託されたアプリ


 午前12時15分――西雲春南(にしぐも・はるな)は谷塚駅近くまでやってきた。

その理由は何となくだが、嫌な予感が――。それは別の意味でも的中してしまう事になる。

『先ほど別のエリアで行われていたレースで、まさかの展開が起こりました』

 この声は――あの時に聞いた実況者の声だ。そして、彼女の言うまさかの展開とは――?

『中継対象外エリアで行われていたレースで、ウルズ選手が他のプレイヤーよりも圧倒的なスコアで1位に――』

 ウルズと言うプレイヤーネームには聞き覚えがなかったが、立ち止まってタブレット端末を立ち上げると――。

「既に上位プレイヤーを2名抜いて、ベスト10に殴り込みを――」

 データを少しチェック後、すぐにタブレット端末を鞄に収納して――該当エリアへと走る。

距離としてはARバイザーを立ち上げた際に500メートルと出ていた。ここからだと少し遠い気配もするが。

『エントリーしていたプレイヤーの中には、何とパルクール出身者もいた模様です』

 首に掛けているヘッドフォンではわずかな音量で実況を流しつつ、西雲は息を切らさずに走る。

ただし、ARアーマーは装備せずにメイド服のままで走っている影響か――アーマー装備時よりも疲労は蓄積されていく。

『それと、未確認情報ですが――コスプレイヤーアイドルのアルストロメリアも3位でゴールした模様です』

 この情報を聞いたギャラリーがざわつき始める。コスプレイヤーが参戦するのは、つい最近ブームになっていた事もあって驚かない。

しかし、その中でも実力のあったプレイヤーであるアルストロメリアが3位に終わった事――そこに衝撃を受けていた。

西雲は――アルストロメリアの名前には聞き覚えがない為か、何も気にすることなく目的地へと走り続けていく。

『完走したのは、アルストロメリアとフレスヴェルク、ウルズを含めた3名のみ。他のプレイヤーはリタイヤした模様――』

 西雲は目的地へのナビに集中する為か、結果が分かった段階で実況をオフにした。今は、急ぐ方が先である。

「まさか過ぎる展開だな」

「完走3名って――」

「それだけランダムフィールドの難しさを物語ると言うか――」

 実況をオフにしたら、今度は周囲のギャラリーの声が聞こえる。どうやら、向こうも衝撃を受けているのは間違いない。

その一方で、この程度の結果でどうこう言うのも――という声もあるようだ。



 該当エリアに到着したのは、それから3分位経過した程だろうか。

その時には別のレースが既に始まっていたが――その内容は西雲にとっては、ある意味でも言葉に出来ない光景だった。

 レースの方はクライマックスに近い状況であり、そこでは完走したのがウルズとフレスヴェルクだけだったのである。

4名もリタイヤなのか――と言われると、実際にはチート使用が発覚しての失格だった。つまり――。

『これが現実だ。目先の勝利に目がくらんだ結果としてチートに手を出し――最終的にはこうなる』

 1着でゴールしたウルズは――2着でゴールしたフレスヴェルクに対して明言した。

『ごく一部のプレイヤーが行った不正を指して、全体でチートが行われていると言うのは――ナンセンスだ』

 それに対し、フレスヴェルクはバックパックに装備されたシールドクローを展開するのだが――。

『ARパルクールは一部機種以外でのバトルは禁止になっている。そちらに意思があるならば、失格もあり得るが?』

 ウルズの発言はブラフではない事を把握しているが、それでも向こうは仕掛けてくるのを待っているだろう。

それを利用して炎上マーケティングを行う意思が――ありそうだが、それも禁止されているのを向こうは知らないのだろうか?

『それはお互い様だろう? ノルンの――』

『貴様――っ!』

 ウルズの装備していたロングソードをベースとしたガンブレードが、フレスヴェルクのシールドクローを一刀両断にする。

その構えは、どう考えても――別のARゲームで見覚えがあるような構えだった。フレスヴェルクも、それは分かっていたのだが――回避が間に合わなかったのである。

『これだけは明言しておく。ノルンに抵抗すると言う事は――炎上勢力に肩入れする事だ』

 そして、気が付くとウルズの姿はなかったのである。

観客の方も別の選手がゲームを始めた事もあり、そっちに集中していたのでウルズは目撃していないと言う。



 レースフィールドへはレース終了までは第3者の乱入が出来ないようにフィールドが展開される。しかし、非常時であれば――救助などが突入出来るようにはなるだろう。

「フレス!」

 西雲の声に彼が動く事はない。まさか、あの一撃で――?

しかし、倒れていたフレスヴェルクのアーマーはCGにノイズが入っている訳でも消滅している訳でもない。おそらくは――。

『こっちとしては――まだ倒れる訳にもいかないのでな』

 どうやら無事のようだ。さすがARアーマーと言うべきかもしれない。

消防や災害救助方面で活用できそうな技術ともネット上で言われるだけある。

『その姿は――そう言う事か。お前が、デンドロビウムか――』

 西雲はフレスの言う事に色々とツッコミを――と言う位に話の内容に付いていけていない。

しかし、今は非常事態でもある。それを判断するのは後からだ。

『お前に渡したい物がある――このデータは、アカシックレコードから手に入れたARアーマーのデータだ』

 倒れていたフレスヴェルクが何処かから取り出したチップ――それはARガジェットに挿入するチップのようにも見えた。

しかし、その形状は自分の端末に使えるかどうかは疑問な形状をしている。USBメモリと言うよりはゲームソフトのカセットに近い。

『これを使って――ARゲームを炎上させて、自分だけが利益を独占できるモデルを――まとめサイト勢力を壊滅させて――』

 そこでフレスは力尽きる。次の瞬間にはアーマーが消滅すると思われたが、それもない。

一体、何が起きたと言うのか? デスゲームは禁止されているはずなので――それは絶対あり得ないはずだが。

「このチップは――」

 今の西雲に出来る事はチップの正体を探る事になった。これが何を意味するのかは分からないが――。

周囲を誰も見ていないのを確認し、西雲はその場を離れる事になった。これ以上の滞在は自分も危険に巻き込まれる可能性があるだろう。

 西雲が離れ、その場から消えた所で――フレスヴェルクはARアーマーを解除する。

「これ以上の滞在はクライアントからも――まずいなー―」

 重症になっていないのが不幸中の幸いと言うべきなのか。フレスヴェルクは周囲のギャラリーが気付く前にフィールドを後にする。

無事にアンテナショップのセンターモニターまでたどり着けるかは別として、今回の件はクライアントに伝えるべきだろうと判断した。

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