08話 無くした腕の足掛かり

 門を抜け街へと入ると、綺麗に整列した家々が並んでいる。

 白を基調にした街並みはとても美しい。

 道も舗装されており、壁の外と世界そのものが断絶されているようにすら思えてくる。

 病院の場所は、親切にも門番が同行して教えてくれた。


 すぐにケイトは集中治療室らしき所へ連れていかれ、子供達も治療室に向かう。

 その間、オレはただ治療室の前で待つことしかできない。

 治療を終えた子供達が続々と集まってくる。

 ケイトの治療を待つ間、沈黙が場を支配していた。


 ――ケイトと面会できたのは、次の日の朝だった。

 子供達はすっかり疲労していて、夜中には寝てしまい開いている部屋に移されたが、ケイトの面会前に全員の目が覚め、再びケイトの病室の前に集合している。

 面会の許可が出ると同時に、子供達が病室になだれ込む。


 病室の中から泣声が連鎖して聞こえてくる。

 一時間余り経った頃、目を真っ赤に腫らした子供達が病室から、とぼとぼと出てきた。

 元気は無かったが、無事なケイトにどこか安心しているようにも見えた。

 シュウは子供達に促され、病室へと足を踏み入れる。


 病室に入ると、純白の病衣に身を包んだケイトがベットに座っていた。

 こちらを見ていたケイトと目が合うと、ケイトはにっこりと微笑む。

 まるで、なにも心配は要らないよ、と言うように。

 ベットの横の椅子に腰かけ、ケイトと向き合う。


「おはようございます」

「……あぁ」

「どうして、子供達と一緒に入ってこなかったんですか?」

「……そんな権利は無いと思ったからだ。オレは間に合わなかった」


 ケイトの腕に目をやり俯く。

 そこに腕はもう無い。

 オレが、あと少し早く気付いて駆け付けていれば、こんな事態にはならなかった。


「なに言ってるんですか、シュウさんは間に合っていますよ。誰も連れ去られてないし、誰も死んでない。シュウさんは間に合っているんです、子供達を助けてくれてありがとうございます」


 確かに、子供達を助けるという面では間に合っている。

 間違いないのだが……


「だが、もっと早く着いていれば、ケイトの腕を失わずに済んだ」

「いいんです、そんなこと、子供達が無事だったのが何よりの知らせですから」


 『そんなこと』。

 『そんなこと』で済むはずがない。

 強がってはいるが、年頃の女性が両腕を失って、大事な人達が助かったからと割り切れる訳がないのだ。

 現に、笑顔がぎこちなかった。


 ケイトと一緒にいたのは時間にして一日にも満たないが、それでも十分すぎるほどに、痛いほどに理解できる。

 料理を食べているオレを見ている時の、子供達と遊んでいる時の、家庭菜園をしている時の、そして子供達の頭を撫でている時の……あの笑顔をオレは忘れない。

 心の底からの笑顔。

 生きている今この瞬間が最高に幸せだと、ひしひしと伝わってきた。


 シュウは我慢できずに病室を飛び出す。

 後ろでシュウを呼ぶケイトの声がした。

 向かった先は、ケイトを治療した医師の元だ。

 休憩中の医師のいる部屋に着くと、扉を力任せに開け放つ。

 勢いよく開いた扉に医師が驚いているが、知ったことではない。

 初老の医師の胸倉を掴んで問い詰める。


「おい! ケイトの腕は戻らないのか!」

「お、落ち着きなさい、彼女の治療はあれが精一杯じゃ。儂としても彼女の腕は治してやりたいところじゃが、無理なものは無理じゃ。失われてしまった腕を治す方法は存在しないんじゃよ」


 医師の言葉に、胸倉を掴んだ手が力なく落ちる。

 会話を聞いていた、若いもう一人の医師が思いついたように初老の医師に言う。


「あっ! 先生、あれがあるじゃないですか! 義手ですよ義手!」

「お前は阿呆か、年頃の女の子に無骨な腕など、ありがた迷惑でしかないわ。第一、義手の技術はルチオンにしかない、どうやって輸入するつもりじゃ」


 若い医師は、初老の医師の言葉に論破され言葉を失う。

 だが、シュウはその言葉に希望を見出し、活力が復活する。

 義手か、確かにその手があった。


「料理を作ったり、家庭菜園ができるか?」

「義手があれば必要最低限の生活はできるようになるが、訓練が必要じゃし、どうしても見た目は最悪じゃな。女の子はそこら辺も気にするじゃろ……いや? 確か……」


 シュウの質問に対し、いい答えは返ってこなかったが、言葉を切る前に初老の医師は何やら考え事を始めた。

 どうやら何かを思い出そうとしているらしい。


「確か、なんだよじーさん」


 シュウの言葉も耳に入っていないのか、初老の医師はひたすら頭を捻る。

 シュウと若い医師が固唾を飲んで見守る中、しばらく唸った後突然立ち上がり、部屋の奥の棚からあるものを取り出してきた。

 初老の医師が机の上に置いたものを、シュウと若い医師が覗き込む。


 それは一枚の写真。

 色褪せたその写真は、正面から誰かの手元を映していた。

 二人が意味を理解できないでいると、初老の医師は写真を軽く突く。

 すると、静画は動画となり映像を流し始める。


 まず初めに、手のひらを閉じたり開いたりを、まるで自分の手の感覚を確かめるように数回繰り返した。

 次に、手を振ったり、指を組んで手首を曲げたりと、ストレッチの要領で動かす。

 そして一通りストレッチが終わったところで、若い医師が口を挟む。


「なんですか、これ……先生ついにボケたんですか? ただのリハビリですよね」

「まだボケとらんわ! これは義手じゃよ、超高性能のな」


 これが義手?

