04話 最も野蛮な種族Ⅰ

 シュウは、遊んだ時の汗と汚れを洗い流していた。


「ふぅ、シャワーも久しぶりに浴びるといいもんだな」


 体を伝うお湯が心地いい。

 玉座の間の世界では体の汚れも魔法でどうにかなっていたので、シャワーもまた高校生以来となる。


 それにしても、子供たちとのお遊びは散々だった……が、新しい発見がいくつかあった。

 そして、オレの今後の人生(獣人生?)も大方決まった。


 まずここは『衛星瞳サテライト・アイ』で見た、壁の街アルカの中ではなく、街外れだということ。

 次に、あの子供たちは色々な事情で親から離れ、養護施設エスペランサで暮らしていること。

 今後、その養護施設エスペランサでオレは生きていくそうだ。

 今日は、子供たちが院長に軽く話して、明日改めてケイトと出向く形となった。

 成長するまで生活が保障されるのはありがたい。

 焦ることはない、大人になったら自由に生きればいい。


「しかし、獣人と一言に言っても動物の種類も様々なんだな。猫に兎、次に狐に羊、猪に牛、狸と来たもんだ。動物全般ってところか。それにしても、動物よりは人間に近いのか。動物の部分は耳と尻尾だけ、他は人間の子供と変わらない、と」


 シュウは、転生して猫耳幼女になった自分の体をまじまじと観察する。


「まあ、昼間の身体状態確認の結果から見るにどうやら動物の部分は、身体能力に色濃く反映されているようだが……」

「【報告】ハルテ様の魔法――変異魔法ストレンジアーツの解析が完了しました」

「ふむ、やっと終わったか」


 アイが、突然前触れもなく解析の終了を告げる。

 昼間のハルテの魔法外の魔法、つまりは変異魔法ストレンジアーツの解析をアイに頼んだのだがこれほど時間が掛かるとは……

 シュウはアイから送られてきたコードに目を通す。


「これは……!」







 一方その頃、ケイトは考え事をしていた。

 昼間シュウさんにも話した通り、最近は何かと物騒だ。

 ママに助けられたという、養護施設エスペランサと付き合いはまだ続いているけれど、その養護施設エスペランサもまた、ケイトの家と同じく壁の街アルカの外側にあり、戦火に晒される可能性は低くない。

