03話 変異魔法

 子供達とは、鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだ。

 ――そして、それは男子集団(シュウを含む)が木登りに、女の子集団がおままごとに分かれる時に起こった。

 何気ない、平和なシーンが続くと思られたが、突如怒声が飛ぶ。


「はあ!? だからわざとじゃないんだって! 謝ってるだろ!」

「それのどこが謝ってる態度なのよ! ちゃんと謝りなさいよ!」


 その声の主は猪獣人のグアルと狐獣人のマリネだ。

 グアルがリンの持ってきたおやつを勝手に食べてしまったらしい。

 それを、軽く謝って済まそうとしたグアルに、マリネが突っかかったのだ。


「もういいから、ね? マリネちゃん、リン怒ってないから」

「ダメよリン、ここでこいつを甘やかすとすぐに調子に乗るんだから! ビシッと言ってやらなきゃ」


 マリネの後ろに追いやられたリンは、必死に事態を納めようとするが、マリネはまるで耳を貸さない。

 グアルは苛立ちを露わにして声を荒げる。


「リンも怒ってねーって言ってんだから、もういいだろ!」

「ダメね! ちゃんと弁償しなさい、弁償! 次のおやつはリンにあげること!」


 相手に責める気が無いと分かったのか、マリネは腕を組んで得意げに提案する。

 それに対して焦りを覚えるグアル。

 なぜなら……


「はあ? やだよ! 次のおやつは、俺っちの好きなリンゴじゃん!」

「リンのおやつを食べておいて、自分の好きなものは嫌だって、そんなに欲張りだからお腹も大きいのね!」

「ちょ、ちょっとマリネ言い過ぎ……」

「俺っちが太ってるのは今関係ねーだろ!」


 リンが再び割って入るが、声はかき消され二人には届かない。

 他の子供たちはというと、離れたところでハルテは面白そうに傍観していて、メディはその横でオドオドしていた。

 さすがに見かねたので、オレが仲裁をしてやろうと、喧嘩している彼らの元へ歩み寄る。


「おいお前らいい加減に……」

「あーもう! 怒った! リトス・ケラス!」

「なに? やるの? おデブちゃん! ピュール・ウラ!」


 ――その時、二人はオレが”知りながらにして分からない”魔法を発動した。

 二人が発動したのは、土属性の下級魔法で頭に角を生やす魔法と、火属性の尻尾を生やす下級魔法である。


 ああそうだ、知っているとも。

 あの魔法は見たこともあるし、なんなら簡単に使える。

 しかし、分からない。

 あの魔法は、ストーンホーンとファイアテイルだったはずだ。

 けれど、あの二人が唱えた呪文はリトス・ケラスとピュール・ウラであり、オレが知っている呪文とは異なっていた。


 故に、あの魔法自体は知っているが、呪文が違うことが分からない。

 現に、グアルは土で作られた円錐型の角を眉間に備えているし、マリネは自分の尻尾の三倍はあろうかという、巨大な炎の尻尾を携えているのに。


 突然の事態に頭が混乱するが、仲裁に入ろうとしたことを思い出して、魔法で頭を冷やさせるべく、水属性の下級魔法を発動する。


「ウォーターボール!」

 

 打ち出されたバスケットボールより一回りほど小さい水球は、取っ組み合う二人に直撃し、水浸しにする。

 ただしそれは、右の手のひらを正面に向けて腕を伸ばし、その腕を反対の手で支えている滑稽なポーズをとったシュウではなく。

 独りで恥ずかしいポーズを決めている、シュウの真横を通り過ぎて喧嘩する二人に水球を炸裂させたのは、先ほどまで慌てふためいていたメディだ。

 メディにさっきまでの表情はなく、額に青筋を立てて怒っていた。


「もうやめてよ! 喧嘩はダメだって! いんちょー先生もケイトさんもよく言ってるでしょ? ほら、ちゃんと二人ともごめんなさいして!」


 全身ずぶ濡れになった二人は少しの間俯いた後、魔法を解除する。


「もう! 何するのよ! ビショビショじゃない! レディーをずぶ濡れにするなんてありえない! ホント、怒ると無茶苦茶するんだから……言い過ぎたわグアル、ごめんなさい」


