第13話『決意の拳 2』
「ねぇねぇー、時雨も一緒に行こうよぅ」
駅前のファストフード店に
颯太、時雨、夏海の3人で来ていた
修業式が終わって明日から夏休みになる
颯太と時雨の『付き合ってる疑惑』が晴れたあと
時雨もクラスメイトと割と話すようになった
夏海とも打ち解けたらしく、今ではお互いを名前で呼びあっている
「誘ってくれるのはありがたいんやけど、色々忙しいしね」
「やっぱ夏は海だよ海!
去年もクラスの数人と行ったんだけどさ
今年は日比谷と時雨にも来てほしいんだよぅ
日比谷だって行きたいでしょ?
水着だよ水着!」
「そこ強調するんじゃない」
「だって見たくないの?夏の日差しに照らされた女子達の水着だよ!?
私スタイルはいい方だよ?」
グラビアの様なポーズでおどける夏海
「なんでそんなに見せたがるんだよ!」
「あははっ、まぁ鼻の下伸ばす男子を見るのも悪くないかもね」
「でしょでしょ?じゃ決まりでいい?」
「ん〜、よっしゃ!わかった
颯太、あんたも海行き決定な」
「いぇーい、けってーい!」
喜ぶ夏海は何やらスマホでメールを打ち始めた
海に行くほかのメンバーに連絡でもしているのだろうと
颯太はその隙に、夏海に聞こえぬよう潜めた声で時雨に聞いた
「おい、本当にいいのか?」
「なにが?」
「いやなにがって、俺毎日咲さんに稽古付けてもらってるじゃん
お前だって今が大事な時期だって言ってたし
遊んでる場合じゃ無いんじゃないのか?」
「あんたってそんな真面目キャラやったっけ?」
「いやいや、命かかってっから俺……」
「心配しいな、それにたまには休みも必要やで
うちかて気分転換したいしな」
「まぁ、そういうなら……」
メールをし終えた夏海がこちらを見て聞いた
「ん?どったの?何かあった?」
「「何もない(よ)(で)」」
被ってしまった2人の返答に夏海はニヤニヤとしていた
*****
電車とバスを乗り継ぎたどり着いたのは
人影もまばらな海水浴場だった
まだ早めの時間というのもあるが、もう少し先に新しく整備されたもっと広い海岸があるためこちらは空いていた
因みに今回集まったのは颯太たち3人の他に男女が2人ずつ
……しかも何故かカップルが2組だった……
道中夏海に何故だと聞いたが、「そんな細かいことは気にしないの」と返されてしまった
「おーーい、お待たせーー!」
手を振りながらこちらへくる2人組、夏海と時雨
あとの4人は……まぁそういう事だ、気にしても仕方ない
結局男が自分一人になってしまうがまあいいかと諦めて楽しむつもりの颯太だった
「じゃーーん!どう?似合うでしょ、似合うかな?
今日の為に新しいの買ったんだよ!」
そう言った夏海は真新しいビキニの水着を披露した
快活な彼女にピッタリな、明るい色の水着だった
自分でスタイルがいいと言うだけのことはある、程よく引き締まり健康的で可愛らしかった
「あぁ、よく似合ってるよ
やっぱりいつもと印象が違うからびっくりしたよ」
にしし、と照れてはにかんでいる夏海の後ろには時雨が立っていた
「今日は両手に花やな、颯太
この幸せもん」
そう笑った時雨は淡い水色のワンピースにパレオを纏った姿だった
小柄な彼女だが、スラットした細身でどこか優雅な雰囲気を醸し出していた
「そうだよ!てゆうか時雨ヤバいよ、可愛すぎだよ!
私が男だったら理性保ってないよ!」
「いや、ありがたいけど理性は保ってほしいな」
その後は時雨の指示通り簡単な準備運動を済ませ
思い切り海を満喫した
一人でいる事に慣れていた颯太だが
たまにはこういうのも悪くないと、誘ってくれた夏海に感謝していた
ひとしきりはしゃいだ3人はレンタルのパラソルを設置して浜辺で休んでいた
「誘ってくれてありがとうな、夏海
いい気分転換になるよ」
「それはうちもやな、ありがとう夏海」
2人は素直な気持ちを夏海に告げると夏海も嬉しそうに言う
「いいよいいよ、私も楽しいもん!
