執筆にブランクがあってもイイですか?
「ラノベを書き始めたところまでは分かりました。でも、なんでそれがエロラノベなんですか?」
もはや、本日何度目か分からなくなった問いかけを、下吹越エリカは南雲へと投げかける。
中華料理店「餃子の大将軍」で美味しそうに回鍋肉を白ご飯と共に食べ出していた南雲仙太郎は、下吹越エリカの問いに箸を動かす手を止めた。
「あー、それなぁ。ラノベ作家デビューの話はしたんだったっけ?」
「あ、いえ、それはまだ……」
「そっか。じゃあ、その辺りからだなぁ~」
教授は少し遠い目をした。
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そんなこんなで、「なりうぇぶ」こと「小説家になりてくて
良い知らせが一つあった。研究者をやっていたおかげで、論文や、申請書、また、一般向けの解説書の類は沢山書いていたし、卒業論文ならば嫌というくらい沢山添削してきた。
そういう文章書き、および、文章添削の経験は知らず知らずの内に南雲仙太郎の糧となっていた。それなりに安定した日本語が、高校生や大学生の時よりも圧倒的に早く、スムーズに書けるようになっていたのだ。また、仕事上求められるので、タイピングの速度も随分と速いものになっていた。
十五年の時を経て、再び創作の場に戻った南雲仙太郎の書き手としての足腰は間違いなく鍛えられていた。小説を書くのが上達するためには、「とにかく、できるだけ多くの作品を完結するまで書き切ることだ」というのは多くの作家や、小説教本の教えるところである。そのための筋肉は間違いなくついていた。小説を書くことを一時は諦めながらも、文筆に近い職業を歩んできたのは、創作活動の視点から見ても決して無駄ではなかったと、南雲は少し嬉しく思った。
かといって、小説家デビューはそんなに簡単なことではない。南雲が
南雲仙太郎は、やはり、大学教員になるだけのことはあり、根っからの研究者気質である。自分自身でいろんな作風を研究し、挑戦しながら、古典から現代のヒット作まで読み漁り、また、自身がフィールドとするWEB小説自体も研究した。そして、少しずつ自分の作風や文体、狙うべきターゲットも見えてきたのだという。
これは、日頃から学生に言っている「夢への挑戦に言い訳をしない自分」になれるかという挑戦でもあった。だから、趣味で書いていれば良いと言うことにはならない。南雲は四〇歳に迫る中で、デビューを目指してWEB上でのコンテストや、出版社が主催する新人賞などにも積極的に作品を応募していった。
最初の一年くらいは、未恋川騎士の小説は、やはり箸にも棒にもかからなかった。しかし、二年目から一次選考、二次選考と抜けることも出来るようになり、満を持して出した現代恋愛SF小説「アルファ・ノクターン」が遂に、DT文庫主催の小説大賞で審査員特別賞を受賞したのである。
DT文庫主催の小説大賞では、審査員特別賞は必ずしも書籍化の約束があるわけでは無かった。しかし、偶然、担当になってくれた編集者と度重なる改稿を重ねた上で、それから一年後、ちょうど二年前に、未恋川騎士のデビュー作「アルファ・ノクターン」が商業出版として世に出る事になったのだ。
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餃子のタレの小皿にラー油を垂らしながら、下吹越エリカは南雲仙太郎の昔話に「ほー!」と溜息を漏らした。
「先生、凄いじゃないですか。何ですか、その成功物語! 夢叶えてるじゃないですか?」
下吹越エリカは皿うどんをパリパリと噛みしめながら、南雲仙太郎、いや、未恋川騎士の記憶に耳を傾けていた。
「まぁな~。まぁ、先生は先生だから、やっぱり、有言実行しなきゃダメでしょ」
と、南雲仙太郎は少し照れながら頭を掻いた。
これはイケメンだ、と下吹越エリカは思う。南雲教授のことは、容姿や、立ち居振る舞い、話し方も含めて、みんなが色々とイケメン教授だのという。他の学生と違って、挙動不審なエロラノベ作家・
しかし、そんな中でも、今の話が一番イケメンだと思った。
(あれ? そのイケメン部分って、未恋川騎士の側面じゃないの……?)
エリカは戸惑った。
「でも、なかなか、そんなこと有言実行なんて出来る人間っていないじゃないですか……?」
「まぁ、僕がラッキーだったっていうのも、間違いなくあると思うんだけどね。まぁ、やっぱり、毅然と生きていたいからね。頑張るもんだよ、ホントに」
そう言うと、南雲仙太郎もお箸で餃子をつまみ、一切れ、その口に頬張った。
餃子を美味しそうに噛みしめ、口をモゴモゴしてから、それを飲み込むと、南雲は続ける。
「『アルファ・ノクターン』までは、さすがに読んでくれて無いんだっけ?」
「はい。読ませて頂いたのは『
「そっかぁ~。もし、良かったら『アルファ・ノクターン』も読んでよ。気に入ってもらえるか分からないけど」
「その『アルファ・ノクターン』もエロラノベなんですか?」
良く分からずに下吹越エリカが聞くと、南雲仙太郎は苦笑しながら、大きく右手を左右に振って否定した。
「いやいやいやいや、あれは全然違うよ。ほんと、全然違う。そうだなー。なんていうか、ちょっと儚い近未来の純愛みたいな感じ? 『聖☆妹伝説』みたいなえっちぃ表現なんてのは、全くないよ」
「あ、そうなんですか?」
「うん。まー、よく言えば、淡々としていて繊細で、悪く言えば『地味』だって言われたな~。」
「へー。悪く言う人とかいるんですか?」
「そりゃ居るよ-。ネット上とかもう酷いよ。……まぁ、慣れたけど。目立たないWEB小説家時代は、みんな趣味でやってる感じあるから、そんなにサイト上でなじり合いとかないんだけど、商業作家になると違うね。一気に、ネガティブ評も出ちゃってさ、一時は凹んだよ。マジでメンタルがやられて、大学での仕事に影響が出そうになった時もあったよ」
「へー、そうなんだ……」
出版業界は下吹越エリカも一時期、就職活動で希望しようかと調べていた業界でもあり、興味はあった。結局、出版業界には就職しないことになったが。
「是非、読んでよ。『聖☆妹伝説』は肌に合わなくても、『アルファ・ノクターン』を好いてもらえたら僕は嬉しいから」
そう言って、南雲仙太郎、いや、未恋川騎士はテーブル脇に置いてあった漬け物入れから、たくあんを箸でとり、白米の上に乗せた。
話を聞くうちに、下吹越エリカの中で、未恋川騎士という存在が、南雲仙太郎という人物と少しずつ自然に重なっていく気がした。
「で、その純愛小説で商業作家になった未恋川騎士先生が、どうやってエロラノベ作家に転落していったんですか……?」
好奇心と正義感に満ちた瞳で、下吹越エリカは未恋川騎士こと、南雲仙太郎の目をじっと見つめた。
「転落っていうなや~! これはまさに作家としての成長であり、
南雲仙太郎は、たくあんを載せた白米を口に入れかけたところで、お茶碗にその白米とたくあんを戻し、箸を一旦、お皿の上に置いた。そして一つ溜息をつく。
「仕方ないなぁ。じゃあ、僕の売れっ子ラノベ作家として成功譚を聞かせてあげよう。累計十万部に届く勢いの王道ファンタジー小説家未恋川騎士の誕生秘話を!」
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