第17話『対話 1』
数時間後、颯太と咲の2人は幾度かの休息を挟みながら
順調に訓練を進めていた
「うん、だいぶ様になったな
少し早いが、次の段階に進んでみるかい?」
「次の段階?」
「調節の次の最終段階、解放だ
まずは私がやってみるから見ていて」
咲は一息に集中力を高め、右足に力を収束させる
右足の膝から下がぼんやりと光っている
「今私は身体の一部分に意識を向けて能力で強化している状態だ、以前の戦闘でも見せたように基本はここまでの応用で使う場所に力を移動させつつ戦うのが基本だ
最終段階の解放とは、時雨さんが普段している様な
身体の外への力の放出だ」
「近距離攻撃タイプの能力者にも、そんな事が可能なんですか?」
「あくまで得手不得手の問題だからな
颯太くんの場合は、強化型の方がボクシングの経験を活かしやすいと判断したから優先して訓練してきたのだが……
とにかく、少し離れてて」
颯太はその場から数歩下がり、咲は設定した訓練ターゲットを出現させる
射撃の的のようなものに向かって構えをとる咲は
右足に向かって更に力を移動させて圧縮していく
「はあぁーっ!!」
左足を軸に腰を入れた右足から鋭いミドルキックが空を切る
圧縮されたその力は、鋭利な刃となって前方へ飛び出し
出現したターゲットを真っ二つに切り裂いた
「ふぅ、こんな感じね
この能力の解放を使えれば遠距離の相手にも対処出来るようになる
ただし、限界を超えて力を圧縮すると暴発する恐れがある
自分のリミットを確かめる様に少しずつやってみるんだ」
「わかりました、やってみます!」
『気』を集中しイメージを練り上げていくが
部屋の扉が開いた事に気付き、時雨が来たのかとそちらへ意識を向けた
「……叔父さん!?」
「慶一さん!」
「よう颯太、久しぶりだな
咲ちゃんも、颯太が世話になってすまないな」
入ってきたのは時雨ではなく、颯太の叔父であり雷の当主である日比谷慶一だった
「話がある……一緒に来てくれ
すまない、颯太を連れていくよ」
「あ、はい……お気をつけて」
咲からすれば当主の要請である以上断ることも出来ず
何かがあるとは思いながら、出ていく2人をただ見送るだけだった
*****
本部施設を出て車に乗りこみ、国道を進んでいくと
側道にそれた先にあるトンネルへ入った
途中に何度か見えてきた分岐路を右に左にと進み
周りの景色も方角も分からなくなる颯太は不安になるが
慶一は「着いてから話がある」と言っただけでそれ以降口を開かなかった
しばらく走っていると検問のゲートが見えてきた
ドライバーがパスを見せて検問で認証を行い、滞りなく中へと通される
立体駐車場のような建物に入り、車ごとリフトで地下へと降りていき
駐車スペースに車を停めてその建物から出る
そこには広大な敷地があり、中央に神社の様な建物があった
伝統的な造りではあるが、指紋や網膜などいくつかの認証をクリアしないと中へは入れないほど厳重なセキュリティが施されている
中は外見の意匠とは異なり無機質な金属の壁が続いており
少し進んだ先にあるエレベーターで更に地下を目指す
「ここは当主でもおいそれと来れる場所じゃない
……言いたいことは山ほどあるだろうが、まずは心を落ち着けて話を聞いてほしい」
「…………わかった」
颯太にはなんの事かはわからないが、自分が特別視されている理由がわかるかもしれないと感じていた
やがてエレベーターが止まり扉が開く
そこにいたのは時雨と、初めて見る人間が2人
時雨は険しい表情をしており、颯太が来たのを見るが声をかけてくることは無かった
「初めまして、日比谷颯太……
私は火の一族の当主であり組織の統括を任されている
石動灯弥という
隣にいるのは風の一族の当主、斎賀静だ
時雨はもう紹介は必要無いだろう」
「…………日比谷颯太です、俺がここへ連れてこられた理由を聞きたいんですが
それにここは一体?」
「君がそう問う気持ちはわかるが、まずは順を追って話そう
この場所は『陰陽玉(おんみょうぎょく)』を祀る神聖な場所だ
我々の後ろに祀られている」
3人の後方へと目を向けると、御幣(ごへい)で囲まれた神棚の様な物が見えた
灯弥は構わず説明を続ける
「『陰陽玉』とは、神代の昔からこの世界に存在する、対極の力が封じられている宝玉だ
我ら一族は代々、この宝玉を守護する為に存在している
神話の時代、陽(ひ)の神と陰(かげ)の神との争いのさなかにあった
世を闇で覆おうとする陰の神は、激しい争いの後に陽の神に敗れ
その本体と闇の力を引き剥がされ、本体は陽の神の持つ宝玉へと封印された
だがそのままでは抑えきれないと判断した陽の神は、自身の力を分離し4体の精霊を創り出し自身の本体を宝玉と同化させた
宝玉内で力の均衡を保ち封印を持続するためだ
