第37話最終話『雨の声』
「あー、いい天気
でも暑っついなぁ」
スーツ姿の夏海はまだ新しい石段を登りながら呟いた
階段を登りきり石鳥居をくぐると、境内の掃き掃除をしている巫女装束の女性が目に止まった
「おーい、時雨ぇ!」
「あぁ夏海!どうしたん?」
「働き者の時雨に差し入れ持ってきたんだよ」
夏海が差し出したビニール袋には、来る途中に買ったよく冷えたジュースやお菓子が入っていた
「おーありがとう!
暑くなってきたからうれしいわぁ」
ここは『颯天神社』
組織の本部があった場所の近くに小高い山があり
新たな神となった颯太を祀るために
湊たち元老院が中心となり建立された小さな神社だった
湊は神主として、時雨は巫女として神事に従事していた
「夏海の方こそ仕事は順調?」
「ぼちぼちって感じかな、短大出て就職したけど
やっぱ社会に出るって大変なんだなぁって実感してるよ」
「うちはこの神社が出来てからはずっとここにいるからなぁ
アルバイトもした事ないし、夏海は凄いと思うよ」
「何なら外で仕事をしてもええんやで」
奥から湊が出てきて言った
「いらっしゃい、夏海ちゃん」
「おじゃましてまーす!」
「なに言うてんのお父さん、うちがおらんくなったら参拝客が減るってもんやで?」
「確かに、すっごい綺麗な巫女さんがいるって有名なんだよ?
町のフリーペーパーの会社の人が取材したいって言ってたらしいしね」
「はっはっは、それは大したもんや
でもな時雨、お前はまだ20歳や
これから時間はたっぷりある、「普通」の人生を送るのも
1つの道やで……まぁ決めるのはお前や」
「うん、そうやね……じっくり考えてみるよ」
「じゃ、夏海ちゃんごゆっくり
あぁそれと時雨……夕方に団蔵さんが今度の祭りの打ち合わせに来るから、来たら知らせてや」
「うん、わかった」
湊が奥へ下がったあと、夏海が少し考えて時雨に聞いた
「団蔵さんって……颯太のおじいさんだよね?
私まだ会った事ないなぁ」
「うん、日比谷団蔵さん……もう1人のおじいさんが斎賀玄真さん」
「あ!玄真さんはこないだ来た時にすれ違った人だよね
あの人の良さそうなニコニコしたおじいちゃん」
「そうそう、団蔵さんも優しくてええ人やで
なんやったら会っていく?」
「んー、この後まだ先輩と得意先に行かなきゃいけないんだ
会いたいけどまた今度にするよ」
「そっか、まぁ今度の祭りにも顔出すやろうしその時にでも」
「そうだね……
あれから3年か、なんかあっという間だった気がするなぁ」
「うちもあの後は色々と忙しかったからなぁ
組織の解体に関わる雑務とか、みんなの身の振り方とか……
この神社が出来てやっと落ち着いたのが去年の暮れやし」
「大変だったね、時雨」
「ううん、これはうちが頼まれた事やもん
忙しかったけど苦労やと思ったことは無いよ
夏海がすぐに信じてくれてびっくりしたけど」
「だってあの時の時雨酷かったよ?
今だから言うけど、今にも風が吹けば飛んでいっちゃいそうなくらいヘロヘロだったし
それに『起きた事は無かった事にならない』んだから
時雨が言うことなら信じるって」
苦笑していう夏海に時雨も笑って答えた
「そういうとこブレへんよね夏海は
うちはいい親友を持ったよ」
「あははっ、私って単純だからねぇ」
「そんな事ないよ、人の事をちゃんと考えられる優しい子や
うちはそんな夏海が大好きや」
「えへへっ、ありがとっ
じゃそろそろ戻るね、また来るよ」
「うん、いつでも待ってるよ」
去っていく夏海は階段を降りていき、姿が見えなくなるまでこちらに手を振っていた
「危ないで!前見てぇ!って、はははっ相変わらずやなぁ」
境内に1人になった時雨は、ほうきを手に取りまた掃除をはじめた
しばらくすると、空は晴れているのに雨がポツポツと降り始めた
「晴れ雨やな……」
こんな天気の日は必ず、時雨は空を見上げて雨に打たれた
颯太との別れの日に降った雨
その水の暖かさを浴びながら決まって心の中で呟く
『おかえり』と……
暖かな雨に包まれて、時雨の心に言葉が届く
『ただいま、時雨』
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