第24話『闇の胎動 4』


「みんな揃ったな」



本部最上階では4人が円卓を囲み当主会議が開かれていた



「富士の樹海北部に大量の影の反応を検知した

現在、集団の最北地点に数体のクラス3と多数のクラス2

その周りにいるクラス1は300体を超え今も増殖中……」


「すごい数やな……

以前うちらが遭遇した特殊個体は?」


「斥候部隊を送って調査中だ

だが、これだけの数が集まっている以上これまでと違った動きを見せる可能性は十分にある

そこで『水』『雷』『風』3当主に要請する

それぞれ南、東、西の地点に部隊を集結し、大規模な殲滅作戦を展開してもらいたい

倒した影の回収、処理はうちの部隊で人員を回す

作戦開始を3日後の正午とし、各々準備にかかってもらいたい

私は直接宝物殿の防衛にあたり全体の指揮を執る

……何か質問は?」



3人は沈黙を同意の合図とした



「では、取り掛かってくれ

よろしく頼む」



頷いて部屋を出た3人はそれぞれの一族へ連絡を取り、作戦準備と部隊編成に取り掛かる



「朔弥、影処理班の編成と指揮をお前に任せる

各一族の準備状況と斥候部隊の報告は随時俺へと回せ」


「はっ」



部屋の奥に待機していた朔弥は、命令を受けるとすぐに部屋を後にした


灯弥は誰もいなくなった部屋で、タバコに火をつけ深く息を吐いた



「……さぁ、ここからが勝負だな……」




*****




風もなく暖かな日差しが気持ちいい病院の中庭のベンチに

夏海と颯太が座っていた



「……ということらしいんだ、だから時雨は準備に追われて忙しいらしいよ」


「そっか、時雨って確か当主さんなんだよね?

凄いよねぇ、同い年なのに想像もできないよ

颯太も行くんだよね……大丈夫なの?」


「わからない……危険な事には代わりないんだけど

俺よりも強い人だっていっぱいいるし、きっと大丈夫だよ」


「うん、だといいね

そうだ、颯太からコレ渡しておいてほしいんだけど」



夏海はラッピングされた小箱を颯太に手渡した

作戦開始日時は26日正午、時雨の誕生日の翌日だった



「わかった、ちゃんと渡しておくよ」


「お誕生会ができなくなっちゃったのは残念だけど仕方ないね、またの機会におあずけだね

颯太はちゃんと用意したの?」


「うん、一応……何を選べばいいのかわからなかったけど」


「なんでもいいんだよ、颯太が考えて選んだものならね

時雨は私の事守るって言ってくれた、きっと颯太の事も……

颯太……時雨の事、ちゃんと守ってあげてね

時雨だって女の子なんだから……」


「……あぁ、わかったよ……約束する」


「あともう1つ約束して?

危ない事もあるだろうし、きっと怪我もしちゃうかもだけど……必ず帰ってきて

もし帰ってこなかったら……」



言いながら涙を浮かべる夏海に

颯太は首につけたネックレスを外して夏海に手渡す



「コレ、ずっとつけててくれたの?」


「うん、大事なものだから夏海が預かっててよ

必ず受け取りに帰ってくるから」


「……うん、……待ってる

ちゃんと時雨も連れて帰ってくるんだよ!

お誕生会のやり直しをしなくちゃなんだから」


「そうだね、約束する」



ピピピッピピピッとスマホにメールの着信があった


『敵の動きが早まっとる、今すぐ本部へ来るように』



「夏海、呼び出しがかかったよ……行ってくる」


「うん、気をつけてね…………行ってらっしゃい!