陽の神は精霊達に、その力を宿せる資質のあるものを選び出し宝玉の守護をするよう命じた
その存在が我々の始祖にあたる」
現実味が無さすぎると感じつつも、実際に能力者と影の存在を知っている以上納得するしかないと颯太は思った
「ではあの『影』は、その引き剥がされた力……という事ですか?」
「その通りだ
奴らは霧散した陰の神の残滓
『影』の最終目標は、ここにある陰陽玉へ到達し本体へと戻る事にある
だから我々が代々この宝玉を守護してきたという訳だ
ここまでは理解してもらえたかな?」
「はい……概ね理解しました」
「では続きといこうか……
代々続いてきた我々の4つの一族は、協力しあって今まで宝玉の守護に当たってきた訳だが
近年まで禁じられてきた重要な掟があった
それは『異なる能力者間の婚姻を禁ずる』というものだ
我々はその出自から、力の『均衡』を重んじてきた
仮に異なる能力者同士の婚姻の後に、受け継ぐべき力が2種混在する次の世代が産まれてくる事を避けたかったのだ
その後さらに数世代その状況が続いていくと、一族間の特性が薄まり均衡が保てなくなる……というのが1番の懸念だったからだ」
「それは……何というか、そういう物という事はわかりますけど……もしかして、その事が俺に何か関係あるんですか?」
少し間を置いて、3人を順に見やった灯弥は颯太を見て話を切り出す
「単刀直入に言う、日比谷颯太
君はその『異なる能力者同士』の間に産まれた子だ……」
「…………!?ちょっと……」
「君の驚きはもっともだ」
驚愕し、何か言いたげな颯太を制止する
「ここからは俺が話そう……」
「……叔父さん?」
「颯太、今まで黙っていて本当にすまない……悪かった」
慶一は颯太に向かって深々と頭を下げた
「お前の父親、慶二が能力者だった事は聞いているだろう
我々雷の一族の当主を務めていた事もな
この事を知った時にお前なら気づいたかもしれないが
慶二は事故で亡くなったわけじゃない」
「『影』に……やられたんだね?」
薄々そうじゃないかと思っていた事だったからか
驚きよりも、もしかしたらどこかで生きてはいまいか……という淡い期待が打ち消された悲しみの方が大きかった
「その事については今は省かせてもらう……
話を戻すぞ
さっき灯弥が話した一族の掟は近年緩和されていた
潜在因子の覚醒確率を過去の統計から割り出し
覚醒する見込みが限りなくゼロに近い未能力者に関しては
当主権限で許可を出していた……
だがこれまで起きなかった事態が起きた
お前の母親は、出産した直後に能力に覚醒したんだ
お前は雷の力とは別にもう1つの力を受け継いでいる
覚醒してから今日まで、時雨ちゃんと咲ちゃんが上手くやってくれてもう片方の力を意識させないようにしてきたが
何か違和感を感じたことは無いか?」
「…………俺は能力を使えるようになって日が浅いし、ほかの人の感覚はわからないけれど……
身体の中心にある力を意識した時に、その奥の方にぼんやりと違う熱みたいなものは感じるよ
そういう物だと思っていたけど、それがそうなの?」
「あぁ、そうだ……その感じた物がお前に宿るもう1つの力
『風』の力だ……」
ここでようやく、神妙な面持ちの時雨が口を開く
「颯太、あんたが初めて覚醒した時
あんたは覚えてないやろうけど、うちと咲姉さんは確かに見た……
あんたの身体から出て纏った力は、間違いなく雷と風……
騙すつもりは無かったんやけど、うちも知らされてなかった事や……そんな事はありえへんと目を疑ったよ」
「そうなのか……いや、時雨を責めようなんてこれっぽっちも思わないよ
時雨のおかげで生きてるし、こうしてここにいる」
「…………そう言ってくれると……救われるよ
すまんかったな……」
「それはともかく、静さん……でしたよね?
今の話だと、俺の力はあなたの一族の力……という事ですよね……」
ここに至り、当主たち4人は押し黙る
少しの沈黙の後
「慶一、時雨……ここから先の話は静に任せよう」
そう言った灯弥は2人を引き連れて部屋の外へ出ていった
「…………あの……?」
静は混み上がる涙を押し止め、意を決して話し始める
「日比谷……颯太くん
私は斎賀静、風の一族の当主……そして……
あなたの母親です……」
「ちょ、ちょっと待ってください!
あなたが……!?
俺が幼い頃に亡くなったと聞いていたのに……
それもなんで当主のあなたが、母親なんて!?」
流石に混乱を隠せない颯太に静は苦渋の表情で話し始める
「あなたの混乱はもっともです、けれど
心を落ち着けて、私の話を聞いてほしい……」
颯太は混乱する頭をなんとか落ち着け、務めて冷静に言う
「……教えてください……、俺の過去を……」
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