第10話『血の目覚め 4』
夕暮れ時、陽が落ち始めた頃
この街には南北に流れる大きな河川があり
その上を東西に横切る線路の高架
その土手の下の少し開けたところに
日比谷颯太はうつ伏せで倒れていた
「そこまでにしよか、お疲れさん2人とも」
少し離れたところに立っていた時雨の言葉に
もう1人の女が1歩下がって一礼した
「颯太くん、思ったよりも頑張ったな
少し癖のあるボクシングスタイルだが、なかなか見所があるよ」
そう言って颯太を見下ろしているのは、時雨が呼びつけた
水の一族戦闘チーム、教導長である天ヶ瀬 咲(さき)
身長は170cmを超えており、モデルの様にスラッとしている、どう控えめに見ても凄く美人で芸能人と言われても疑わないほどだ
因みに時雨は150cm程しかないが、颯太は今それを言うと殺されかねないと思い心の中に留めた
その戦闘スタイルは、ムエタイを主体としたスタイルに思えたが
それ以上の分析をするほどの余裕は颯太には無かった
仰向けに寝返った颯太は、息を切らせながら悔しがっている
「ハァ、ハァ……一発も当てられなかった……
なんでもっと真面目に練習しなかったんだよ俺……」
「いやいや、上等やで颯太
咲姉さんを初めて相手にしてあれだけ食い下がれるなら見込みあるで
咲姉さん、とりあえず何か言っとく事ある?」
「そうですね……颯太くん
ジャブを打つ時に体を開きすぎている、もっとコンパクトに打ち素早く引き戻すんだ
あとはコンビネーションがパターン化していて単調になっている
防御も甘い、構えは基本通りだがあのジャブのせいでブロックが甘くなっている
後半はムキになっていたのか、一発を狙うせいで大振りになっていた
……まぁスピードとスタミナはあるね、並以上だ
もっと冷静に、堅実に動ける様になればさらに上へ行けるよ」
流石に一族の教導部を束ねるものとして
的確な指摘とやる気を起こさせるアドバイスだった
「ははっ、ボロカスやなぁ颯太!」
そんな事は関係ないと言わんばかりに笑いながら言う時雨に
少しムキになって聞いてみた
「なら時雨はどうなんだよ?
1番強い人が当主になるって聞いてたけど、本当にこの人に勝てるのか?」
「アホか!わかってるなら聞かんでええやろ
まぁ、見ての通り?うちってか弱いから
素手で能力使わずに戦えって言われたら、そっち方面は苦手な部類やし
咲姉さんが1本取る場合もあるかもしれんけどな」
そう言いながらも余裕の表情を崩さない時雨に
咲は呆れたように颯太に告げる
「颯太くん、時雨さんが格闘技を苦手とされているのは事実だ
だが、それはあくまで他の3人の当主と比べてという事だ
時雨さんが能力を使わず、かつ私が能力をフル活用して本気で挑んでなんとか互角……というレベルの話だ
あまり時雨さんに失礼な事はしない方がいい、死にたくなければな」
正直そこまでヤバいと思わなかった颯太は血の気の引く思いがしたが
時雨は相変わらず笑っている、機嫌がよくて何よりだ……
「はっはっは、咲姉さんあんまり人聞きの悪い事吹き込まんといてーな
どや颯太、咲姉さんの強さの一部分でも感じた今ならうちの強さがわかったか?」
「あぁ、よくわかった……
けどサラッと聞き流しちまったけど、咲さんも能力者?
まぁよく考えりゃ当然なんだけど……」
「そらそうや、まぁでもうちとはタイプが違うな
前に見せた様にうちは身体の外に作用する使い方を得意としてる
逆に咲姉さんは身体の内に作用する使い方を得意としてるってわけ
颯太はボクシングやってたから、咲姉さんのタイプがあうのかもっていう考えもあって来てもろたんやけど
せや、軽〜く見せたってくれんかな?」
咲は、「わかりました」とだけ返事をして
河川の土手の斜面に片足を乗せ前かがみになり右拳を振りかぶった
「…………いきますっ!」
その直後、凄まじい速度で射出された右拳が土手の斜面に突き刺さると同時に
強烈な爆裂音と共に土砂が巻き上がった
咲さんが引き抜いた拳の跡を中心に、クレーター状にくぼんだ土手がそこにあった
「あ〜っはっは!見てみい咲姉さん!
顎が外れそうな間抜け面で絶句してるで!
