同盟を結んでもイイですか?

「一つだけお願い事を聞いてくれないかな?」

 南雲教授は神妙な顔で切り出した。

「何でしょう……?」

 席に戻ってきてスマートフォンを机に置いた南雲の顔を見て、下吹越エリカは嫌な予感を覚える。


 しかし、南雲が口にしたお願いは、そんなに特別なことではなかった。別に、それは、エリカにとって当たり前のことでしかなかった。


「僕が未恋川騎士だってことは、他の学生や、友達や、先生方や、その他モロモロには、秘密にしておいてくださいっ! この通りですっ!」

 南雲仙太郎は、ビッターンッと土下座のように、机の上に両手を突いて、深々と頭を下げた。

 放って置けば、「何事か、何事か?」と周りのテーブルからも注目されてしまいかねないレベルの頭の下げ方である。


「わぁ、わぁ、わぁ、わぁ! 先生、やめてくださいよっ! 頭上げて、上げて!」

 急な南雲教授の土下座モードに下吹越エリカの方が逆に慌てる。


「そんな風に言ってもらわなくても、誰にも喋ってませんし、喋りません。ちゃんと秘密にしますから!」

 そう言われると、南雲仙太郎は下げた頭を少し持ち上げて「本当に?」と犬ころのような瞳で、下吹越エリカに問いかけた。それに対して、エリカは「本当ですって」と答える。


「そりゃ、先月、初めて先生がエロラノベ作家だって知ったときにはびっくりしましたし、ショックも受けましたよ。自分なりになんとか理解しようと、納得しようとして、先生の本も買ってみて読んでみたけど、やっぱり、全然分からなくて……」

 軽く口を尖らせながら下吹越エリカが話すと、南雲仙太郎は肩身狭そうにしながら「すみません」と頭を下げた。


「でも、今日、先生の話を聞いてなんとなく分かりました。正直、ペンネームのセンスだとか、何故、そんなにエロ方向に振り切ってしまったのかとか、ツッコミたい事はいろいろありますけど……。でも、先生が、どうしてラノベ作家になったのか、そして、なんで『聖☆妹伝説』みたいな作品を書かれたのかは良く分かった気がします」


 そういうと、下吹越エリカはお皿の上のごま団子をつまむと、ひょいと口の中に投げ入れた。美味しそうに味わうと、ごっくんと飲み込んだ。そして、グラスから水を一口飲む。

 釣られるように南雲仙太郎も自分のごま団子をつまんで一口で食べた。ごまの香ばしさと、お餅のやわらかさ、餡子のまろやかな甘さが口の中に広がる。


「もちろん、『聖☆妹伝説』が本格ファンタジー小説だっていう先生の主張は主張として分かりますけど、やっぱりエロラノベ成分が多すぎるのは事実だと思います。だから、その作者が先生だということが広まった時に、どんなことになるかくらい私にも想像がつきます。なので、先生に言われなくても、ちゃんとこの秘密は守りますよ」

 そういうと、下吹越エリカは右手の親指と人差し指で輪をつくり、OKサインを作った。


「下吹越って……、ほんとに良い奴なんだな」

 安堵の溜息を漏らすと共に、南雲仙太郎は、今年の南雲ゼミの女性陣のかすがい的役割を果たしている女子学生の人柄に感心を隠さなかった。


「やめてくださいよ〜。エロラノベ作家先生からお世辞をもらっても何も出ませんからね」

 と、下吹越エリカは笑っていなす。


「その代わり、先生も、私の卒業研究、力一杯、誠心誠意、見てくださいよ」

 悪戯っぽい瞳で、下吹越エリカは南雲仙太郎の顔を覗き込んだ。


「そりゃ、もちろん。僕は、南雲ゼミの指導教員だからね。君の卒業研究はしっかりと指導させてもらうつもりだよ」

 下吹越エリカが「秘密を守る」と約束してくれたおかげで、ほっとした南雲仙太郎は「お安いご用だ」とばかりに水の入ったグラスを持ち上げて答えた。


「んー。それじゃ、普通だから、つまらないですねぇ~。折角だから、私だけ他の人より何かが二倍とか、何か特典とかお願いします、先生。『手取り足取り指導するぞ!』みたいな感じで」

「……手取り足取り指導?」

 その言葉の響きに、エロラノベ作家は一瞬フリーズした。エロラノベ作家の口から再現された「手取り足取り指導」のフレーズが抱える定番的な裏の意味に気づいた下吹越エリカは

「わー! 今の無し、今の無しっ!」

 と、両手を振って訂正した。


「じゃあ、まぁ、下吹越は、いつ教授室に来ても良いし、相談事は優先順位一番で乗ってやる、っていうくらいで、……どうだ?」

 さすがに「手取り足取り指導」ではいろいろ含むところが不味い感じがするので、南雲仙太郎は代替案を提示した。


「え? それって、私が教授室に、気兼ねなくお茶しに行ってイイってコトですか?」

 下吹越エリカは、南雲の言う言葉の意味を確かめる。


「いや、……それはちょっと、…………んんんんん~。よし。まぁ、そういうことだ! 下吹越はいつ来てもよし、僕の部屋をカフェ扱いしてよし!」

 ちょっと悩んだものの、南雲仙太郎は下吹越エリカに秘密を守ることと引き替えに、大いなる特権を与えると宣言したのだ。


「……というわけで同盟結成かな」

 南雲仙太郎はグラスを持った手の人差し指を立てると悪戯っぽく、笑った。


「同盟?」

「そう、同盟。下吹越が秘密を守るのと、僕が下吹越を最大限支援することを契約とした同盟さ」

「……あぁ、先生と同盟関係なんてイイですね。その同盟、是非締結いたしましょう」

 下吹越エリカも楽しそうに笑った。


「同盟だったら、ナントカ同盟みたいに名前をつけるか」

「いいですね。どんな名前が良いでしょう?」


 二人はそろって腕を組んで「うーん」と考えたあとに、思い付いたフレーズを深く考えも無いままに呟いた。


「エロラノベ同盟……」


 二人の声が完全に重なった。意図しないシンクロに、呟いた二人自身が驚いて顔を見合わせたが、しばらく経って、

「そんな同盟なんて知らない~。エロラノベ作家さんの仲間にしないで~!」

「だから、僕の作品はエロラノベじゃないんだ~! 本格王道ファンタジー小説なんだ~!」

 と、二人そろって頭を抱えた。


 だったら言わなきゃいいのに。


 斯くして、エロラノベ同盟は結成され、この街の夜は更けていくのであった。

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