第16話『決意の拳 5』
あの事件から数日が経ち、傷が全快した咲と颯太の2人は
本部施設の地下にある広い空間にいた
ここは普段は能力者の訓練所として使われている
強化ガラスの広い窓を挟んだ隣室には、計器とモニターが並ぶ観測室になっており
医療班と研究班が1人ずつ待機している
2人は数日前からここで特訓を積んでいた
「咲さん、今日は時雨はいないんですか?」
「あぁ、今日は上のフロアで当主会議が開かれていているからね
颯太くんは実感がないかもしれないが、本来なら当主とは一族を統率する特別な存在だから
直々に訓練を見る事も、行動を共にする事もそうはないんだよ」
「そうなんですか?
当主って言うくらいだから偉いんだろうなくらいには思ってましたけど」
「私もこんなに長期間行動を共にするのは初めてなんだよ
もっと言えば、教導員という指導者を束ねる教導長がマンツーマンで指導している事も特別だという事だ
それがわかったなら、前回の続きだ」
「はいっ!お願いしますっ」
訓練開始の一礼をした颯太は、これは恵まれた環境なんだと実感したが
どうして自分だけが……という疑念も湧いていた
ともかく今は訓練に集中しなければと、精神を研ぎ澄ませてイメージする
目を閉じて、身体の中心に感じる熱量を抽出、肩から腕へと流していくイメージを固める
バチッ、バチバチッと稲光が走り
腕に絡む稲妻を拳まで圧縮していき
弾ける光のグローブを纏って構えをとる
「よしっ、そこまではもう問題ないね
能力の発現には
発生→移動→持続→調節→解放の5段階ある事は話したね
今日は持続状態を維持しつつ調節と移動を意識するんだ」
「はい」
「まずは今出している力を少しずつ弱めて」
颯太は握りしめた拳に回した熱量をゆっくり中心に戻す様にイメージする
すると小さくなる光は手首から肘の方へと流れていく
「そこでストップ!その状態で持続……よし
そのまま体の前で構えて、力を抜くんじゃないよ」
言われた通りにしていると、強烈な衝撃を受け後方へと飛ばされた
なんとか踏ん張って停止しブロックの隙間から見た姿は
片足で立ちもう片方の上げた足を戻す咲の姿だった
「蹴り……?右のミドル……凄い衝撃だった」
「でもどこも怪我をしていない
攻撃用の力を防御用に回したってことだ
無駄なダメージを負わないためにも、基本は全て避けるつもりで相手をよく見る事
避けきれない時のために、今のイメージをもっと素早く行うんだよ」
「わかりました!もう一度お願いします!」
その後颯太は繰り返し放たれる強烈な蹴りを受け続けた
力の移動を意識するために、ブロックの後に攻撃、攻撃の後はブロックと何度も何度も反復する
『咲様、日比谷くんの数値に乱れが発生しています
1度休息を取ってください』
部屋のスピーカーから、観測していた医療班から指示が出た
「よし、颯太くん 休憩にしようか
少しずつ力を収めて……そう、緩やかにね」
「はぁはぁ……ありがとうございます」
順調に颯太は成長している
咲は颯太の能力の傾向に最新の注意を払いながら指導しているが、飲み込みの速さとイメージの作り方の上手さにただならぬ資質があると感じていた
能力のレベルだけで言えば、近いうちに自分を凌ぐものになるだろうとも……
*****
本部施設の最上階
専用のパスを持つ当主のみが入る事を許されたフロア
大きく立派な造りの円卓を囲む様に、4人の当主が揃っていた
火の当主、石動灯弥
水の当主、天ヶ瀬時雨
雷の当主、日比谷慶一
風の当主、斎賀(さいが)静(しずか)
まず口を開いたのは石動灯弥
「みんなご苦労、急な招集になってしまってすまないが」
「構わんさ、ここまで事が動いている以上遅かったくらいだろう」
そう応えたのは、180cmを越す長身に全身に筋肉をまとう
デニムのボトムスに革のライダースを羽織る男
日比谷慶一、颯太の叔父に当たる男である
「そうですね、『影』の動きがますます活発化していますし」
慶一の向かい側に座る、緩くウェーブのかかったロングヘアと柔和な雰囲気を持ち
タイトなロングワンピース姿の女
風の一族当主、斎賀静が話に続く
「そんな事よりもや、何も知らん上に貧乏くじひかされとるうちにみんな何か言うことは無いんか?」
敢えて悪態をついて見せた時雨に3人は押し黙ってしまう
「時雨ちゃんよ、うちの甥の事でえらく世話をかけちまって本当にすまない」
慶一は深々と頭を下げる
静は申し訳なさそうに目を伏せていた
「うちかて一族の当主や、協力は惜しまんよ
けどこのままでは到底納得できひんで
灯弥さんの事や、うちがああ出ることもわかってたんやろ?」
顔の前で手を組んでいた灯弥が、表情を崩さず時雨を見る
「お前が見たファイルの通りだ、時雨
ここまで秘密裏に進めたのは、死んだ慶二の意向を組んでの事でもある
日比谷颯太の目覚めさせた能力は、一族間の力の均衡を崩す可能性がある
神話の時代より続く一族間の均衡をだ
この重大さは時雨にも理解出来ているはずだ」
「それはうちもわかってる……だからこそや
今まで颯太にうちらの存在を黙ってたんは何のためや?
こっちで保護したまま経過を見てた方が安全やったんちゃうん?」
「そこは慶二さんの意思を汲んで、当時の当主会議で決めたことなの
灯弥さんだけを責めないであげて……」
ようやく静が口を開いた
「あのファイルには慶二さんの相手、颯太の母親が誰かまでは書いてなかった……
未覚醒かつ条件を満たした相手と一緒になって颯太は産まれた
その直後母親は突然覚醒してその後の消息は不明……不自然すぎる
静さん、あなたの一族の話ですよ
颯太は雷の能力とは別に『風』の能力を秘めとる
実際に覚醒したあの瞬間、見間違いかと目を疑ったけど
確かに颯太は風を纏ってた……
静さん……あなたも確か覚醒したのは遅かったらしいですやん、まさかとは思いますけど……」
静は灯弥と慶一を見やって、覚悟を決めたように頷いた
「日比谷颯太は…………私の息子です」
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