第1章

第2話『迫る非日常 1』



私立聖徳学園高等部、2-A組

窓際の一番後ろの席

開けた窓から吹くそよ風を受け、落ち着いた雰囲気の少女が

休み時間の喧騒を拒むように本を読んでいる


天ヶ瀬 時雨(あまがせ しぐれ)


中高一貫の学園に2年の5月に転入して1ヶ月ほど経つが

転入の経緯の関係上、クラスメイトとの必要以上の接触は避けておいた方が無難だと判断している

事実、挨拶と当たり障りのない受け答えに終始していた彼女に

積極的に関わろうとする人間は居なかった……1人の例外は居るが



「天ヶ瀬さん、それ何読んでるの?面白い?」



前の席から振り向いて声をかけてきたのは

クラス委員長の飯田 夏海(いいだ なつみ)

所謂委員長キャラのようなメガネに三つ編みという印象とは程遠い

ボーイッシュなショートカットに快活な笑顔の良く似合う

人懐っこい少女だった



「えぇ、それなりに……」



今手に持っている本には何の興味もない、図書館で適当に選んだ本なのだがとりあえず話を合わせておく



「そんな難しそうな本が面白いなんて、凄いんだね

私は文字ばっかりの本は頭がパンクしちゃうよ」


「そうなんだ」



と相づちと苦笑を返した

彼女はちょくちょくこうやって声をかけてくる

それは彼女の立場と、それ以上にその性格にもあるが転入間もないクラスメイトを気にかけているのだろう



「じゃ、読書の邪魔しちゃ悪いね

さって、もう1人の転入生は何してんのかな〜」



そう言うと席を立ち、廊下側の席にいる男子生徒の所へと向かう

彼は机に突っ伏して眠っていた




*****





「日〜比谷くんっ!」



うずくまって丸くなった背中をパンとはたきながら声をかける



「んぁ…?あぁ、委員長か……おやふみ……」


「おやすみ〜、じゃなくてぇ!折角なんだから少しお話しようよ〜」



気だるそうに体を起こし伸びをしながら



「何が折角なのかはわからんが……ふぁ〜……なに?」


「ん〜、何ってこともないんだけど

もうこの学園にも慣れたかなぁーなんて思ってさ」


「あぁ、まぁそれなりにね

面倒見のいい委員長様のおかげでつつがなく過ごしておりますよ」



相変わらず気だるそうに答える



「全然気持ちこもってないっしょ、それ?」


「そんな事はねえけどさ」



とお互い笑いながら言い合う



「いや実際助かってるよ、委員長のおかげで何人かの男子とも話せるようになってるしさ

俺あんまり自分から関わるの苦手だし」


「そうでしょうそうでしょう、崇め奉ってもいいんだよ?」


「それは面倒くせぇからよしとくよ」



日比谷颯太も2学年からの転入で、こちらは学期の最初からだった



「そういえば日比谷くんてさ、部活とかは入んないの?」


「あぁ、俺バイトしてるからさ

駅前のファミレス、だから部活はいいかな」


「そうなの?なんかイメージないなぁ、愛想悪そうだし」


「ほっとけよ、厨房がメインだからいいんだよ」


「あ、な〜るほどぅ

でも毎日じゃないんでしょ?なにか運動でもした方がいいんじゃない?」


「そこは週に2回ほどボクシングジムに通ってるから問題ないよ

集団競技は性にあわないし」


「すごーい!なんかカッコイイねボクシング!」


「まぁ、中学の頃からやってたし半分趣味みたいなもんだよ

ガチでプロ目指してるって訳でもないしな

それよりも、委員長様のおかげでなんとかやれてる俺よりも

もう1人の転入生の方に行った方がいいんでないの?

ていうかもう一眠りさせてくれると嬉しいんだが」


「大丈ブイ!天ヶ瀬さんとは先に話してきたよ

彼女手強いね〜

ま、そこまで惰眠を貪りたいなら私は退散いたしますよ

じゃねー」



飯田はそう言い別の席へと移って言った


うるさいくらいに賑やかな彼女だが

颯太はそれほど面倒とは思わなかった


ふと窓側の席で本を読んでいる天ヶ瀬を見る


自分より1ヶ月ほど遅れて、関西のほうから転入してきたらしいけど

あの委員長なら上手くやるんだろうな、と思う


休み時間も残り僅かになっていたが、また机に突っ伏して目を閉じた




*****




人間関係の順応性は概ね良好

特に目立つ行動もなし

部活動に参加する様子もなし


引き続き任務継続




天ヶ瀬は机の下でスマホを操作しメールを送信した


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