ARガジェットの可能性
午後1時、草加市内は晴天になりつつあった。今まで曇っていた訳ではないが、曇り時々雨と予報が出ているような天気だったと言う。
『今までの天気が嘘のように回復しております。そして、ここで予想外のプレイヤーが姿を見せたようです――』
実況の声を聞き、別の意味で驚いたのはビスマルクだった。予想外と言う単語に含まれているのは、誰なのか――と言う意味でも。
ARゲーム専用の別フィールドでランダムフィールド・パルクールの中継映像を見ていたのだが、ここにはランダムフィールドは設置されていない。
おそらくは近日中の設置予定という事かもしれないが――特に設置予定日が告知されている訳でもなかった。
【これは予想外すぎる】
【今まで姿を見せていなかったのは、一体――】
【どういう事だ?】
【ミカサが来ると思っていたが――?】
【これがテレビ放送に入ってから初登場か?】
コメントでも一種の祭り状態となっており、その衝撃度は計り知れない。そこに姿を見せていたのは、メイド服姿の西雲春南(にしぐも・はるな)だった。しかも、メカクレな為に表情が読み取れない。
一体、どのような覚悟でエントリーをしたと言うのか? そして、最初にプレイした時とは違うガジェットを持っている事に何の意味があるのか?
『その人物とは――西雲春南です。まさか、彼女がこの場に姿を見せるとは――!』
実況の口から出てきた名前、それは西雲だったのである。本名なのかと言われると――違う可能性は高いだろう。本来であればARゲーム用にハンドルネーム等は用意しているはずなのに、彼女はあえて西雲としてエントリーしていた。
西雲の左手にあった物、それはフレスヴェルクから託された物――その正体はARメモリだったのである。ARメモリはダウンロード系のアプリとは違い、試作型のガジェットやシステムを運用するのに使われるのだが――。
彼女が腰に巻いていたのは明らかに変身ベルトであり、ARメモリはソレと連動していた物――。
「ようやく――分かってきたような気がする」
《ARシステム、フルアクセス》
ARメモリのボタンと思わしき部分に手を付けたと同時にシステムボイスが鳴るのだが――その直後に何の躊躇をする事無く、ベルトのメモリ挿入口にセットをした。
それと同時に彼女の周囲に青い光が展開され、わずか数秒でARアーマーの装着が終わったのである。その姿は以前のアーマーとは全くの別物と言っても差し支えのない意匠を持ち、そのデザインは周囲が言葉を失う様な物だった。
「やはり、そう言う事だったか――」
ビスマルクは若干の焦りを連想するような表情で西雲のARアーマーを見ていた。しかし、その焦りもすぐに消える。落ち着いて見れば、そのデザインは見覚えがあるような物だった――。
『これは想定外と言うべきか――』
西雲のARアーマーを見て衝撃を隠せなかったのは、黒騎士ナガトだった。ナガトは別勢力を潰す為に動いていたのだが、近くを立ち寄った際に表示された中継映像――そこに映し出された西雲の姿には足を止めざるを得ない。
『あのアーマーは明らかに普通の人間が扱える物ではない――それこそ、AIのような人工知能が扱うレベルだ』
表情には出さないが、ナガトは言葉で不快感を示している。アレが西雲の手にある事自体――信じられないと。あの映像は芸能事務所側の合成画像である可能性も浮かんだ程に――彼女が持つべき物ではない、と確信している。
他のプレイヤーは西雲の姿にコメントが浮かばない。西雲よりも上位レベルのプレイヤーでさえも、身体の震えで思考回路が正常に働かないレベルである。
「あれだけのプレッシャーは――初めてだ」
唯一発言した男性プレイヤーは、西雲から放たれる想像以上のプレッシャーに押しつぶされそうになっている。おそらく、他のプレイヤーも同じかもしれない。彼女の方がレベルは自分より下なのに――。
「これは下手をすれば、ジャイアントキリングも――あり得る」
レース開始前、他のプレイヤーが怯えているような光景、ビスマルクは既にレースは決まったと言わんばかりの発言をする。その発言はフラグなのでは――という周囲の意見も無視して、彼女は西雲を甘く見ると痛い目を見る――と無言の圧力を他のギャラリーに対して反応した。
その発言は――案の定となった。周囲のギャラリーも夢でも見ているのか――と否定する人物がいるほどである。
「あれが人間の動きなのか?」
「忍者か?」
「あのスピードで建造物に衝撃がないというのも――」
「まるで、ハイスピードアクションのゲームプレイを見ているようだ」
「他のプレイヤーは反応出来ていないのか?」
西雲の動きは人間が認識できる領域を超えている。実況の方でも、あまり言葉になっていない所を踏まえると――。
【信じられない】
【ARゲームはゲームなのは間違いないが、あれはチートでは?】
【あれだけのスピードが市販ガジェットで出るはずがない。通報するべきだ】
リアルのギャラリーも中継映像を見ていたプレイヤーも、西雲のアクションには驚くしかない。反応速度は以前に見せた物とはレベルが違う。3倍の速度――というネットスラングが当てはまるかは不明だが――。
「ARガジェットの可能性――まるで、テレビアニメやゲームの世界を現実にしたような存在だろうな」
ビスマルクは断言する。アカシックレコードの名前は出さないものの、西雲が使用したガジェットは明らかに市販品のレベルではない。しかし、チートや不正なアプリをインストールした訳でもないのは、レース前に警告が出なかった事も明らかだろう。
最終的には西雲が圧倒的なスピードでゴールをしたのだが――本人も言葉を失う程のスコアには、周囲も同じように言葉を失った。
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