第11話『血の目覚め 5』


「凄いな颯太くん!

昨日の今日でここまで対応してくるとはね

教え甲斐があるよ!」



そう言いながらも颯太の繰り出すコンビネーションをいなし続ける



「ありがとうございます!

何だか今日は調子がいいみたいです!」



ステップで一旦距離をとった颯太は

一晩で回復した昨日の疲労と

身体が軽く感じる今日の感覚に少し戸惑っていながらも

咲の指導通りに冷静に、堅実に、欠点を意識しながら攻め続けた



「『気』が活性化しとるな……

回復速度と身体能力が僅かやけど向上しとる……

荒療治になるかもしれんけど、燻ったまま長引かせるよりも颯太の為でもあるか……」



そう呟いた時雨は2人に声をかけた



「よーし!2人とも、一旦そこまでや!」


「どうした、時雨?」



「うちが見たところ、颯太の覚醒が近づいとる」


「そうなのか?でも前に詳しい事はわからないって」


「……感じるんや

うちは水の一族の当主やからな、今まで何人も覚醒する瞬間を見とる

その時の感覚に近いんや、咲姉さんはどう見る?」


「確かに、時雨さんの言う様に兆しは感じますね

昨日の指摘への対応の速さは颯太くんの資質ですが

一晩でここまで回復している事と、スピードが上がって動きも良くなっている事からそう考えるのが妥当かと」


「そうか……教導長でもある咲姉さんが言うんや、間違いないやろう

ちょっと早いけど段階を進めてくれへんか?」


「流石にそれはまだ早いのでは?」


「当主としての判断や、責任はうちが取る

何かあっても、咲姉さんとうちがおるんや

これで止められん様なら誰の手にも負えんで

暴走してからでは遅いからな」


「……そういう事でしたら……」



何のことか要領を得ない颯太は時雨に説明を促す



「ええか颯太、今のあんたは不安定な状態にある

自分でも何か感じひんか?」


「確かに、咲さんの言ったような

疲れが抜けてるとか身体が軽く感じるとか……

妙に頭が冴えてるというか」


「せやろ?今あんたの中で一族の血が覚醒しようとしてるんや、本来ならまだ様子見の段階なんやけど

……なんかうちには違和感を感じるんや

これまで見てきたやつとは違う何か……説明は出来んけど

うちらがおらん時に覚醒して暴走でも起こしたらあかんから、これからあんたの中の力を引っ張り出してやろうって算段や」


「もし……暴走したらどうなるんだ?」


「意図しない能力の発動は相当の負担がかかる……止めるのが間に合わなければ最悪、死ぬ

だから、そうさせんために過去にその段階に至った者は

追い込みをかけて覚醒を促してきたんや」


「追い込む?」


「やり方は簡単や、死ぬ間際まで攻めて極限状態まで文字通り『追い込む』んや」


「颯太くん、相手は私が務める

もし何かあっても、当主が直々に立会人としてここにいる

少し早いが、今後の為だ

ただ過去に数人、『追い込み』の段階で命を落とした者もいる

だから本人の同意が必要なのだが……」



颯太はしばらく考え込むが……



「きっと先延ばしにしてもやる事は変わらないんでしょ?

それに、どのみちこの先は自分にも危険が及ぶでしょうし……

なら、今死ぬ様じゃ生き残ることは出来ないと思うんです……

2人を信じるしか、無いですよね」


「よう言うた、その通りや颯太

なら咲姉さん、早速いこか

死なん程度に殺すつもりでやって、ヤバくなったらうちが止める」


「……わかりました……」



その瞬間、颯太の全身に悪寒が走る

全身が総毛立ち、息をするのも忘れそうになる


咲の様子は何も変わってない、だがそこから発せられる何かに気圧され身構える事も出来なかった



「颯太くん」



そう呼ばれただけで、心臓を鷲掴みにされたようで冷や汗も出なかった



「今まで普通の生活を送っていたからびっくりしただろうけど、今君が感じているのは『殺気』だ……気合を入れな……

動かないと……死ぬよ」



一歩づつ、ゆっくりと距離を詰めてくる

咲が1歩踏み出す毎に死の実感が近づいてくるのを感じる

気付いた時にはもう咲のレンジ内にいた


無造作に右腕を上げた


この拳が振り下ろされる時、自分は死ぬ……


『ヤバい……!動け、動けっ!動けーーっ!!』


咲の拳が轟音とともに放たれる



「そうだ!よく避けた!」



避けた、と言うよりは横へと倒れ込んだだけだったが

横切った拳の風圧と、拳圧だけでへこんだ地面に戦慄した


へたり込んでいた颯太を見下ろすように、今度はムエタイスタイルの構えをとる



「さぁ立って、構えなさい……死にたくないのなら」



何とか構えをとった颯太は

咲の拳、肘、膝、足……目の動きに全神経を集中する

ガードなんて考えてはダメだ、全部避けるしかない

それを見透かすように時雨が言う



「上出来や!でも避けるだけではどうにもならんで!」



そんな事はわかっている、わかってはいるが…………来たっ!