傑作や!いや〜颯太もなかなかええリアクションするやんか!」
「大丈夫か、颯太くん?」
「え、ええ……ちょっとこの現状を飲み込む時間を下されば……」
颯太は完全に目が点になっていた、あんな力を持ってしても
時雨と互角にやり合えるかどうかわからないなんてどうかしてる
「あーよう笑わしてもろたわ!
颯太、今日はこのくらいにしとこか
明日は今言った能力の話もしたるわ、覚醒する前に知っておいた方がええからな」
「お疲れ様、颯太くん
よく頑張ったね
明日に備えてゆっくり休みなさい」
「お疲れ様でした、ありがとうございます!」
その後は時雨は先にホテルへ戻り、咲さんが家まで送ってくれた
改めて礼を言い、部屋に戻った颯太はベッドに倒れ気絶するように眠りについた
*****
翌朝、3人は同じ河川敷に集まっていた
「おはよう、颯太くん
今日もビシビシいくよ」
「よろしくお願いします!」
「よっしゃ、気合い充分やな
まずは組手の前に、今日は能力の説明から始めよか」
「よろしく頼むよ」
時雨と咲は河を背にして立ち、颯太に説明を始める
「まずこの場所を選んだのは、この河があるからや
河の水が使えるからってのもあるけど
周囲に『水場がある』事がうちらには優位に働くんや
うちらは水を操る能力や、個々のレベルに左右はされるけど
例え水自体が周囲に無くても大気中の水分を操ることも出来る
そうじゃないと颯太は雷が落ちそうな日しか能力を使えない、って理屈や
あんたの場合は……それこそ雷が落ちそうな雨とか、後は空が見える開けた場所とか、静電気が起きやすそうな乾燥した所とか……その辺が適してるんとちゃうかな?
基本は何処でも使える様に備えておかないとあかんけど」
「要するに、自分の能力の特性を『意識しやすい』場所や状況という事だ
そういった状況の方が、ゼロからイメージを集中させて能力を使うよりも発動までのハードルが低い……とも言えるね」
そう咲がわかりやすく補足して説明をしていく
「ほな次にいくで
昨日も言った通り、能力の使い方にはそれぞれ得手不得手がある
うちは身体の外で作用する、遠距離攻撃が得意なタイプや
で咲姉さんはその逆、身体の内に作用させて肉体を強化する近距離攻撃タイプ
近距離攻撃タイプの方が遠距離攻撃タイプに比べて
能力を発動する際の『精神力』の負担が軽いのが利点や
ただ、相応の肉体と格闘スキルが必須やけどな」
「身体強化に能力を使う場合、それに耐えうる肉体と
扱いきる技術が必須になる
こめる力のバランスが崩れると自分にダメージを負ってしまう、そこは自分の身体で覚えていくしかないが」
「時雨はこっちの方が俺に向いてると判断したのか
確かにジムである程度鍛えてはいたし」
「あくまで可能性の話や、覚醒するまではどんな特性があるかはわからん
今は知識と心構えを備えておくんや」
颯太は黙って頷く
2人それぞれの能力を目の当たりにしていたから
実感は無くても想像はできる
自分がどちらのタイプかは今は考えても仕方の無い事だと割り切って、2人の話に集中した
「うちみたいな遠距離攻撃タイプは、所謂『精神力』の消耗が激しい
だからこそ、水場の近くでは能力を発揮しやすい反面
何も無い所では発動までに要する集中力が違ってくる
うちクラスになれば殆どラグは無いけどな」
「なるほど、どちらにせよ自分の能力のちゃんと把握して
イメージする事が大事ってことか?」
「そういうこっちゃ、だから覚醒する前からある程度わかってる必要がある
うちら程のレベルの能力をイメージしておけば、颯太が覚醒した時に混乱が少ないやろ
まぁ、自分のレベルの低さに混乱するかもしれんけどな」
時雨は笑ってそう言ったが、その方がいいとも思っていた
実際いきなりそんなレベルで覚醒する事もない、とも言っていたし
「とにかく、今颯太くんに出来ることは
これからに『備える』事だ
ではまず昨日のおさらいから行こうか」
「はい、よろしくお願いします」
時雨は感覚でしかないが、颯太の中で生まれつつある『気』を感じていた
これまでも一族の者が能力に覚醒する瞬間に何度も立ち会っている
石動灯弥が颯太の中に何を見ているのかはわからないが、颯太には何かある……と思っておいた方がいいと警戒を強めて2人の組手を見守っていた
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