01話 転生成功?
あと半刻もすれば日が昇るという頃、ある場所で異変が起きていた。
その場所は、薄明りに照らされた広大な森の、永遠にも続きそうな道の途中。
辺りには広葉樹らしき樹木が生い茂り、生物の存在を感じさせないほどに静まり返っている。
突然、周辺を日中の如く照らす光と共に、地面にこぢんまりとした魔法陣が出現する。
魔法陣の形が安定すると、白く輝く光が集まり、跪いた姿勢の人型を作っていく。
作られた人型は鼠色のローブを深々と被っており、容姿までは確認できない。
光によって作られた人型が定着すると、周囲に重圧をまき散らしながら、ローブから僅かに覗く紅の毛先が、根元から浸食していき燃やし尽くした灰の様な色に変わっていった。
――長い長い睡眠から目覚めるように、徐々に意識が覚醒する。
まず認識できたのは、鼻腔を刺激する濃い緑の匂い。
耳に入るのは虫の声のみ、近くに動物はいないみたいだ。
どうやら森らしい。
次に、瞼を徐々に開く。
視界に入る道は塗装こそされていないが、草は生えておらず綺麗に均されていて整備されているようだった。
続いて体を確認する……の前にあることに気付く。
「木、でかいな」
そう、俺が見ていた森の木は、かつて俺が地球で高校生をやっていた時に見ていた木よりも、一回りも二回りもでかいのだ。
確かに、地球の木と似てはいるが、魔力を感じるので似て非なるものらしい。
それならば木が巨大なのにも納得できる。
恐らく、道が広く感じるのも同じことだろう。
しかし、その考えを否定するかのように、独り言を質問と捉えたアイが客観的回答をした。
「【否定】樹木のサイズ感につきましては回答致しかねますが、絶対的な事実としまして、主様の体のサイズ感は転生前より遥かに小さくなっています」
「は? どういう……」
慌てて、アイに意識を集中するべく、手を左耳へとやる。
……が、上げた左手は虚しく空を切るだけだった。
平常心を保ちつつ右耳も確かめるが、左と同じくそこには髪の毛があるだけで穴すら無い。
「転生中の意識の無い間に、オレの耳は怨霊にでも取られてしまったのか?」
「【否定】主様は、耳なし芳一にはなっておりません」
アイの冷静なツッコミが聞こえた気がしたが、俺の耳には届かなかった。
魔法を極め、玉座の間の世界で君臨するまでに至った俺がこんな簡単に体の一部をを失い、あまつさえ体が縮んだとなると、とても滑稽に思え笑えてさえくる。
……まあ、これくらいハンデと思えばなんてことはないのだ。
さて、俺の体はどれほどまでに惨めになったのか、確認しようじゃないか。
もはや、やけくそ感が否めないが見ないことには始まらない。
「……アイ、オレの全身を映してくれ」
「【了解】『
瞬間、視界が切り替わり灰色のフードを脱ぐ人型が映る。
ふんわりと柔らかそうなロングのシルバーブロンド、強者を想像させることのない、小さく華奢な体躯。
幼い顔立ちと、瑠璃色の宝玉が如く美しい眼。
そして、頭にはぴょこんと生えるシルバーの髪と同じ色の丸みを帯びた猫耳、そして同じくシルバーのふわっとした尻尾。
……端的に言おう! オレは猫耳幼女になっていた!
って、なんだ猫耳で幼女って!
今時、猫耳幼女とか流行らないぞ!
オレの鍛えた上げた筋肉が!
強くてニューゲームどころか、弱くてニューゲームじゃないか!
シュウは頭を抱える。
「一体全体、なんなんだ……」
「【検索】主様の記憶をロード……検索結果、一致率が高いのは人間、続いてサイベリアンフォレストキャット。肉体年齢はおよそ九歳から十二歳です」
「この体が何なのかは聞いていない! オレはこの幼女の体に嘆いているんだ!」
興奮するシュウとは対照的にアイは冷静に答える。
「【回答】主様は異次元移動特殊魔法術式発動時に、『魔術が使えればそれでいいか』と、条件を指定なされております。ですので、容姿、転生場所等はランダムに決定されました」
……なるほど、どうやらオレのミスらしい。
シュウは記憶をたどり、確かに口にしたことを思い出し、自分の非を認めた。
「一応確認するが、もう一度異次元移動特殊魔法術式を発動することはできるか?」
確かに非は認めるが、この幼女の体は不本意だ。
無駄だとは思うが、シュウはキャラクターリセットを試みる。
「【発動】異次元移動特殊魔法術式……エラー、再始動……エラー、再始動……」
発動と失敗を繰り返し、幾度となくエラーを告げるアイ。
「もういい、やめろ」
やはり無理か。
あの魔法術式は転生前のオレの体に合わせて作られたモノで、体が変わって構成が変わった今、効果は発動しない。
完全に割り切ることはできないが、なってしまったからには仕方がないので諦めることにしよう。
偉い人は言った、失ったものを数えるな、残ったものを最大限生かせ、と。
そして、猫耳幼女に転生した現実を受け入れたシュウは、何が残ったのか確かめるために自分の全身をまさぐって、ピアスからリングになったアイに気付く。
左手の薬指にはめられた銀色でシンプルなデザインのリングには、アイがピアスだった頃と同じく小さな瑠璃色の宝石がはめ込まれていた。
瑠璃色の宝石は、ピアスの時より小さくなっているが、恐らくは形状に合わせて変化したのだろう。
「なぜリングに?」
「【回答】耳の位置が変化した際、候補として新しい耳が選択肢にありました。しかし、動作を阻害すると判断、他の候補、リングとなりました」
なるほど、しっかりとした理由があるなら別に構わないか。
オレには拘りがあるわけではないからな。
改めて、全身をまさぐる。
…………ふーむ、やはり、わかってはいたが、全身ふわふわで、ぷにぷにで、とても強靭な肉体とは言えないな。
戦闘する機会があったら、無暗に接近戦は仕掛けないようにしなければ。
「さて、いつまでもこんな場所にいるわけにもいかないからな――アイ、近くに街か村か何でもいい、人が住んでいそうな所はないか?」
「【調査】『
アイは、主と繋がっていた視界を戻し、意識を空へ上げる。
上空から周囲を見回すと、見えるのはどこまでも続く森と、さながら蛇の体の如くうねって森を二つに分断する道だ。
……こちら側は街らしきものはまるで見えない。
正確には見えてはいるが、あまりにも遠すぎた。
続いて見るのは反対側の道。
反対側も景色は何一つ変わらなかった。永遠と続く森に道。
しかし、道の先に建造物が見えた。
丘の上に王冠が如く乗っている、円形の石の壁によって森と分断されている街。
詳細までは見えないが、石の壁の中には白を基調とした家々が並んでいる。
建物を確認したアイは主の元へ意識を戻す。
「【報告】太陽の方角に街あり、到着までの所要時間は徒歩で約一時間」
主は、「分かった」とだけ口にすると太陽へ向かって歩き出した。
主にかつての勇ましさは存在せず、今はただの幼い少女でしかない。
だが、可愛らしい声と見た目の愛らしさとは対照的に、仕草は転生前と変わらず凛々しく堂々としている。
学習不足からか、主の今後の目的や行動は皆目見当がつかないが、それでも、私は従い尽くす。
何があろうとも、何が起ころうとも。
一心同体、一蓮托生、運命共同体なのだから。
その勇ましく、愛らしく、凛々しい主様が空腹でぶっ倒れたのは、太陽へ向かって歩き出した五秒後のことだった。
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