 明日、シュウさんを養護施設エスペランサに送った時に、アルカに引っ越すように院長に促そう。


 物置の奥から引っ張り出してきた服を、更衣室に置く。

 シュウは着る服を持っていないみたいなので、自分の昔の服をあげることにしたのだ。

 ほとんどの服は、養護施設エスペランサに寄付してしまっていたが、運よく一式残っていた。


「シュウさーん、ここに服を置いておきますねー」


 中からシャワーの音と共に、『助かるー』とシュウの声が聞こえたのを確認してリビングに戻る。


「シュウさんは学者になるつもりなんですかね」


 ソファに腰を下ろし、今朝助けた少女について考える。

 小さな村出身だから知らないことは色々あるでしょうし、何でも知りたい年頃なのかも。


「両親のこともありますし、できるだけ力にはなってあげたいんですけどね……」


 ケイトもまた、街出身ではない。

 街出身だからといって、シュウの疑問について全部答えられるわけではないが。

 ケイトがシュウの質問に答えられたのは、ひとえに父親が冒険家で情報をたくさん持っていたからだ。

 世界を旅し、色々な種種と交流した父親。

 母親もまた、大変偉大だったと聞いている。


「パパ……ママ……」


 今は亡き、父と母を思い出し、膝に顔を埋める。

 分かっている。

 もう戻ってくることはないのだと。

 嘆いているよりも、両親に誇れる人生を歩もうと、両親が褒めてくれる人生を歩もうと、そう決めた。


 他人に優しくあれと、教えてくれたパパ。

 子供達とはうまくやっているつもりだ。

 子供達と一緒にいる時間が楽しい。

 子供達が満面の笑みを浮かべると、自分も自然と笑顔になれる。

 頭を撫でると、喜ぶ子供達の笑顔が忘れられない。


 自分の好きなことを精一杯やれ、と教えてくれたママ。

 家庭菜園も、料理もとても好きだ。

 それもまた、子供達との繋がりでもある。

 一生懸命育てた野菜が、実を結んだ時の喜び。

 自分の作った料理を、とても美味しそうに食べてくれる子供達。


 ……この家を捨てる気はない。

 パパとママと住んでいた、思い出の家だから。


 子供たちがアルカに移れば、簡単には会えなくなるだろう。

 寂しいけれど、それでも、子供達が平和に過ごせるなら私は安心できる。


 ――その時突然、ケイトの憂鬱を切り裂くように、何かがケイトの耳朶を打つ。

 その何かは、聴覚の鋭い兎獣人のケイトでも、僅かにしか聞こえないほど遠くからだった。


「今のは……悲鳴?」


 嫌な予感がする。

 ケイトは先ほどの憂鬱を捨て、勢いよく扉を開け放ち、声の聞こえた方へ急いで走り出す。

 既に辺りは薄暗くなり始めていた。

 あと数時間もすれば暗闇に包まれるだろう。

 子供達を早めに返したつもりだったが、たまたま夜行性の魔獣が起きてしまったのだろうか。

 ケイトは焦る気持ちを抑えることなく、自分の持てる力全てを振り絞り、目的地へと疾走する。







 走ること数分余り、道の脇の草が生い茂る広場に子供達はいた。

 ただし、そこにいたのは子供達だけではなく、むき出しの肩に薔薇のタトゥーの入った、三メートル弱はある狼頭の巨大な男と一緒で、子供達は最後の一人が麻袋に詰められ終わるところで、まさに誘拐の真っ只中だ。

 ケイトは筋肉隆々の男に臆することなく、男の前に姿を晒す。


「あなた! 子供達を開放しなさい!」


 ケイトの声に反応し、子供達の入った麻袋がもぞもぞと動く。

 どうやら、子供達は殺されてはいないみたいだ。

 ケイトが、ひと時の安心を感じると同時に、男がケイトと向き合う。

 男は、だぼだぼのズボンにティーシャツを着用しており、工事現場にいてもおかしくない風貌だった。


「誰だァ? テメェ? こいつ等の保護者か?」

「そ、そうです! 子供達を開放しなさい! 今なら見逃してあげます」


 舐められない為に強気に出るケイトだが、男は動じない。

 イヌ科の動物を思わせる全身の青毛に、真っ赤な舌をちらつかせて男は言う。


「ハッ! 素直に言うこと聞く奴なんざ見たことねェぜ。あーあ、折角街まで行かなくてもガキを誘拐できて、今日の俺様ァついてるぜェって思ってたのによぉ! ここで見つかるなんざ――」


 パパに聞いたことがある。

 この男は地精種コボルトだ。

 パパ曰く、『最も野蛮な種族』でしたか。

 地精種コボルトの男は、品定めするようにケイトを観察する。


「――って、よく見たら、テメェなかなかに上玉じゃねぇか。高く売れそうだ、やっぱり俺様ァついてるぜェ」


 ジュルリ、と舌なめずりをする地精種コボルトの男。

 これに対し、ケイトはファインティングポーズをとる。


「……お転婆な娘は、痛めつけて動けなくしてからってェのが定番だよなァ。そんで、これはサービスだ」


 突然男は、ケイトから目を切ったかと思うと、転がっていた麻袋を蹴飛ばした。


「ギャ!」


 中から聞こえる、グアルのものと思われる悲痛の声。


「な、なにを!」


 いきなりのことに驚きを隠せないケイト。

 地精種コボルトの男はナイスアイディアだろ? と言わんばかりの下卑た笑みで答える。


「テメェみたいな正義感が強い奴には、こういうの効くんだろ? いいぜェ? 別に逃げちゃってもよォ。責める奴なんざ誰もいねェさ。でもよォ、その時は、テメェにぶつけようとしてたこの衝動は、どうすればいいんだろうなァ?」