ステップで踏み込んでくる咲を回り込んで躱し、牽制とは見えない鋭いジャブをやり過ごす

側面に躱した颯太に、返す刀の裏拳が迫る

なんとかしゃがんでやり過ごし、バックステップで飛び退いた颯太の目の前で

素早く体を戻した咲の前蹴りが空を切り、その風圧で体がよろける



「最初の踏み込みは及第点だ、だけど裏拳の後に下がったのは良くない

私がもう少し踏み込んでいたら、その腹に風穴が空いてたよ」



その言葉が張ったりでないことが実感できた

力の差があり過ぎる

裏拳の後の隙にボディを狙う事も出来たはずなのに

恐れがそれをさせなかった



「っ、ちくしょう!」



意を決して踏み込み、スピードに乗せた渾身のジャブを放つ

咲の顔面へ当たる寸前に弾かれた颯太の拳は

火薬が爆ぜた様に外側へと弾き飛ばされ

弾いた右拳が肩口から速射砲の様に発射された


颯太はジャブを弾かれ流された体を、その流れのまま反って躱す


そのせいで開いたボディ目掛けて、戻し際に折りたたまれた右腕から肘が迫っていた



『だめだ!避けられない……間に合えっ!』



何とか両腕を腹の前に構えるのを間に合わせ、全神経をそのブロックする腕に集中する


その腕にチリッ、チリッと静電気のようなものが走ったが

次の瞬間には吹き飛ばされて中に浮いていた



「!?」



後方へ転がり落ちた反動で立ち上がりはしたがすぐに膝をついた

その両腕には全く感覚がなくダラりと下がっている



「がはぁっ……!」



あばらも何本かいった様だった

ブロックが全く意味をなしていない



「腕が上がらない……

でも、今の感覚は何だ!?」


「よく防いだね、ブロックが間に合わなければ無事では済まなかったよ」



様子を見ていた時雨が叫んだ



「颯太ぁ!今の感覚を、そのイメージをもっと思い描け!

集中せぇ!」



集中……!

この離れた距離はマズい、向こうから責められたら後手に回る

腕の骨はなんとか折れてはいない

距離を詰めろ!手を出すんだ!

集中……集中…………集中!!



肩口から背中、背中から腕、腹、腰、足へと……

チリッチリッと弾ける光



「咲姉さん!来るよ!!」


「っっ!?」



時雨が叫んだ瞬間には、颯太は咲の懐へと飛び込んでいた

あまりの勢いに咲は避けきれず、ブロックしつついなして突進を逸らした


颯太が元いた場所と、急制動をかけた足元の地面は大きく抉れていた



「これ程とは!!」



感嘆の声を漏らす咲の腕は、焼け焦げた様に煙をあげ手を握る力を失っていた



「はぁっ、はぁっ…………何だ今のは!?

これが……俺の力?」


「やっぱり強化系の能力か、にしても初めてのやつが出せる規模の力じゃないで!」



時雨はその発現した力に固唾を飲んだ

普通は相当の訓練を積まないと、あそこまで全身を強化は出来ない



「もう一度だ…………集中ぅ!!」



感覚を忘れぬうちにと、再度集中し力をこめる颯太

その身体には、さっきとは明らかに違う

誰が見てもわかるほどの強烈な稲光を纏っている


イメージを深めろ……感覚を澄ませ……



「ぬぅっ!ぐぁーーっ!!」



バチバチと爆ぜる雷を纏う颯太の周りで

生み出した雷が気圧に作用したのか、竜巻のような突風が怒っていた



「……!おいおい!なんやそれはぁっ!?

ヤバいっっ!!」



その場から消えた様に、抉れた地面だけを残して咲に迫る颯太



「間に合えーっ!」



叫んだ時雨の操る河の水が、まるで龍のように立ち上り

腕で防ぐ事を諦めた咲が、足に全力を込めて膝蹴りを放とうと構えて両者が激突する直前

間一髪で土手の斜面へと颯太を飛ばし押し付けた


飛ばされた衝撃で颯太は気絶していた



「…………なんやアレ、一体何者やねんこいつ……」


「ありがとうございます時雨さん、殺さずに止める自信がありませんでした

もっとも、私が打ち勝っていれば……の話ですが……」



あまりの出来事に2人は押し黙った


確実に一族の当主レベルの潜在能力を秘めている

いくら前当主の息子とはいえ、異常なほど高レベルの能力の発現だった



「時雨さん、彼は一体?

雷の発現だけではない違和感を僅かに感じたのですが……」


「あぁ、けどまさか……有り得へんわそんなん……

とにかく今は颯太の治療が先や」


「はい……すぐに手配します」



咲はスマホを取り出し連絡をとっている


時雨はうっすらと煙を上げて倒れている颯太を見つめていた

有り得ないこと……だがそうでも考えなければ説明が付かない


灯弥の言っていた、組織の要になるかもしれないという話を思い出し

虎穴に入っても真相を探らねばならないと、今後の動きを思案していた

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