第15話『決意の拳 4』


『昨日6時頃、〇市にて意識不明者が大量に発生した件について発表がありました

〇地区の飲食店近くの地面の亀裂から噴出した、活性化した火山性のガスが山肌に沿って麓で滞留した結果

一種の中毒症状に陥ったため、とされています

本日は地質研究の第一人者でもあります藤原さんにスタジオに来ていただきました…………』



テレビのニュースからはキャスターが昨日の事件についての記事を読み上げていた


出てきた専門家とやらがつらつらと説明を続けている


自室のテレビでそれを眺めながらスピーカーモードのスマホ越しに夏海の声が聞こえる



「昨日一応説明は受けたけどさぁ、難しくって……

でもみんな無事で本当に良かったよ!

でも、時雨は足を怪我しちゃったみたいだけど……」


「あぁ、倒れた拍子にちょっと捻っただけらしいし

きっとすぐ良くなるよ」


「颯太はどう?もう気持ち悪かったりしない?」


「うん、俺は大丈夫だよ

夏海はどうなの?病院で別れた時はまだ少し辛そうだったけどさ」


「私も大丈夫だよ

一気に患者が増えてベッドが足りないからって、症状が軽めだった私たちは家まで送ってもらったしさ

お父さんとお母さんには凄く心配かけちゃったけどね

あ、昨日のやつテレビでやってるでしょ?」


「うん、見てるよ

大変な事になってたね」



もちろん作られたニュースなのは知っている

今喋っている専門家とやらも、組織に所属する『対外情報対策課』という部署の人間らしい


咲は腕の骨にヒビが入っていた

時雨も足首を捻挫したが、2人は本部の医療班の治療を受けている為回復は早いそうだ



「……でさ、明日また病院で検査を受けて問題なければ

普段通りの生活に戻ってもいいんだってさ

1人じゃ心細いし颯太ついてきてよ」


「俺も行かなきゃだし、じゃ駅前に10時に待ち合わせってことでいいかな?」


「うん、ありがとね!じゃあまた明日」






翌日時間通りに合流し、2人はそれぞれ病院で診察を受けた

颯太の場合は事情が違うので、個室で面談したのは本部の医療班と対情課(対外情報対策課)の人間だった



「今のところ数値に異常は診られません

能力の制御に関しては、今後も水の教導長の指示に従って下さい

発現からの経過日数にしては目覚しい成長速度ですが、身体にかかる負担も相応に増加しますので

あまりご無理なさらない様にして下さいね」



物腰の柔らかい雰囲気の、白衣を着た医療班の女性が言った

続いてその隣にいる、黒いスーツを着た壮年の男性が口を開く



「今回の件ではマスメディアへの情報統制と操作が行われています

ご承知とは思いますが、くれぐれも口外なさいませんようにお願い致します

我々の組織は政府内でも首相を始め極一部の者しか存在を認知しておりません

秘密裏に予算は出ていますが、非公式かつ超法規的な立場になりますので

仮に政府高官と名乗る者などから接触を持たれた場合にも

決して能力者であることを明かさないように注意しておいて下さい

当然ですが、一般人に能力の行使を見られる事は厳禁ですのであしからず」


「わかりました……ですが……

仮に一般人が襲われる状況で、助けるのに力を使うのもダメってことですか?」



颯太は受けた説明の中で気になった部分を聞いてみた

答えはわかっているつもりだったが

状況が状況なら、自分は見殺しになんて出来ない


その様子を見てとったように、言葉を選びながら答える



「日比谷さんがお考えの通りです

ですが、例えばクラス1の襲撃の際にそういった状況なら

訓練を積んでいれば能力を使わずに撃退は可能です

そもそも『影』の存在を知られる事自体を避けなければならないのですが……

仮定を進めますが、クラス2以上の出現状況が発生した場合

……逃げてください」


「えっ?」


「万が一そのような状況に陥った場合、最優先事項は能力者である事を悟られない事

次に一般人に被害が及ばない様に避難させる事

となると、能力を行使せずにクラス2を退けるのは困難になりますので

一般人の避難を誘導しつつ自身もその場から離れるのが賢明な判断かと……納得いただけますか?」



自分の率直な疑問にきちんと答えてくれた

少なくとも自分の意見を汲んでくれているのがわかった



「わかりました、ありがとうございます」



一通り説明を受けロビーに戻ると、夏海がこちらを見つけ手を振っていた


検診の結果も問題なく、無事に通常の生活に復帰出来ることになった



「ねぇ颯太、ちょうどお昼だしこのあと予定がないならご飯食べに行こうよ

安心したらお腹減っちゃったよ」



呼び方が変わっただけで、夏海はこれまでと変わらず友人として接してくれる

もし自分がこんな境遇でなければその想いに応えただろう、でもこんな境遇でなければ出会うことすら無かったのかと考えると、颯太は複雑な気持ちになった



「あぁ、そうだな……俺も腹が減ってきたよ

夏海が食べたい物食べに行こうぜ、今日は俺が奢るよ」


「マジで!?私遠慮しないよぅ?

なぁに食ぁべよっかなぁー」



颯太は喜ぶ夏海の後ろ姿を見ながら

せめて身近な人を護れるくらいの力をつけないとと

強く思った




*****





その頃、時雨は本部地下にあるサーバー室にいた


ラップトップとサーバーを直接コードで接続し、キーボードを操作していたのは時雨の部下である



「時雨様、本当によろしいのですか……?

灯弥様が気付かないとは思えないのですが」


「構わん、気付かれるのもわかった上でや

この動き自体も多分予測済みやろ、お前は隠されてるファイルを見つけてくれたらええ

絶対に開くなよ……見るのはうちだけでええ

知らん方が安全や」


「…………わかりました…………」



カタカタとキーボードを打ち込みプロテクトを解除しながら深度を深めていくと、厳重にロックされた1つのファイルに行き着いた

2人は顔を見合わせる

暗号を解析しパスワードを入力、その処理が完了する前に部下はその画面の前から席を外した



「ご苦労さん、さて……」



開かれたファイルに示された情報は予想を超えるものだった



「…………なるほどな……知らんかったのはうちだけやったっちゅう事か……」



歯噛みする思いだったが、この事実をいつまでも颯太に隠してはおけない

一族の均衡にかかる問題よりも、颯太の心情を優先して考えてしまっている事に少なからず動揺する時雨だった

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