 突如、水をぶちまけられたことに憤慨しながらも、マリネは頭を下げる。


「俺っちこそ、ごめんなさい」


 同じく、頭を下げて謝罪するグアル。

 そして、我に返ったメディが自分の行いを認識して、再び慌てふためいてずぶ濡れになった二人に謝る。

 メディの活躍により、明るく賑やかな雰囲気が戻ってきた子供達だったが、シュウだけは少し離れた所で、腕を組んで真剣な表情を浮かべていた。


「アイ、今の魔法は……」

「【結論】先ほどの水球の魔法名はイードル・クリスタッロ。主様が保有している魔法ウォーターボールとの一致率、98.44%。他リトス・ケラス及びピュール・ウラのストーンホーン、ファイアテイルとの一致率も同値」


 やはり、ほぼ同じ魔法なのか。

 しかし、解さない。

 一致するほど、オレの知っている魔法の原理と乖離してしまう。

 魔法とは、無数のコードで組まれたプログラムだと、オレは認識している。

 だからこそ、そのコードが少しでも違う時点で、その魔法は別物であるべきだ。


 ――いや、違う。

 一致率98.44%つまり、不一致率1.56%が示す意味は……


「アイ、コードの解析を、オレの魔法との相違点を洗い出せ」

「【了解】解析開始……残り五秒…………解析完了。結果を送付します」


 シュウの命令により、アイが解析を迅速に済ませる。

 そして、脳内に送られたコードを確認して納得した。


「そうか、やはり、ははっ、なんだ簡単ではないか」


 髪に指を入れ、シュウは笑みを零す。

 シュウを支配したのは絶望ではない。

 枯渇することのない探求心だ。


「違うのは、”言語”か」

「【同意】コードの相違点は全てでした。しかし、コードの文字配列自体は一致しました」

「くくくっ、これはこれは、面倒なことになったなぁ」


 言語が違うということは魔法名が違うということ。

 つまりは、シュウが保有する魔法の全てが使えなくなったことを意味する。


「テレビの電源を入れるために、エアコンのリモコンを触ってるみたいなもんだ、道理で電源が入らない訳だな」

「シュウさん?」


 シュウが、今後のことを考えるため集中し直そうとした時に、いつの間にか皿洗いが終わったのか、ケイトが近くに来て声をかける。

 何度か声をかけていたらしく、ケイトは少し心配そうにシュウの顔を覗き込んでいた。


「あ、ああすまん、何か用か?」

「これからみんなで畑に行くので、シュウさんも行きましょう」


 子供たちの方を見ると、待ちきれないのか既に歩き出していて、こちらを見ながら『早く早く』と催促をしていた。


「まあ、一人になるのも良くないだろうな、分かった」







 全員で向かった畑はすぐ近く、ケイトの家の裏側にあった。

 広さは一軒家として十分な広さを持つケイトの家より、一回り広いくらいだ。

 近くの柵には、畑仕事に使うであろう、桑やらスコップやらが纏めて置いてある。

 肝心の農作物はというと、トマトやキュウリ、ナスと酷似している作物などが五種類程。


 付くや否や、全員で十分に育った作物を収穫した。

 ちょうど収穫時期だったらしく、殆どの作物を収穫することができた。


 収穫した作物をすべて籠に入れ終わると、ケイトはジョウロに水を汲みながら、子供たちにお願いする。


「ハルテは雑草をお願いします。みんなはジョウロ渡すので、水を撒いてください」

「「はーい」」


 元気よく返事をする子供達。

 ハルテ以外の子供たちはケイトに駆け寄り、水が溜まるのを順番待ちしている。

 一方、お願いされたハルテはというと、畑全体が見渡せる位置に移動して、得意げに両手を腰へ当てて踏ん反り返っていた。

 除草をお願いされていたが、ハルテ一人ですぐに終わる量だとは思えないが。

 何かしら理由があるのだろうか――例えば雑草を食べるとか。

 いやいや、それは無いか、牛獣人だからといってそれで一人で除草をする理由には成り得ない。

 理由が気になるので、じっと見つめていると突然腕を高く上げ、サイドスローのモーションで腕を振るう。


「アネモス・ニヒ」


 またも、オレの知らない呪文で、内容は同じ魔法を発動する。

 放たれた風の刃は、振るわれた腕の延長線をなぞる様に地面すれすれを飛翔し、畑の一部を薙いだ。

 あまりにも当たり前に行われた行動に、理解が追いつかなかった。

 放たれた魔法は、オレの知るところでのウインドクローで、効果としては自分の指先にバーナーの火のように風属性の魔力を展開し、風の刃にして飛ばす魔法。