 先に仕掛けたのはケイトだ。

 叫びながら、怒りに身を任せて拳を振るう。

 だが、安直で直線的な攻撃は読みやすい。


「よっと」


 地精種コボルトの男は、涼しげな顔で拳を紙一重で避け、ケイトに掴みかかる。

 巨大な体躯と同じく、巨大な手でケイトを背中から鷲掴みにせんと迫るが、その手は空を切った。


「あぁあ?」


 ケイトは攻撃の勢いを殺さず、さらに加速することによって地精種コボルトの男の魔の手から逃れたのだ。

 そのまま、地精種コボルトの男の周囲を駆け巡り、攻撃のチャンスを伺う。

 地精種コボルトの『最も野蛮な種族』に対して、獣人種ワービーストを『最も敏速な種族』と、ケイトの父は称した。

 その速さは疾風の如く敏速で、かつて獣人種ワービーストの中には、光を置き去りにした英雄さえも存在したという。


 地精種コボルトの男は、すぐさま走り回るケイトに掴みかかるが、捕まるはずもなく、ケイトからの蹴りを腰に食らう。

 しかし、地精種コボルトの男はさほど攻撃が効いていないのか、腰を軽くさすりながら、めんどくさそうにする。


「痛ってェなァ……大人しく捕まれよ、ガキどもを売っても、一匹金貨五枚だとして、二十五枚。これだと三か月も過ごせねぇぞ、くそが。ところがテメェは上質な商品だ。金持ちが好んで買いそうだぜ。売ったら金貨三十枚はくだらねぇだろうなぁ! よだれが止まんないぜぇ!」


「私があなたを倒して子供達を助けるので、お給料は金貨ゼロ枚ですね。治療費がおまけでついて、赤字です」

「そいつァどうかなァ?」

「ぐ…………っ!!」


 突然、ケイトを激痛が襲う、だがそれよりも……


(何が……!)


 この速さに攻撃が当たったことをケイトは疑問に思う。

 地精種コボルトの動きなら、充分に捉えきれない速さだ。

 優勢だったケイトは驚きを隠せない。

 ケイトは地精種コボルトの男を睨みつける。

 すると、正体はすぐに明らかになった。


 地精種コボルトの男が振り回していたモノ。

 それは、両の手を軸に振り回される鎖だった。

 鎖の先には、ケイトの拳にも収まりそうな大きさの丸い分銅が繋ぎ留められていた。


「こいつは商売道具なんだが、通用するみたいでよかったぜぇ。振り回してるだけで、自分から当たりに来てくれるんだからよぉ!!」

「うぁ……!」


 動きの止まったケイトに、追撃がヒットする。

 ケイトは自分の体に鞭を打ち、再度走り出し追撃から逃れる。

 しかし、今度は地面を走る二次元の動きではなく、広場の周りに生い茂った樹木を用いての三次元機動。

 簡単に捉えられるものではない。

 だが、ケイトが手負いな分、戦いが長引くほど不利になる。


(つまり短期決戦しかないですね)


 先ほどの痛みで、冷静に戻ったケイトは策を講じる。

 即座にケイトは、地精種コボルトの男の後ろを取っての突撃。

 実際に鎖分銅は、打撃に頼るなら接近戦に弱い。

 打撃力を生み出すのは、先に繋がれた分銅だからだ。

 そのことを考えれば、接近戦に持ち込むのは必然だった。


(でも、それでは足りない!)


 後ろに気配を感じた地精種コボルトの男が、振り向きざまに鎖分銅をケイトへ振り回す。


「――は?」


 しかし、そこにケイトの姿はなかった。

 鎖分銅の打撃力を無効化するだけなら、接近戦で事足りる。

 だが、獣人種ワービーストの女の子のケイトと、地精種コボルトの大人の男の体格差は埋まらない。

 ケイトが全力で殴ったところで、その攻撃は地精種コボルトの屈強な肉体の前には十全に効果を発揮しないのだ。


 故に、一撃に全てを込める。

 ケイトは全力で跳躍し、繰り出す。

 全推進力と全体重を乗せた渾身の蹴りを。


「これで終わりです!!」


 ドゴォン!! 轟音が響き、土煙が巻き上がる。

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