第23話『闇の胎動 3』
『……なんだったんだろ……なんか……黒っぽい
大きな……人?
時雨と、颯太が叫んで……びっくりしてたら……
颯太とぶつかって……
あぁ……顔が近いなぁ……恥ずかしいなぁ…………
すごく怖い……悲しい顔してたな……』
「ん、うーん……」
「夏海!気がついたか」
「ん?颯太?」
「あぁ、わかるか?良かった……」
『夢と同じ顔だ……』
クラス3の攻撃から夏海を守ろうとするが
吹き飛ばされて夏海を押し倒す形になってしまい、怪我を負わせてしまった事に颯太は強く後悔していた
「ごめん、夏海……俺のせいで」
「何で颯太が謝るの?
私なら大丈夫だよ……ってて」
身を起こして気丈に振る舞うが
少し頭を打ったのと軽い打撲で済んだとはいえ
頭や体の一部には包帯が巻かれている
「まだ無理しちゃダメだ、横になってな」
「……うん」
颯太はそっと夏海の体を支えてベッドに寝かせてやる
「……ねぇ、イマイチ状況がわからないんだけど
気がついたら病院で寝てるし、何があったの?」
どう答えていいのか思案していると後ろの扉から時雨が入ってきた
「颯太、夏海の具合は……て目が覚めたん!?
夏海!良かったぁ……」
「時雨も来てくれたんだね!私は……多分大丈夫
何が何だかさっぱりなんだけど……」
「その事はうちが後からちゃんと説明するから……
颯太、ここはええから表出てくれんか?」
「……あぁ……夏海、また来るよ」
夏海の事を時雨に任せ、廊下に出ると咲が待っていた
「咲さん……俺がもっと上手くやれてれば……」
「君だけの責任じゃあない、あまり気に病みすぎちゃダメだよ
とにかく、ここは時雨さんに任せて一旦本部へ一緒に来てくれるかな?」
「……わかりました」
夏海の事が気にかかるが時雨なら上手く話してくれるだろうと病院をあとにした
*****
「おう、来たな颯太」
本部の訓練場に居たのは叔父の慶一と静の2人だった
「待っていました、颯太くん」
「2人揃ってどうしたんですか?」
「いやなに、2人でお前を鍛えてやろうと思ってな
こないだのクラス3の件聞いたぞ、苦戦したそうだな」
「本来クラス3相手に一対一で戦える者は我々の中でも数人しかいません、颯太くんは本当によくやっていますよ
ですが、報告によるとかなり特殊なケースの様でしたし
これからの事もあります、私たちならあなたの力になれると思いますが」
「それは願ってもないです!
でも、あの『影』は一体何だったんですか?
時雨は見た事がないって言ってましたけど、以前にもあんなやつがいたんですか?」
「いや、それは俺たちも見たことがない
そういう事があるかもしれん……って仮定の話は出てはいたんだがな、本当にいたとはな」
「『影』たちの動きが活発化していますし、今後もあの様な個体が出る可能性は高いでしょう
あなたの身を守るためにも、あなたが守りたいものを守るためにも更なる力を身につけなければなりません
以前あなたに渡した慶二さんのナイフは……お持ちですか」
上着の中にある革製のホルダーに収まったナイフを取り出す
「扱い方がわからないんですが、お守り替わりとして
任務に出る時は持っています」
「慶二さんはそのナイフを用いて能力を行使することに長けていました
その術を私たちでお教えします」
「ただナイフとして使っていたわけじゃないんですか?」
「颯太、それ自体は何の変哲もないナイフなんだが
慶二はそれをイメージの触媒として使っていたんだ
ちょっと貸してみな」
颯太は慶一にナイフを手渡す
慶一が集中し気を込めると、刃渡り20cm程のナイフの根元から雷の光が迸り
60cm程の刃を持つ刀のようになった
「ふん、こんな感じだ
能力を使うにあたって大事なのはイメージだ
今俺が出した雷の刀はその使い方の一例にすぎん
お前はボクシングスタイルを得意としているが
相応に敵との距離を詰めねばならず、当然リスクも伴う」
「慶二さんは遠近バランス型の能力者でしたから、その刃で攻撃することはもちろん
刃を飛ばして遠距離から仕掛けたりと、能力の応用力に長けていたのです」
「でも俺剣道とかも経験ないし……」
「別に刀の形にこだわる必要はないさ
刀の扱いについてももちろんレクチャーするが
基本はお前のスタイルで扱いやすいように工夫すればいい」
「……うん、やってみるよ
叔父さん、静さん……よろしくお願いします!」
いくら想定外の事だったとはいえ、夏海が怪我を負ったのを自分の責任と感じていた颯太は
新しい、『守る』ための力を手に入れるべく決意を新たにする
*****
「…………とまぁ、掻い摘んで言うとこんな事情でね
夏海を騙す気はサラサラ無かったんよ、おいそれと話せる事でもないし……」
時雨は見てしまった以上全てを隠す事は出来ないと判断し
対外情報対策課との協議の結果
夏海が見た『影』の存在と能力者との対立を、少しだけ開示することに決めた
対情課としては存在を明かすことは止めなければならないが
時雨が説得した灯弥の指示と、時雨が責任を持つという事で同意したという経緯だった
最悪の場合、本部へ連行し記憶の操作の処置をとるケースも過去には数度あったが
その部分だけを消し去る事は当然出来ず、多少の記憶障害を残す事もあり何としてもそれは避けたかった
「んん、気にしないで
時雨たちが気に病むことじゃないよ、私が首を突っ込んじゃったのが悪いんだし
もちろんこの事は誰にも言わない……言っても信じてくれる人なんていないだろうし
私の事は交通事故って事で収まってるんでしょ?