 勿論、言うまでもなく風の刃は鋭利であり、植物くらいなら簡単に切断することができる。

 つまり、ハルテの行動は畑の農作物を刈り取る行為の訳だが……


「悪ガキだからって、作物ごと刈り取るのは度が過ぎるぞ……」

「俺はそんなことしないやい! そんなことしたらケイト姉ちゃんが怒らなくても、みんなが怒るじゃんか!」


 シュウがぽつりと零した言葉を、ハルテが逃さず拾う。


「それでは一体何を?」


 シュウの質問に指差しで答えるハルテ。

 百聞は一見にしかずだと言わんばかりである。

 シュウはハルテの指差した方向に目をやる。


「ん? 切れていない……?」


 目をやった先には、先ほどと変わらない畑があった。

 風の刃が薙いだ場所を見間違えるまでもなく、切り落とされた作物はどこにも見当たらない。


「まさか、威力があまりにも弱すぎて植物すら切れないのか?」

「んー、よく見てみ」


 無論、何も起こっていないのならば、魔法を発動する意味は無いので、何が変わったのか畑を凝視する。

 ……違和感はあるが、それがなにかは分からない。


 ――アイに聞くか。

 これが間違い探しゲームならズルもいいところだが、勝負しているわけではないので良しとしよう。


「アイ」

「【回答】雑草が刈り取られています」


 即答である。

 当然だ。

 オレ達生物が、記憶を頼りに間違い探しをするのとは違い、アイは記録を元に間違い探しをするのだから。

 確かめるために、畑に近付いてしゃがんでみると、まさにアイの言う通り、雑草だけが刈り取られたいた。


「驚いたな、どんな手品を使ったんだ?」


 この質問に答えるのはハルテではなく、ケイトである。


「手品ではありませんよ。変異魔法ストレンジアーツです」

変異魔法ストレンジアーツ?」


 小首を傾げるシュウに、ケイトは問いかける。


「はい、変異魔法ストレンジアーツですよ? シュウさんの住んでた所には使える人、いませんでしたか?」


 しまった、常識だったか? 疑われるだろうか? なにを疑うのかって話ではあるが。

 ……いや待て、『シュウさんの住んでた所には使える人、いませんでしたか?』と言ったか? 逆に言えば使えない奴もいるってことだ。

 それがどんな確率なのかは分からないが……


「そうだな、オレの住んでいた所は人があまりにも少なかったのでな、今まで見たことも聞いたこともない」


 どうだ……?

 未だに、この世界については理解仕切れていない。

 とてもとても小さな村出身の、世間知らずの子供で通せるならば、今後も情報収集に弊害は出ないだろう。


「そうでしたか、変異魔法ストレンジアーツを持っている人はランダム性が大きく、条件も未だに解明し切れていないですからね。街中に使える人が数人しかいなくても、ある村の人々は全員が使えたりだとか。親から子供に遺伝する時もあれば、しない時もあるらしいですし」


 よかった、どうやらおかしなことではないようだ。

 続けて質問をしてみる。


「魔法とは違うのか?」

「うーん、厳密には違うらしいですが、魔法が苦手な私からすれば同じだと思いますけど。もっと知りたいのであれば、森精種エルフなら詳しく知っているのではないでしょうか」


 真剣な表情で悩むケイト。

 シュウはここぞとばかりに、新しい疑問についても問いを投げる。


「今、森精種エルフと言ったが、この世界にはどんな種族がいるんだ?」

「さすがに、私は学者ではないですからね。知っていてもこの大陸の一部ですよ――例えば、まずは私達獣人種ワービーストでしょ? 森精種エルフ幻馬種ケンタウロス人魚種セイレーンも有名ですね。あとは、人類種ヒューマン小人種ドワーフでしょうか……珍しいところで羅刹種オーガなども聞いたことありますね」


 指折り数えるケイト、言い方からして他にもたくさんいそうだが、面倒になったのか途中で区切られてしまった。

 何はともあれ、魔法を取り戻す手っ取り早い方法としては、森精種エルフの元に行くことだろうか。


 シュウが考え事を始めるのと同時に、子供たちがケイトの元に駆け寄ってくる。

 どうやら、水撒きが終わったらしい。

 ケイトに頭を撫でられる子供たちは、とても嬉しそうにしており、子供たちを撫でるケイトもまた笑顔で、いつの間にかそこには、幸せに満ち溢れた空間ができていた。

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