ちゃんと『ただいま』って言いに戻るんだよ」


「あぁ!」



笑顔で送り出してくれる夏海に微笑んで返し病院を出た


『時雨を守ってくれ……か、時雨のおかげで今までやってこれたんだ

恩人だし、大事な友達だから……それだけじゃ……ないかもしれない……けど

どこまでできるかわからないけど、約束は守らなきゃな』


経験のない大規模な作戦の前に

不安を押し込め気合を入れ直す





*****




12月24日夜、颯太は作戦エリア外縁に設けられたキャンプにいた


作戦開始を前倒しし、25日15時に始まるらしい

水の部隊の指揮を執っている時雨はもちろん、他の隊員も慌ただしくしている

せめてできることをと隊員たちの雑用の手伝いなどをしながら、場の雰囲気になれるよう務めていた


慌ただしく過ごす時間はあっという間に過ぎ、気付けば23時を既にまわっていた

そこに咲が声をかけてくる



「颯太くん、お疲れ様

手伝ってもらってみんな感謝しているよ」


「いえ、なにかしてないと落ち着かないですし」


「でも今日はこのくらいで充分だよ

颯太くんのテントも用意してあるから

後はゆっくり休めばいい」



そう言って食事の入ったパック2つを颯太に手渡す



「ありがとうございます……2つ?」


「時雨さんの分……颯太くんが持っていってあげて欲しい

そろそろ落ち着く頃だろうしね」


「はい、わかりました」



咲から司令室を兼ねた時雨のテントの場所を聞き

食事を持って訪ねて行くと、入口に護衛の隊員が2名立っており

事情を話して中へと通してもらった



「あぁ、颯太か、お疲れさん

バタバタさせてすまんかったね」


「構わないよ、俺で力になれる事があったら何でもするよ

とりあえずコレ」



颯太は2つ持ってきた食事の1つを時雨に渡す



「あぁわざわざごめんなぁ、こんな雑用ばっかり

こっちも少し落ち着いたし一緒に食べへんか?」


「もちろん、俺もそのつもりで来たしね」



PCや書類などが置かれたテーブルの上を片付け

向かい合い食事をとる事にした2人

時雨は気丈に振舞っていたが、隠しきれない疲れが表情に出ていた



「時雨、大丈夫か?」


「ん?何が?」


「いや、昨日からあんまり寝てないんだろ?

結構疲れてるんじゃないかと思ってさ」


「それはうちだけじゃないよ、他の当主たちもそうやし

部隊のみんなもそう

うちが弱音吐いたらみんなを不安にさせてしまう

当主たるもの毅然としてないとあかんしね」



そう言って苦笑した時雨は強がっているように見えた



「俺なんかにはわからない色んな事情があるんだろうけど

今は2人だけなんだし、もう少しリラックスしなよ」


「うん…………そうやね、ありがとう」



少し緊張を解いた様子に颯太は微笑む



「うちが当主を継いだのは10歳の時やった

もちろん先代であるお父さんが実務の補佐をしてくれてたけどね、それでも毎日休む暇もなかったな……」


「そんな小さい頃から……」


「それが普通やと思って過ごしてたから、心を許せる友達なんていなかった

咲姉さんはいつも気にかけてくれてたんやけどね

だから、夏海が友達になってくれて本当に嬉しかった……」


「そうだ、その夏海から預かってきた物があるから渡しておくよ」



颯太はカバンからラッピングされた贈り物を取り出し時雨へ手渡すと、喜んでその箱を開けた



「シルバーのブレスレットか、夏海はセンスがいいなぁ」


「ほんまやな、またちゃんとお礼を言わんとね

あと手紙が入ってるな……」



手紙を開き読んでいると、時雨はうっすらと涙を浮かべ微笑んでいた



「何が書いてたんだ?」


「……内緒や、……ありがとう…………夏海」


「あとさ、一応俺からもあるんだけど……

気に入ってくれるかわからないけど、誕生日おめでとう」



颯太が手渡した箱には、水のしずくを象った飾りのついたネックレスが入っていた



「これ颯太が選んでくれたん?

めっちゃ可愛いやん……ありがとう!

……なぁ、よかったらコレ付けてくれへんかな?」


「うん、いいよ」



2人が向かい合って立ち、時雨は後ろ髪をかきあげる

颯太が首に手を回しネックレスのフックを留めると

時雨は颯太の胸に頭をもたせかけた



「時雨?」


「恥ずかしいから見んといて!

ごめん……ちょっとこうさせてて……」



シャツの裾をキュッと掴んだままの時雨を見て

颯太はネックレスをつけ終えた手を時雨の肩に置くと

小刻みに肩が震えていた



「強がってはおるけど……ほんまはうちも怖い……

うちの背中には、一族みんなの命が乗っかってる

こんな規模の作戦も初めてで、怪我人も死人も出るかもしれん…………

颯太だって……無事ではすまへんかもしれへん……」



颯太は涙を流す時雨をそっと抱き寄せた



「颯太……?」


「今までずっと、そんな大変な思いを抱えてたんだな……

俺なら大丈夫……きっと上手くやるさ

部隊のみんなだって、咲さんだっているし大丈夫さ」


「でも…………うちはほんまは颯太にはこんな事させたくない

今まで通り、平和な日常の中で暮らしてほしい……」


「……ありがとう……でも隠されたまま過ごしてたら

時雨とは会えなかったかもしれないじゃん

なら、これからどんなに大変な事が待ってるとしても

俺は今の方がいい……」


「颯太…………そんな事言われたら……うち……」



颯太は時雨を強く抱きしめて告げた



「俺が時雨の助けになるから、絶対成功させよう

俺の事は時雨が守ってくれ

時雨の事は俺が守るから……」


「もう無理、ずっと抑えてたのに……

うち……颯太が好きや!……颯太ぁ……」



時雨はそう言い、泣きながら颯太にしがみついていた

颯太はそれに応えるように、綺麗な黒髪を撫でてやった



何年も、一族の当主として毅然と振舞ってきた時雨は

今は颯太の腕の中で、普通の1人の少女に戻っていた



「……俺もだよ……時雨、必ず守るから……」



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