だ。
そのシュウは今、奥の部屋に籠って何やら忙しそうにしている。
ケイトが独りで頭を捻っていると、玄関からケイトを呼ぶ声が聞こえてきた。
訪ねてきたのは、修道服に身を包んだ壮年の女性。
壮年の女性はケイトが顔を見せると、今にも泣きだしそうな表情で駆け寄ってくる。
「ケ、ケイトッ! 大丈夫なのですか!?」
「落ち着いてください、大丈夫ですよフィランさん」
彼女はケイトの母の親友にして、母に救われたエスペランサの院長。
六年前に両親が他界した際、身寄りのないケイトを真っ先に引き受けると言ってくれたのは、フィランことフィラントロピアだ。
成人するまでの間、面倒を見てくれていた。
成人してからはこの家に戻ってきていたが。
「立ち話もなんですし、中に入って話しませんか、私からも話したいことがあるので」
フィランをリビングに案内する。
この腕ではお茶を出すこともできないのは少し残念だが、代わりにお客人にお茶を出してもらうというのもなんなので、不愛想かも知れないと思いつつ、彼女に続いて対面に座る。
「ひとまず、ケイトが無事でよかったです。ケイトが大怪我をしたと聞いて、私もう……」
「ありがとうございます、この通り腕は無くしてしまいましたけど、子供達が助かったので私はなにも悔いてはいません」
この腕が無駄な犠牲だったなんて、私は思っていない。
ケイトがその身に賭けて持ち堪えてくれたおかげで、オレは間に合った、とシュウは言ってくれた。
子供達の未来と、私の両腕、比ぶべくもないのだから。
子供達の未来の為になら、私は命だって惜しくない。
「そう……ですか、子供達を助けてくれたことには感謝しています。ですが、ケイト、あなたはこれからどうやって過ごしていくのですか? あなただって私達家族の一員なんです。ですからこれは提案なんですが、エスペランサに戻って来ませんか?」
彼女が来た時点でこの話だろうとは予想していた。
しかし、今はその願いを聞くわけにはいかない。
「あなたが遠慮してエスペランサに戻らない、と言うのは分かっています。ですがケイト、お願いします、エスペランサに来てください。私は、ケイトが不自由なまま朽ちていくのを、黙って見ていることはできない。それはあなただって本意ではないでしょう? エスペランサに来れば、不自由はさせません、贅沢ができるとは言えませんが……子供達とも一緒にいることができます、どうでしょうか?」
この選択肢が、一番楽で、幸せで、心地よいことなのは分かっている。
でもその選択肢は、妥協で、甘えで、思考停止だと私は知っていた。
だから……
「はい、私がしたかったのもその話です」
「じゃあ……」
「その話、お断りさせていただきます。私は、最高の義手を作りに旅に出ます。私がママの娘である限り、妥協は許されない。掴める場所にあるかもしれない最適に、手を伸ばさないなんて考えられない、フィランさんなら分かるでしょ?」
ケイトはきっぱりと、堂々と答える。
それに、呆れたように苦笑してフィランは言う。
「はあ……全く、強情なのと強欲なのは、母親譲りですか、分かっていましたが。で、勿論戻ってくるんでしょうね?」
「ええ、勿論です、腕を元に戻したら、今度こそエスペランサに引き取ってもらいますから、今度は職員として」
これでも彼女との付き合いは長い。
それこそ、ママよりも……。
だからこそ、話せば分かってくれると思っていた。
ママの一番の親友であり、今の私の一番の理解者である。
私を大事に思ってくれているから。
ケイトの笑顔に、フィランもまた笑顔で答える。
「その時は就職祝いをあげないと、ですね」
「それでですね、私から提案なのですが……」
ケイトが再び真剣な表情になった時、玄関からケイトを呼ぶ声が聞こえた。
ケイトは、フィランに断りを入れ席を立つ。
しばらくすると、ケイトは背広の犬耳男を連れて戻ってくる。
それを見るや否や、フィランはニヤニヤしながら二人に近づいていく。
「あれ? まさかまさか、ついに、ケイトちゃんにも恋人が!? 今回の件は実は駆け落ちだったりするんですか!?」
「いえいえ、違いますから、落ち着いて座ってください」
苦笑いするケイトを横目に、フィランは「ちぇー、なんだつまんないの」と呟きながら元の場所に戻る。
ケイトも元の椅子に座り、背広の男はケイトの横に腰かける。
ごほん、と咳払いをしてフィランが尋ねる。
「それで、こちらの方は?」
「こちらは不動産屋です」
ケイトに紹介された男は、垂れた耳と同じく、頭を下げる。
いまいち話が読めないフィランに、ケイトは事のあらましを簡単に説明する。
「前々から計画していたんですけどね。最近何かと物騒になってきたので、エスペランサのみんなには、アルカの壁の内側に移住してもらおうと思っていまして。それでこの方に相談して、みんなが住めるような住居を探してもらっていたんです」
「はい、今回ようやくお住いの方が見つかりましたので、早急に報告しなければと参上した次第でございます」
ケイトと背広の男が、移住することを前提にしているかのように話し始める。
勝手に進められていた話に、相談を一切受けていないフィランは狼狽えてしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください、大変ありがたい話ではあるのですが、我々はそんなお金払えないですよ」
「それにつきましては、こちらで対応させて頂きました。国の宝である子供達を救う団体が、私財で動いているなんて正しくない。ですので行政に掛け合って、援助して貰えるようにしておきました」
あまりにうまく行き過ぎている話に、フィランは理解が追いつかず頭が混乱しているようだ。
ケイトに、説明を乞う視線を送る。
答えるのは背広の男。
「疑問ですか? 僕がなぜそこまでするのか。あなたと一緒ですよ、あの人に恩返しをしたいからです。あの人は死んでも借りを作らない人だった。その娘のお願いだというのです、今返さずしていつ返すのか」
これに対し、フィランは納得した表情をする。
「……ああ、そういうことでしたか、そうですよね、そういうことなら断るのは逆に失礼に当たりますか。全く、グリアは恩を返すことすらさせないとは、本当に自分勝手なんですから……本当に……」
今は亡き親友を想い、フィランは悲嘆する。
それを見てケイトが明るく振る舞い、落ち込みそうなフィランを気遣う。
「ま、まあ、そういうことですので、遠慮せず引っ越してください。これは私個人の、フィランさんが引き取ってくれたことへの恩返しでもあるんです」
「……そういうことでしたか、二人共ありがとうございます、ケイト、無事に戻ってきてくださいね、それまで、あなたの戻る場所は私に任せてください」
涙ぐむフィラン、それに釣られ背広の男までもが涙ぐんでいる。
ケイトは決意する、今の腕以上の最高の義手を手に入れ、これからの幸せの為に全力を尽くすと。
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