ミカサの正体


 3月7日、衝撃的な動画がまとめサイトを含めて話題となっていた。その内容は――ミカサに関する物である。一体、何があったというのだろうか?


 動画には、ブルーの目――青髪のロングヘアーにメカクレの女性が映し出されている。周囲に映し出されている物は何処か特定する事が出来ないように――ARステージが表示されていた。


『この動画を見ている君たちには――全てが分かっているだろう。一連の事件に関しての犯人――』


『それが、ランダムフィールド・パルクールの運営サイドにある事を』


 衝撃的な爆弾発言には、この動画を見ていた人物だけではなく――まとめサイト等で発言ネタバレを見ていた人物も驚く事になった。


 彼女は確かに発言したのである。犯人は運営であると――。しかし、彼女は誰とまでは特定していない。


【まさか――?】


【確かにARゲームの運営で、どう考えても利益優先な運営をしている所はあるが――】


【これも芸能事務所AとJの印象操作に違いない】


【まとめサイトを規制する法案が必要だ】


【それよりも、フェイクニュースの拡散者を逮捕できる制度を導入すべきだ】


【結論から言えば、SNSテロやデスゲームを起きないようにするべきだろう】


 様々な発言がつぶやきサイト経由で拡散する中――この動画の内容に驚いたのは、ヴェルダンディだった。


 まさか、向こうが直接動く事になるとは――普段は冷静な彼女が慌てている。


 他にもタブレット端末で一連のニュースを見て、フレスヴェルクも言葉を失っていたのを踏まえると――その内容は想像以上とも言えるだろう。


「まさか――彼女がミカサの正体とでも?」


 ある程度は正体を推測出来ていた人物も、この展開には意表をつかれた様子だ。


 まとめサイト側はミカサの正体関連の記事で書かれていた正体を、完全否定されたような人物が――ミカサの正体だったのである。


『我々は、まとめサイトや承認欲求、SNSでよくあるようなトラブル各種を一種のテロと想定し、SNSテロを阻止する為のテストケースを――』


「馬鹿な――あの人物は、我々のスクープさえも無駄と切り捨てるつもりなのか?」


「しかも、我々が芸能事務所からわいろを受け取って炎上させているとまで明言している――」


「あの発言こそ、名誉棄損ではないのか!?」


 動画を見ていた出版社も――今までのスクープが時間の無駄と明言されている事には、さすがに腹ただしい。


 しかし、週刊誌のスキャンダルが今までに起こしてきた事件を考えると――ミカサの言う事にも一理あるのは事実だろう。


『もう一度だけ明言します。SNSテロを起こそうとする元凶を断つ為のテストケース――それこそが、拡張ゲームエリアオケアノスが設立されたもう一つの目的であると――』


 動画はここで終了した。他にも様々な部分の発言があったが、それらに意味などないのかもしれない。


 全ては――彼女が発言した事が最大の効果を生み出すと言ってもいいのである。


 発言した人物の名前は、蒼空(あおぞら)ミカサ――過去にネット上で炎上した人物である。


 何故、この人物が炎上したのか理由はどうでもいい。特定炎上勢力によって持ち上げられ、炎上した事実が重要なのだ。


 繰り返される炎上の連鎖――それが、超有名アイドル商法絡みの一件から始まる――全ての始まりだったのかもしれない。


 SNSテロが存在しない世界、それを実現させようと彼女は――アカシックレコードを初めとした情報を集め、ネット炎上を阻止しようと動きだしていた。


 しかし、それを認めようとしない一部勢力の暴走、そこから利益を得ようと考えるアフィリエイト勢力――広告会社、出版社、芸能事務所AとJ――。



 こういう形で自らの正体を晒す事にしたミカサ――これに一番驚いていたのは、長渡天夜(ながと・てんや)だろう。


 一連のマッチポンプを、こういう形で晒し――更にはミカサ自身が自分の正体も明かした。


 本来であれば、一部の人間だけが知らないような情報を、ミカサは入手していたのである。それは――ある意味でも想定外だったのかもしれない。


 今の状況を見て、長渡は言葉に出来ないようなプレッシャーを受けている。自分がナガトの正体だとネット上に公開したのも、無駄足に終わったのかもしれないからだ。


 一体、ミカサは何を思って一連のマッチポンプを晒したのか? SNSテロの防止のために公開した――では理由が弱い。ネットを炎上させる勢力に警鐘を鳴らす――でも合点は行くが、まだ弱いだろう。


『私は見たくない物を全て排除する為に、一連の行動を起こした訳ではない。デスゲームを起こさせないために――』


 長渡は途中でミカサが発言した一言を思い出した。見たくない物を一斉排除するのは、歌い手等の夢小説を過剰に魔女狩りする勢力の事を指す。


 それらの夢小説を見て、作者を物理的に消そうと言う勢力が出現する事を避けたい――そう望んでいるのだろうか?


