第19話『対話 3』


颯太は、部屋の奥にある御幣(ごへい)に囲まれた神棚の様な祭壇へと向かう


時雨たち当主4人は颯太を囲む様に四方に立っている

灯弥が説明を始める



「目の前の祭壇の内部に『陰陽玉』がある

その上へ手をかざし、心を落ち着け意識を向ければいい

万が一何か起きても我々がそばにいるから心配しなくていい」


「万が一……って俺が暴走するって事ですか?」


「そうだ、だから『陰陽玉』との対話の際は常に全当主の立ち会いが必要になる

君は対話に集中すればいい」



颯太は時雨の方へ目を向ける

大丈夫、と視線を返し頷いてくれた

それに頷いて返し祭壇の前へと進む


深くため息をつき、心を落ち着けて祭壇に手をかざした


掌にぼんやりと感じる熱の心地良さに身を委ねると

眩い光を放ち颯太の意識は引き込まれていく





「まずは上手くいったようやな……」



安堵の表情を浮かべていた時雨に慶一が言う



「だがまだ油断はできんな

時雨ちゃんも知ってるだろ?本番はこれからだぜ」


「わかってる、ただ過去の当主候補の殆どはここで弾かれる

負の念を少しでも感じたら『陰陽玉』は受け入れてくれない、颯太なら大丈夫やとは思ってたけどね」


「確かに、受け入れられただけでも我が甥ながら大したもんだと思うよ

これからが正念場だな」


「しばらく様子を見守りましょう……そのためにここにいるのですから」



静の言葉に4人は意識を颯太に向けた





颯太の意識は、どこまでも広く大きな空間に落ちていくような感覚だった

その先にある暖かな光が徐々に颯太の意識を包み込んでいく


光の中にゆらゆらと浮かぶ颯太の意識に声が聞こえてくる



«待った……この時を……幾千の、幾万の月日を…………»


『待っていた……?俺を……?』


«交わりし四精の力と、正なる御魂を持つ者を……

異なる者の契の果てに新たな力を宿す者を……»


『交わりし四精の力……俺の中にある……異なる力』


«その力こそ、我らの均衡を破り負を滅する力足り得る»


『だけど、これは禁忌では無かったのか?

……俺は……産まれてくるべきでは無かったんじゃ……』


«人間よ……産まれを悔いるか……過酷な運命に抗わず悔いて朽ちるか……汝を待つ者を捨て、汝が守るべき者を捨て……»


『俺は……捨てられない……時雨を、夏海を、叔父さんを、……母を…………

世界を守るなんて約束はできない……

けれど、俺を受け入れてくれる人を……俺は守りたい』


«それで良い、隣人を守れぬ者に世は守れぬ

汝のその身に宿る御魂の声に抗うな»


『俺の御魂の声……気持ち……、俺は……守りたい

この力で……家族を、友達を!』


«汝の心、確かに見た

2つの力を受け入れよ、疾き雷とそよき風を

新しき汝だけの力として、無二の力を受け入れよ»


『俺の力……父と…………母の……俺だけの力……』



身体の中心にある力のイメージのさらに奥、そよぐ風のイメージ

2つを重ね合わせ、混じり合わせる

雷は輝きを増し、風は吹きすさぶ竜巻の様に……



«力の高まりを恐るな、我の力の一部を託そう

そしてその新しき力に……嵐の名を授けよう»


『嵐……それが、俺の!』



輝きを増していく光に飲み込まれた瞬間、颯太の意識が覚醒する





颯太を囲む4人は息を飲んだ

颯太の纏うその力に……



「大丈夫か颯太!?その姿は……?」



そう問う時雨がみたその姿は、雷の煌めきと全身を巡る風

穏やかな立ち姿に苛烈さを押し込めたような

誰も見た事の無い力の発現だった



「時雨、俺は大丈夫だよ

凄く穏やかな気分だ、身体も何ともない」


「颯太、一体何があった?」


「あなたのその力は、我々のどの力とも見えません……」



慶一と静もその異様に驚愕していたが

灯弥だけは違った



「日比谷颯太、その姿……力の融合か?」



3人は灯弥を見やる



「はい、そうみたいです

俺の力は、異なる四精の力を受け入れた新しい力……

『嵐』と名付けられました……」



颯太はそう言うと、力をふっと抜いて元の姿に戻った



「灯弥さん……あんた、こうなる事を予想してたんか!?」



慶一と静も同じく問いただすような視線を向ける



「……代々4つの一族のまとめ役として務めてきた我ら火の一族は、『陰陽玉』との度重なる対話の後に

陰陽の理を断つ者の存在を知った

その者こそが陰の神を滅する者になると

その為に、それまで禁じられていた異なる一族間の婚姻の緩和に務めてきた」


「おい灯弥、そんな事は親父たちから聞いたこともないぞ!

その掟を緩和する為の研究にはみんな協力していたが……」



慶一が語気を荒げて問いただす



「お前たちにはすまないと思う、だが代々守ってきた掟を重視する者たちが我ら火の一族の中にもいた以上

おいそれと公表して進めるには早すぎたのだ

それに、日比谷颯太の件にしても想定外の事が多すぎた

静が当主足り得る力を秘めていたこともだ」


「……そんな事はもうどうでもいいんです」



当主たちの口論に颯太が割って入った



「何にでも想定外ってあるでしょう?

それがなけりゃ俺は産まれてこなかったんだし

あなたたちにどんな思惑があるかなんてわかりませんが

俺は、俺の周りの大切な人たちを守りたいと思ったんです」


「颯太くん、それが……あなたの意思で決めたことなのですね?」


「静さん、……これから先の事は俺にもわかりません

けど、これが俺が決めたことです」


「……わかりました、私たちはあなたの意志を尊重しましょう

あなたはあなたの日常を守る為に……強くなりなさい」


「…………ありがとう、ございます」


「灯弥さん、風の当主として要請します

日比谷颯太のこれまで通りの日常を重視し、極力『影』への対応をさせないでください

それと、彼の力はまだ未知数です

引き続き水の当主に能力の訓練を一任したいと思います

慶一さん、時雨さん……これで承知頂けますか?」



自分の意思と希望を汲んで申し出てくれた事に感謝して

颯太は深く頭を下げた


それを見た慶一と時雨も頷く



「と、言うことだが時雨ちゃん

また甥っ子の世話を任せてもいいか?」


「うん、うちは何も文句ないよ

ありがとう、静さん」


「当主3名の意見が一致したんだ……火の当主として断る理由は無い

だが、定期的に日比谷颯太の能力のデータは集めさせてもらう……これが条件だ」



颯太が当主たちに向かって言う



「それは俺の方からもお願いします、定期的に診てもらって

その都度どうなっているか教えて下さい

皆さんありがとうございます、またこれからよろしく頼むよ時雨」


「あぁ任しとき!咲姉さんと2人でビシビシ鍛えたる」



2人は笑い合い、慶一と静は微笑んで見守っていたが

灯弥は険しい表情を崩さなかった



「こちらでホテルを用意する

今日はそこで休んでくれ、明日に早速検査をさせてもらう」


「わかりました、よろしくお願いします」



皆はその後部屋を出て、それぞれ手配された車で帰っていった

灯弥は朔弥の運転する車に乗り本部へと向かっていた



「日比谷颯太、その力……探らせてもらう……」



ボソッとこぼれた独り言に朔弥が問いかけるが

何でもない、とだけ返し窓の外を眺めていた


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