それに日比谷って最近ちょっとピリピリしてたっしょ?」
「そうかな?そんなつもりは無かったんだけど」
「そんな事あったよ?だから時雨も誘って遊びに行きたいなぁって思ってたんだよ」
「もしかして夏海ってまだ『付き合ってる疑惑』引きずってんの?」
「えっ?違うの?」
「「ないない」」
また2人の答えが被ってしまったが、本当にそれは無いよと時雨と颯太は否定する
「まだ疑ってたんかいな?それは無いって言ったやん」
「えー、でもまだ女子の間では噂だよ
美男美女で羨ましー!ってさ」
「『美女』ってのは見る目があるけどなぁ、颯太はともかく」
少し嬉しそうにはにかんだが、貶された颯太は「ふんっ」とそっぽを向いた
「日比谷だってクラスの女子に結構人気なんだよ?
顔もいいし背も高いしスラッとしてるし、話すと結構いいやつだしさ」
「ふーん?颯太、あんたも隅に置けんなぁ」
「なんだよその悪い笑顔は
んー、でもそんな事知らなかったよ
なんか照れくさいな」
「……そっか、そういう事ならちょっと飲み物買ってくるわ
喉乾いたやろ、2人はそこで待っとって」
何かを察した風な時雨は立ち上がって夏海に微笑んだ
「ちょ、時雨、私も行くって!」
立ち上がろうとする夏海を時雨は制する
「いいから、ほな行ってくるわ」
そう言い立ち去った後には夏海と颯太が取り残された
少しの沈黙があったあと、夏海が口を開いた
「な、なぁ日比谷
2人って本当に何も無いの?」
「しつこいなぁ、ほんとに何も無いよ」
颯太は苦笑して答えた
夏海はそれを聞くと少しホットしたようなため息をついたが、体育座りで前屈みになっていたその表情は颯太からは見えなかった
「日比谷は聞いてるだろうけど、時雨ってさ
転校が多くてあまり友達が出来なかったんだって
それで、私と仲良くなれたのが嬉しいって……言ってくれたんだ
だから……2人が好き同士ならさ、その……
応援したいなって、思ってたんだよね……」
自分が能力者だなんて明かせないのはわかっていたが
そういう話は時雨から聞いていなかった
けど、同年代の友人が出来づらい状況だったのは本当の事だろうと納得した
時雨も夏海の存在がありがたかったんだろうなと思う
「私ってさ、こんな性格だしさ
2人が仲良くなればいいかなって……思ってたんだけどさ……」
負担と雰囲気が違う夏海の様子を見て
何も察せないほど颯太は鈍感ではなかったが……
「なぁ夏海、以前うちに来た時に話した事覚えてる?
『起きた事は無かったことにはならない』っての」
「ん?あー、うん 覚えてる」
「詳しい事は言えないんだけど、近頃ほんとに色々あってさ……
あの時夏海が言ってくれた言葉が凄く救いになったんだ」
「そうなの?なんかよくわからないけど役に立ったんなら嬉しいよ」
そう言って微笑む夏海の顔は素直に嬉しそうだった
「夏海ってさ、すげーいいやつだと思うよ
他人の事を思ってやれるし、可愛いしな」
「バカっ」と顔を伏せてしまった夏海に素直に告げた
「俺さ、今ボクシング……の事とかさ、家の事もあるんだけど
わりと余裕がないんだよな
だからピリピリしてたと感じたんだと思うよ
だから、時雨とはもちろんだけど
今は誰とも付き合う事は出来ないんだ……」
「…………うん……」
「もし夏海みたいな子が、彼女だったら毎日楽しいだろうなって本当に素直にそう思ったんだけどな……」
「……ありがとう、日比谷……」
少し間を置いて、顔を上げた夏海は晴れやかな笑顔をしていた
「柄にもないこと言っちゃったなあー、あぁ恥ずかし!
……茶化さずに聞いてくれてありがとね」
「いや、俺の方こそありがとう
本当に嬉しいよ」
「ねぇ、一つだけお願いがあるんだけど聞いてくれる?
私も……颯太って、呼んでいいかな?」
「もちろん、喜んで」
「…………よし、今はそれで納得してあげる!
勿体ないことしたね、颯太」
「あぁ、間違いないや」
ありがたくも申し訳ない気持ちでいっぱいだった
颯太は夏海のことはもちろんよく思っている
自分でもこんないい子にここまで言われて断るなんて
どうかしていると思うが、これからどうなるかもわからない
状況に夏海を巻き込む訳にはいかない
そこへタイミングを見ていたように時雨が戻ってきて
2人の間から飲み物を差し出した
「ほい、おふたりさんお待たせ」
「待ってたのはどっちよ、時雨」
2人はお互い顔を見合わせて笑っていた
「颯太、お腹が減ったから
それ持ってちょっと焼きそばでも買ってきてんか?」
「ん、了解……行ってくるわ」
時雨の態度を察して、女同士の邪魔にならないように売店へと向かった
颯太は、自分は本当に『幸せもん』だと思った
過去の事も、これから先の事も不安しかなかったが
今だけはこの気持ちに身を委ねていたかった
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