その方が私も気が楽だよ」
「そう言って貰えると救われるよ、ありがとう」
「……前にね、颯太が私に言ったことがあるの
『普通に過ごしてたはずなのに、いきなりマンガみたいな突拍子もない事が目の前で起こったら信じられるか?』って
……この事だったんだね……颯太も辛かったんだね……」
「うん、その時に夏海が言ってくれたんやろ?
『起きた事は、無かった事にはならない』」
「あーー、それは言ったけど
そんな深い話だなんて知らなくてさ
私って難しい事考えるの苦手だし、私なら受け入れちゃうかなぁって軽い言葉だったんだよ
なんだか恥ずかしいよ」
「そんなことあらへんよ、少なくとも颯太にとっては……
颯太はその言葉があったから受け入れられた、って……
今の颯太が運命を受け入れられたのは夏海のおかげ
うちだけでは多分そこまでは無理やった」
「でも、今まで颯太が無事だったのも時雨のおかげでしょ?
颯太の気持ちを考えたら、とっても辛かったと思うけど
やっぱり颯太は『幸せもん』だね」
「うん……ほんまやね
うちも夏海には救われてるんよ、うちって立場上歳の近い友達なんていなかったから……
もう絶対夏海を危ない目には合わせへんから
うちが絶対守る、だから今はゆっくり休んで」
「うん、ありがとう」
2人は手を繋ぎ微笑みあった
少し間を置いて夏海が意を決して時雨に訊ねる
「ねぇ……時雨の事、親友だと思ってるけど
変な事聞くけど怒らないでね……
私は……颯太の事が好き
時雨から話を聞いて、住む世界が違うのかな……諦めた方がいいのかなって……考えたんだけど
やっぱり私は颯太が好きなんだって思った
正直に答えてほしい……時雨は颯太の事……どう思ってる?」
真剣に聞いてくる夏海に
時雨は目を閉じ自分の気持ちを整理する
「うちも夏海の事は親友やと思ってる
夏海の気持ちもわかってるし、応援したいと思ってた……
うちは……夏海ほどの気持ちは無いかもしれんけど……
颯太の事は憎からず思って……違うな……たぶん
うちも……颯太の事を好きなんやと思う……
立場や掟よりも、颯太の事を優先して考えてたと思う
正直、まだハッキリとはしないけど……たぶん……」
「うん!ありがとう時雨
それだけ聞けたら十分だよ、少しスッキリした……」
「夏海……?」
「今日、今から私と時雨はライバルだね
親友として宣言します、私……諦め悪いよ」
満面の笑みを浮かべながら宣言する夏海を見て
時雨も笑顔で答えた
「うん、ライバルやね
正々堂々真っ向勝負、受けて立つよ」
にししっといつもの笑顔の夏海
正直意識しないようにしていた時雨はまだ戸惑っていたが
夏海が気持ちを整理するきっかけをくれた
これまで異性を意識すること自体なかった自分が、異性として颯太を意識し始めていると気付いた
『表』側の世界とかけ離れていた日常
時雨にとっての非日常は、暖かく穏やかな
かけがえのないものなんだと素直に思った
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