 どう見ても普通の腕にしか見えない。

 人間の腕に人間の手。

 形も色も、何もかもが通常通りで健常者と何ら変わりない。

 しかし、この義手が本当に存在するのであれば……


「その義手はどうすれば手に入るんだ?」

「それはじゃな……」







 ――初老の医師の話を聞いたシュウは、直ぐ様ケイトの病室のドアを勢いよく開け放つ。

 この病室を飛び出していったときは違い、今度は満面の笑みで。


「びっくりするじゃないですか……どうしたんですか?」

「聞け、腕を元に戻す方法が判明した!」

「本当ですか!」


 シュウの言葉にケイトは笑みを零す。

 やはり、腕が無くなったのは辛かったようだ。

 『そんなこと』で済ませられるはずがない。

 突然両腕を無くして、耐えられる者など存在するだろうか。

 いいや、存在しない。


「ああ、ルチオンに行けば腕を元通りにできる」

「……ルチオンですか、それなら諦めるしかないですね」

「なぜ?」

「護衛も無しに、この体でルチオンまで辿り着けないからです」


 ケイトは諦めたように項垂れる。

 ケイトにはお金が無い。

 自給自足の生活に、お金は必要ないからだ。

 さらに言えば、街から乖離された状況に置かれており仕事もしていない。

 だから正直な話、ケイトは病院がどういうモノなのか分からなかったけれど、お金が要らないと知った時は少なからず安心した。


「それならばオレが護衛する、オレがケイトを守ってやる」


 当たり前のように言うシュウにケイトは苦笑する。


「気持ちはありがたいですが、無理ですよ。子供達から聞きました、地精種コボルトの男を退けたと。でも、旅は危険です、シュウさんのような小さな子供を連れて行くわけにはいかない――だから私は腕が無くてもいい……私はこのままここで独りで過ごしていきます」

「その体で? 両腕が無いのにどうやって? 食べ物はどう調達する? どう食べる? 風呂は? 着替えは?」


 他人に迷惑をかけるくらいなら諦める、そんな態度のケイト。

 躍起になってまくし立てるシュウだが、それは正論だ。

 ケイトは言い淀む。


「それは……」

「独りで抱え込もうとするな、オレがどうしてもケイトの為になりたい、力になりたいんだ」

「……どうして、そこまでしてくれようとするんですか?」


 シュウは少し躊躇って、覚悟を決める。


「ケイトが倒れていたオレを救ってくれなかったら、空腹にしろ、魔獣に襲われていたにしろ死んでいた。だからケイトは命の恩人だ、だからオレはその恩返しがしたい」


 シュウ自身、この気持ちに疑問を感じていた。

 自分はこんなに、情に厚い人間だっただろうかと。

 玉座の間の世界で殺し合いを続けているうちに、人間らしい感情なんてとっくに失われていると思っていた。

 でも実際は失われることなく、奥深くに仕舞込まれていただけで、枯渇することなく留まっていたのだ。

 だから、ケイトと出会ったとき嬉しかった。

 子供達と遊んで楽しかった。

 飢えていた、人との繋がりに。


「オレは独りでも、ルチオンに行く、そしてなんとかしてみせる」


 シュウの決意は固い、例え止められようが、嫌がられようが嫌われようが、強行するつもりだ。

 有難迷惑だったとしても、必ずケイトの腕を元に戻す。

 その確固たる決意の表情を受け止めて、ケイトは手間のかかる子供をあやすように、しかし嬉しそうに言う。


「……もう、仕方ないですね、遠足とは訳が違うんですからね? その辺理解してますか?」

「勿論だ、大船に乗ったつもりで任せておけ」

「その小さな体で大船なんて、なかなかに面白いですけど……よろしくお願いします」


 真剣な表情で頭を下げたケイト。

 ずっと、みんなを心配させまいと偽りの笑顔を浮かべていたケイトの、心と表情がようやく一致する。


「……そう言えばシュウさんのこと、名字じゃなくて名前で呼んでもいいですか?」

「え?」

「えっ?」


 頭を上げたケイトの言葉に、シュウの動きが止まる。

 同じく、動きが止まったシュウを見て、ケイトの動きも止まる。


「……ヒナタが名字で、シュウが名前なんだが?」

「ええぇぇぇ!?」

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