本当のアナタを知ってイイですか?
下吹越エリカ。
彼女のコトは知っていた。容姿が綺麗だとか、笑顔が可愛いとか、それは認めるが、そういうことで覚えていた訳ではない。普通の女の子っぽいのに、一年生の時から、授業を真面目に受けている学生だなぁと思っていた。
たしか、南雲先生の「社会システム概論」でも僕の斜め後ろくらいで、真面目にノートをとっていた。授業が終わった後も、積極的に先生に質問していたりして、「ああ、女子学生が全員ビッチって訳でも無いんだなぁ」と、僕の脳内差別意識を緩和してくれた。
彼女と同じゼミになった時は、意外というよりかは「やっぱりそうなったか」という感じだった。彼女が成績優秀なのは知っていたし、熱意を持って「社会システム概論」を受講していたのを覚えていたからだ。
しかし、本当の衝撃は夏休み明けにやってきた。
ゼミの時間が終わり、僕も帰ろうと荷物をまとめようとしていたとき、彼女の机の上にブックカバーの掛かった文庫本が置かれていることに気づいた。
「何の本だろう?」と思ったが、直接尋ねられるほど、日頃から彼女と話をしている訳では無い。
彼女がトートバッグにノートと一緒にその文庫本を仕舞おうとした際に、その文庫本が机の上に落ちた。彼女は「あっ」と小さく声を漏らすと、机の上からその文庫本を拾う。落ちた際に、挟まれていた栞が抜け落ちたので、彼女は栞を拾い、差し直すためにパラパラとページを捲った。
捲られるページがリズム良く波打って、その合間から、ページの中の挿絵が覗いた。ライトノベルだろうか。
(こんな真面目そうでリア充っぽい下吹越さんでもライトノベルを読むんだ。ちょっと意外かな)
そう思った瞬間、僕は、捲られていく途中にあった見覚えのある挿絵に釘付けになった。それは、僕の網膜に焼き付いていた、女魔法使いの全裸キスシーンだったのだ。
気付いたら僕は、下吹越エリカさんに声をかけていた。
「それっ、『
僕が声をかけると、下吹越エリカは驚いたような顔をして、こっちを振り向いた。
「え? ……ええ? ……そ、そうだけど……」
彼女の顔には、とても困惑した表情が浮かんだ。
僕は、「あ、しまった」と思った。なんといっても、R18指定ギリギリラインに差し込んだ作品だ。ライトノベル業界のレコードラインを塗り替えたと言われる「
それでも僕は嬉しかった。頭が緩くて南雲先生目当てで集まってきただけに違いないと思っていたゼミの女子学生集団の中に、こんな名作の理解者が居たなんて!
ちょっとビックリした顔をする彼女は、きっとハリネズミのようなものだ。本来は仲間の僕に対して、警戒心を露わにしているんだろう。
「その本、良い本だよね。特に一巻は良く出来てますよね?」
僕は、彼女の警戒心を解きほぐそうと言葉を紡いだ。
彼女は、自分の手許の文庫本に視線を落としてから、僕の方に顔を向けた。その表情は、僕の予想と少し違って、「仲間が見つかって嬉しい」という警戒心を解いた表情というより、「この人は何を言っているのか」という怪訝そうな表情だった。
(ん? 僕、何か間違った?)
「鴨井くんは、この本読んだことあるの? 持ってるの?」
下吹越さんは、その文庫本を両手の平で強く挟んで閉じると、怖ず怖ずと僕に問い掛けた。
「うん。もちろん持ってるよ。『聖☆妹伝説』は名作だからね」
僕は自信たっぷりに言ってあげた。きっと、彼女は「聖☆妹伝説」の評価に関して自信が無いのだろう。僕が堂々と、正しい評価を示してあげれば安心して、このラノベについて話せるようになるはずだ。
「そ……そうなんだ」
下吹越さんは、ぎこちなく笑った。これまた僕の予想と少し違ったが、まぁ、急に喋りかけられて、盛り上がれるほど、「聖☆妹伝説」についての議論は浅いものじゃないってことくらい、僕が一番良く知っている。
その後、僕が「
彼女はその返事には少し嬉しそうだった。やっぱり、ラノベ作家未恋川騎士のファンなのだろう。もしかしたら、純愛モノの「アルファ・ノクターン」から入ったクチなのかもしれない。
その日の会話はそれで終わった。彼女はそのまま帰るというので、ゼミ室で別れた。
いつもの彼女のキビキビとしたリア充っぽい振る舞いと違って、その日の彼女の振る舞いは、少しぎこちなく、いつもと少し雰囲気の違うものだった。きっとあのぎこちない感じ、奥ゆかしい感じが、本来の彼女の姿なのだろう。
彼女が「聖☆妹伝説」を読んでいるなんて思わなかった。でも、確かに彼女はあの本を持っていた。
それは彼女がこちら側の人間であることを意味していた。
そうすれば、いつものあの爽やかで凜としたリア充的振る舞いは、もしかしたら、この社会で生きていくための、彼女の
ツンデレ……ではないけれど、仮面をつけた彼女の内面は、この世の情緒や物事の機微が分かる、豊かな感受性に満ちているに違いない。
僕の中の下吹越エリカのイメージは大きく変わっていった。
もちろん、彼女に関しては、ゼミ配属で同じになる前から、可愛らしく、しっかりしていて、他の女性陣とは何か違うなとは感じていた。しかし、それは確信に変わったのだ。
彼女はきっと僕達の理解者なのだろう。そして、僕も彼女の理解者になれる。
物事の機微が分からない、粗野な人間達に支配されたこの三次元世界で、このキャンパスで、僕は、突然に光を見出したのだ。
僕はこの世界に天使を見つけた。
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