新たなる力


 2月26日、自宅でデータ収集をしていたのは西雲春南(にしぐも・はるな)である。昨日の芸能事務所の家宅捜索事件は、その後も報道され続けていた。一部のテレビ局ではアニメが通常放送されていた位に――その話題で持ちきりだったと言えるだろう。


【やっぱり、この事件は芸能事務所AとJが関与しているのでは?】


【しかし、公式で否定している以上は――違うとしか言えない】


【芸能事務所AとJが政治家に手まわししたに違いない】


【まさか?】


【そのまさかをやるのが、あの芸能事務所の資金力だ】


【どう考えても――おかしくないか?】


 毎度恒例のテンプレだが、WEB小説の改変コピペがつぶやきサイト上で拡散している。本当に芸能事務所AとJが関与していれば、報道を否定した段階で紙付く勢力がいるはずだろう。


 しかし、その勢力が全く動かないと言う事は――別の芸能事務所による犯行で間違いないのかもしれない。西雲も一連のネット記事をアップするのを自粛し、最近はARゲームの記事のみを上げていないのである。


 同じような行動をしているのは西雲だけではなく――ARゲームのプレイヤーのほとんどが、この話題はスルーしていた。その理由は分からないが、芸能事務所関係の記事は特定勢力を釣る為だけのフェイクと断定しているのも理由の一つとされている。


「向こうもしびれを切らしているな――まとめサイトが大量閉鎖された中で、こういったフェイクニュースを流すと言う事は」


 西雲はまとめサイト勢力の動きがおかしい事を察し、また何かが起こるのではないか――と。これをトリガーにして炎上事件が起きるとは、一般ユーザーは思ってもいない。ただの悪戯である可能性もあったからである。


「これは――現状でスルーしておくのが正解なのかもしれないな」


 コンビニ前で一連のタイムラインをチェックしていたのは、ビスマルクだった。本来、彼女は別の要件で動いていたのだが――ニュースを見て驚きのあまりに手を止めていたのである。



 午前11時30分、西雲は客間のテレビでランダムフィールド・パルクールの中継を視聴する。始まったばかりの段階では新人プレイヤーが多かったが、ここにきてある程度のネームドプレイヤーが出てきた。


 放送初期ではレベル10辺りまでだったのが、ここにきてレベル20辺りまで上がっただろうか?


 プレイに関しては衝撃を受けるようなアクションはないのだが、パルクール的には危険なプレイは中継されていないので問題はないのかもしれない。


 ARアーマーを装着しているのに、普通のパルクールと変わらないようなアクションを見せられても――微妙な空気はあるだろう。この辺りはプレイヤーのスキルアップに期待する――と言う方向なのかもしれない。


「最初は誰だって初心者である――誰の言葉だったかな」


 西雲は唐突にある言葉をつぶやいていた。テレビのパルクール中継を見て――そう判断しての言葉である。いきなりプロ並みのプレイヤーが出てきたら、それこそやらせと判断しかねない。向こうも、それを理解した上での番組構成だったのだろう。



 お昼のニュースでは芸能事務所絡みの話題もあるのだが、それ以外のニュースも伝えている。


『経済情報です。平均株価は芸能事務所の強制捜査を受けて大幅反落――』


 西雲は株価が反落しても無反応だった。彼女は株取引をしているわけではない。このニュースに悲鳴を上げているのは、アイドル投資家やデイトレーダーと言った勢力だろう。


 近年は仮想通貨も取引されており、こちらにも芸能事務所のアイドルが絡んでいる為か――こちらも暴落しているようだ。


【芸能事務所AとJは何をやっている? 自分の所のアイドルのタイアップしている会社がどうなってもいいのか?】


【違うな。この場合は――】


 これも毎度恒例のWEB小説のコピペである。もはや、つぶやきサイトは機能していないと言ってもいいだろう。おそらくは、つぶやきサイトの運営が暴走したと考えても差し支えないだろうか?


【全てはミカサだ――ミカサによる陰謀だ】


 遂に、彼らは禁断の手を使う事になった。追い詰められたアイドル投資家が取った行動、それは全ての原因をミカサになすりつける事だったのである。


 まるで、あるアニメで『○○の仕業』と言うフィクションならではのメタ発言を現実に持ち込むと言う――それこそ禁じ手と言ってもいい。

これに対して、遂に動き出したのはミカサではなく――。



 一連の勢力が暴走を繰り返す一方、西雲はチップの事を思い出していた。丁度、例の特撮番組で使用されている変身ベルト型のARガジェットも近くのコンビニで受け取ったばかり。


 自宅で開封し、西雲はベルトを腰に巻くのだが――少しサイズで失敗したのだろうか? 上手く巻きついていない。


 しかし、それは後回しとして――西雲は説明書を片手にフレスヴェルクから託されたチップをチップ挿入口にセット――。次の瞬間には、ベルトが発光する訳ではないが――右腕に装着していたARガジェットが連動するかのように光出した。


『アカシックレコード、起動します』


 機械的なナビゲーションメッセージの後、ARガジェットのモニターにはあるアプリがインストールされていた。しかし、それを起動する為にはランダムフィールド・パルクールのフィールドへ行く必要性がある。


「これが、新たなる力――アカシックレコード」


 西雲は今の状況に対し、驚くしかできない。アカシックレコードなんて、それこそWEB小説内のフィクションとばかり思っていたから。

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