芸能事務所、撤退宣言


 午後2時、ワイドショー系の番組は一切放送されていない為、国営放送のニュースが再び芸能事務所に関するニュースの続報を伝える。


『午後1時頃から始まった堅く捜索で、不正な取引等を行っていたとされる資料を押収し――』


 国営放送のニュースでフェイクニュースを流すとは考えにくい為か、ここでようやく真実だと気付く視聴者が多かった。


 それ以外では、ネット上でのまとめサイト一斉閉鎖に関してはニュースで触れていない。おそらく、企業名等に関する箇所で配慮したのだろうか?


 しかし、単純に不正などの類で企業名が出ないのは別の意味でも違和感があるかもしれない。


「一体、何が起きたと言うのか――」


「これが草加市で行われている事の一端なのか?」


「芸能事務所のアイドルは完全に不要と考えているのか――草加市は」


 北千住にあるビルのテナント、そこはフレスヴェルクのクライアントでもあるゲームメーカーが入っていた。


 このメーカーは主にVR系ゲームをメインにしていたが、ARゲームに関してはノウハウがないのでデータを欲しがっていたのである。それと同時にネット炎上の一因となるのであれば――とも指示していた。結局は、ARゲームのデータは入手できたが――それを利用できるかは別問題だろう。


「だが、我々は例のデータを手に入れた。これでARゲームを――」


「しかし、せっかくのデータも――我々に扱えるかは不透明だ」


「VRとARは違う次元だと言うのか? ネット上では同じとみているユーザーもいるのに」


「それはまとめサイトのフェイクニュースだ。実際に理解していないのは1割にも満たない話だってある」


 会議では様々な事が議論されているが、今回のデータもうまく運用できるかは不透明だ。今回の議題はVRゲームの新作に関してだったが、一連のニュースやフレスヴェルクからもたらされた情報も――議題の一つに組み込まれる。


「ARゲームの新作をすぐにたち上げられないだろうが、VRゲームのシステムにARゲームの要素を入れる事は可能だろう」


 会議の方はまだまだ続くが、彼らはフレスヴェルクのもたらした情報の一握りしかチェックしていなかった。彼らにとって都合の悪い情報ではないのだが――後回しにしている気配もある。



 同時刻、芸能事務所のニュースを大手電機店で見ていたのは――。


「これは、予定外の出来事と言うべきか」


 別の用事で草加市に来ていた西雲春南(にしぐも・はるな)は、通りかかったテレビコーナーで一連のニュースを知る。一瞬だが飛躍しすぎている可能性も否定はしなかったが、さすがにやりすぎな気配もしていた。


 周囲の一般客も、このニュースを見て不安を感じているのは事実だろう。しかし、芸能事務所の家宅捜索で不安になるような事があるのか?


 推しのアイドルが強制的に解散させられる事やネット上で炎上する――と言う様な事を懸念しているのであれば、ソレはブーメランと言える。


 実際、あの芸能事務所はライバルコンテンツを炎上させてオワコン化させるのに、まとめサイトと言う手段を使ったのだ。それこそ、彼らはSNSテロと言う日本ではタブーと言われている行為に手を出している。


(どちらにしても、アレを何とかしない事には――)


 かばんの中にはフレスヴェルクに託されたアレが入っているのだが――。形状的な意味でも、ここでは取り出せないのがネックである。


「芸能事務所が家宅捜索を受けたニュースは、これからどう拡散していくのか――」


 芸能事務所の一件は、どう考えてもまとめサイトで歪められて拡散する可能性がある。一連のサイトが一斉摘発されても、まとめサイトに需要がある限りは蘇るだろう。だからこそ、まとめサイトをトリガーとして起こるSNSテロは阻止するべきと西雲は決意する。



 10分後、芸能事務所AとJはまとめサイトに一切関係していないとするマスコミ向けのプレスを――関係各位に送信した。自分達だけ無関係と言うアピールだとネット上では言われているのだが、証拠がない以上はどうしようもない。


 フェイクニュースでは証拠を抹消したとか、関係者をリストラしたという話も出ているのだが――。


「このプレスも――自分達は無実アピールだろう。芸能事務所Eを犯人に仕立てただけに――」


 プレスについて言及するニュース記事をネットでチェックしていたのは、ビスマルクだった。これに関しては他の勢力もチェックしており、それに対する反応はそれぞれかもしれないが――圧倒的に否定派が多いだろう。


「しかし、これを引き金にして大炎上すれば――芸能事務所もメンツを潰される。ファンが炎上させれば、それこそ損害賠償請求に発展する事も――」


 ふとビスマルクがつぶやくと同時に、スマホの着信音が鳴った。着信音はFPSゲームの通信機を思わせるものになっている。これがなると言う事は――あの人物からの連絡だろう。


『ビスマルク――まずい事になったわ』


「まずい事って? まさか芸能事務所?」


『察してくれて助かるわ。あるアイドルグループの投資家が暴走しているという情報を掴んだの』


「アイドル投資家? 撤退したのでは?」


『表向きは。しかし、裏では別のコンテンツを潰す為に動いているという話がある』


「ソースはまとめサイト以外だな?」


『疑り深いのね。まとめサイト以外の有力ソースがあるのよ。それも、アカシックレコード経由で』


「まさかと思うが、フレスヴェルクの――」


『そこまでは聞いていないけど』


「それ以上は黙っておこう。とにかく、芸能事務所が暴走する可能性もあると」


『ウルズが動いていたという話は聞いていたけど、まさか――』


「こちらは別件もあるから、そちらには協力できない。協力者なら――」


『貴女に協力を要請する事はないから。多分、自分達だけで何とかする』


「それなら――何故、連絡をした。ヴェルダンディ?」


 ビスマルクに接触してきたのは、何とヴェルダンディだったのである。声だけで他のノイズが入らないと言う事は、通話アプリではなくARバイザーの通話機能と言う可能性が高い。さすがにビスマルクも分かっているので、そこには言及しないが。


『ある事を確認したかったから。ウルズの件もあるけど』


「ウルズが何を?」


 ビスマルクの問いに対して、ヴェルダンディが若干黙りこむ。まさか――ビンゴなのか?


『ランダムフィールド・パルクールが中継されているのは知っているわよね?』


「最近始まったのは知っておる。バーチャル動画投稿者が出演していたな」


『問題なのはそこじゃないわ――ウルズが映像に映っていたのよ』


 それを聞いたビスマルクは、若干黙りこんだ。ある意味でも言葉に出来ないことである。どう転んでも、ウルズが今のタイミングで姿を見せるのは――自分にとっても都合が悪かったのだ。

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