逆転のアカシックレコード


 西雲春南(にしぐも・はるな)が残り3キロ位の位置で急に立ち止まったと思ったら、瞬時にして光輝きだした。何を言っているのか分からないが、目の前にあった光景がそうだったのである。その後、圧倒的な能力で彼女は1位を取ったのだ。


 これに関しては誰も予想できなかったに違いないだろう。実際、チートガジェットであればレース前にチェックが入って失格になる。チェックを通過できたとしてもレース内で不審なデータが検出されれば、レース終了後に失格処分となるだろう。


 彼女の能力が失格の対象にならなかったのは、運営に認められたARガジェットである事に他ならない。


『あれが圧倒的なパワーと言う事か――』


 その様子を室内施設のモニターで見ていたのは、黒いフレスヴェルクだった。声はボイスチェンジャーを使っているので、周囲から気付かれる事はないだろう。


 ただし、ボロを出すのを防止する為にもボイスチェンジャーではフレスヴェルクの声には変化させていない。


『しかし、あの程度であれば――こちらのガジェットの敵ではないだろうな』


 フレスヴェルクのガジェットは明らかにチートに類似する能力を持っていると言われている。しかし、チートであればチェックの段階でアウトのはずだ。それがないという事は――。


『勝利するのは我々だ。コンテンツとしても――』


 何か含みがあるような発言を残し、彼は別の場所へと向かった。それを目撃した人物はいないので、周囲は黒いフレスヴェルクに興味を示していないとも言える。



 後にアップされた動画で西雲のガジェットの能力が一部解析された。しかし、それでも全てが解析できたわけではないだろう。


【運営から実装が予告されていたアンリミテッドモードなのは間違いないだろう】


【あれが他のプレイヤーにでも使えるのか?】


【誰でも使える訳ではないだろうな。運営が認めたプレイヤーにしか使えないようだ】


【実際、あれを初心者が扱えるわけがない――それを踏まえると、そう考えるのが妥当だろうだな】


【アンリミテッドモードは、もしかすると対チートガジェット兵器なのでは?】


【ソレは違うな。運営側はチート対策も万全としている。プレイ前のチェック体制とか――】


 西雲のガジェットは、明らかに形状が――と思われたが、中継されているようなステージで使う様なガジェットではなかった。チートガジェットは速攻でばれるだろうが、次に発覚すると不味いのが著作権侵害に該当するデザインのガジェットだろう。


 いわゆる痛車のARガジェット版とも言えるARアーマーも確認されているが、あちらは承諾を得てクリアしている物ばかりだ。問題とされているのは、特定作品の設定を流用して自分のオリジナルを主張する『二次オリ』と言われる分野である。


 これは発覚すれば使用料の支払いを命じられるパターンであり、ライセンス凍結の処分を受ける事もあり得るだろう。最悪のケースで、ライセンスはく奪だが――そこまで到達した事例は存在しない。


「ARゲームでは二次創作もナマモノと認識しているのか――」


 超有名アイドル商法を巡る事件を知っていたヴェルダンディは、オケアノスの北口に姿を見せていた。しかし、周囲にも似たようなローブを着たコスプレイヤーがいる為か――上手く偽装できているのかもしれない。


「二次創作をナマモノと同義として、ARガジェットでは一次創作以外を使用禁止とするのは――正しい認識なのか」


 同じような認識をしているのは、既にレースを終えていたスクルドも同じである。こればかりは意見のゴリ押しをするべき問題ではない。ナマモノや夢小説を巡る部分を含めて、きわめてデリケートな問題だろう。


「一次創作者がバーチャル動画投稿者みたいに、作品を書けばデビューが確約されて――お金がもらえれば問題はないが、そこまで単純でもないだろうな」


 オケアノスに向かっていたウルズも――ヴェルダンディとスクルドと同じような認識である。彼女達には、ある共通の目的があったのだが――こうもバラバラになるとは、誰が予想できるのか?


 いわゆる3人組や3悪の様なテンプレで収まらないのが――もしかすると、彼女たちなのかもしれないが。



 午後2時、黒いフレスヴェルクのランキング荒らしが再び始まる。これには打つ手なしと周囲のプレイヤーは思う。しかし、その状況を見ていた西雲が急きょ参戦し――状況は一変する。


 彼女のエキサイト・ガジェットは、黒いフレスヴェルクが思っているような単純パワーアップではなかった。


 10キロ勝負ではなく、スコアトライアル専用の5キロコースと言う事もあり――レースは1分もたたない内に決着する。


 黒いフレスヴェルクは自分の能力に過信し過ぎた結果、西雲のエキサイト・ガジェットを甘く見ていた――それが敗因とも言えた。


『そんな馬鹿な事が――』


 黒いフレスヴェルクは再戦を申し込もうとしたが、それを予見したかのように――ある人物が背後に姿を見せた。


「あんたか? パチモノを名乗っていたアイドル投資家の――」


 その声がした先を振り向いた黒いフレスヴェルクは、言葉を失っていた。何と、そこに姿を見せたのは自分にそっくりなARアーマーを装備した人物だったのである。カラーリングは漆黒ではないが、ブラックメインだ。


 彼はARメットを脱いだ状態で、そこに立っている。それを見た黒いフレスヴェルクは――逃走しようとガジェットを展開準備していた。


「風評被害で損害を受けた分の落とし前だけは――させてもらおうか」


 彼はARメットを展開した直後に――まさかの機能を発動して瞬時に逃げる黒いフレスヴェルクに追いついた。


 それを偶然見ていたヴェルダンディ、黒騎士ナガト、ミカサは能力の正体に気付いている。


(まさか、彼も――あのシステムを?)


 その光景を見た西雲は改めて自覚をした。エキサイト・ガジェットの正体が、何であるかを――。


 それこそがアカシックレコードに記されていたWEB小説~ヒントを得て作られた――フィクションのガジェットを現実化させた物である。


(明らかにフィクションと言うレベルの技術を――ゲームという形で現実化したのが、ARガジェットだとしたら――?)


 チートと言うレベルでは片付けられないレベルの力、正しく使いこなせなければ、おそらくは世界滅亡しかねないような能力を持っていた。本当にゲームで片づけられるような物なのか。改めて、西雲は自分に問いかけていたのである。

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