「たしか、あるアニメでもネット炎上で――」


 長渡は何かを思い出したかのように、ネット上のウィキ等をネットサーフィンし始め、あるアニメ作品に辿り着いた。


 つまり――ミカサの言うデスゲームとは、そう言う事だったのか――と。


「どちらにしても、発想が超越している。それを彼女はデスゲームだと信じて疑わないのか?」


 基本的にデスゲームとは、ARゲーム上でのPK(プレイヤーキル)行為を指すワードとして設定していた。


 その設定さえも覆し、ミカサは定義を歪めようと言うのだろうか? 明らかに――ミカサはありとあらゆるゲームにデスゲーム要素は不要と明言している物だ。


(まさか、彼女が定義するゲームとは――)


 デスゲーム要素が不要と明言するミカサだが、彼女は何を考えて――今回の発言をするにいたったのか?


 そして、長渡がある結論に至った時――ネット上が祭り状態となっていたのは言うまでもない。


【なんてこった!】


【これでは、あの芸能事務所は――また炎上行為に手を出しかねない】


【某作品みたいに芸能事務所ビルを一発で殴り飛ばしてくれれば――】


【やはり、ARゲームでも芸能事務所のコンテンツを黒歴史化させるには足りなかったのか】


【時代は厳しめのヘイト二次創作――そう言う事だったのだろうな】


 ミカサの正体を知った事で、失望するような反応はごく少数だろう。おそらく、芸能事務所を物理的に潰してくれると思っていた勢力が悲観的に見ているのだろう。


 ある作品で某出版社を破壊する1コマ、それ位に芸能事務所を物理的に壊滅させてくれるだろう――そういう妄想を抱いていた勢力は、一挙にリアルに戻されたと言ってもいい。



 それから一週間が経過し、ミカサの一件はネット上でも話題となっていた。しかし、その話題をワイドショー等が取り上げるかと言うと、そうではない。


 あくまでもオケアノスの宣伝になると放送局側が判断し、ニュースを控えていると言ってもいいだろう。


 一連のランダムフィールド・パルクールを巡る事件は、ミカサが起こしたSNSテロの訓練であると言う事で――決着が図られた。


 ARゲーム運営サイドも、ミカサの発言によって助かったと言う運営もいるのだが――必ずしもそうとは限らない。


「納得がいかない――」


 谷塚駅に到着し、センターモニターを見ていたヴェルダンディはミカサの案件に関して、まだ納得をしていなかった。


 〇〇砲を用意してスキャンダルで炎上させようとした出版社を摘発で来たのは大きいが、それで幕引きを図る――それが運営サイドの考えかもしれない。


「これでは――打ち切り物の漫画や小説、アニメと同じだ」


 落ち着いた口調でしゃべっているように見えるが、内心は――今回の一件が解決していないと考えていた。


 真相究明する声が出ていない以上、運営側も問題なしと見ているようだが、これで本当に終わったのだろうか?


「もしくは、メリーバットエンドだ」


 そして、ヴェルダンディはアンテナショップへと向かう。もちろん、ランダムフィールド・パルクールをプレイする為だ。


 一週間も経過すれば、既にネット上では新しい話題があればそちらへと切り替えている事だろう。


 結局、今回の一件もしばらくすれば商品価値がなくなって炎上させる必要性もなくなってくる。つまり、オワコンと言う事だろうか――。


「一連の事件は終わった。しかし、自分には――まだ何かが残っている」


 ヴェルダンディとすれ違うように、草加駅のフィールドへ自転車で向かおうとしていたのはメイド服姿の西雲春南(にしぐも・はるな)である。


 彼女にとって、ミカサが蒼空ミカサだった事実は容易に受け入れられた。彼女が憧れたミカサと言うのは、彼女だったのだから。


(ミカサが蒼空ミカサと分かって、疑問はなくなったけど――まだ、終わってない)


 自転車を懸命にこぎ出した彼女の眼は――輝いているようにも見えた。


 しかし、一連の炎上事件は彼女にとっては――トラウマの再現だったのである。そのトラウマを克服し、彼女は新たなステージへと向かう。 


 西雲の見る新たなステージとは――もしかすると、ミカサが動画で言ったような世界とは違う物かもしれない。


「私は私だ。ミカサではないし、ミカサのコピーでもない。重要なのは、自分の意思と熱意――」


 数分後、西雲は草加駅のステージへと到着する。そこでは歓声が聞こえた。歓声の先にいる人物は、間違いなくビスマルクだろう。事実、近くで確認したモニターにもビスマルクの名前が表示されている。


「誰かを傷つけて、ライバルを減らして、そして勝利するような――それこそ、WEB小説の俺TUEEEEは時代遅れかもしれない」


 そして、彼女はランダムフィールドのエントリーを行い、次のレースを待つ。今の彼女であれば、過去のトラウマを引きずってネット炎上をネット炎上で報復するような事はないだろう。


 ARゲームには――そう言った行為が無駄である事は、既に彼女とビスマルクの一戦が証明したのだから。

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