序曲の終わりに――


 残り1キロの段階で、更に展開は動く事になった。先ほどまではランスロットのリタイヤで持ちきりだった話が――。


「あのプレイヤー、何者だ?」


「あれがARゲームのプレイヤーと言うのか?」


「違う! むしろ、あの動きは――」


 周囲のギャラリーが指を指していたプレイヤー、それが西雲春南(にしぐも・はるな)である。ランダムフィールド・パルクールを初プレイの彼女は、予想外の目立ち方をする事になった。


 それが、ヒューマノイドモードを使用した際の動きに加えて――超展開と言っても差し支えのないジャイアントキリングである。


 残り500メートルを切った所で、ヒューマノイドモードのタイムリミットを迎え――人型に変形していたガジェットがボード型へと戻った。これを待っていたとばかりにシステムを起動させたのは、先ほどまで2位にいたレーヴァテインである。


 彼は――このチャンスを待っていたと言うべきだろう。他のメンバーがヒューマノイドモードを使えないタイミングで、自分が使い――逆転1位を勝ち取る構図だ。


『単純すぎるだろう――その構図では。フラグクラッシャーは簡単に現れないからこそ――ゲームを面白くする』


 ゴール直前のギャラリースペース、そこに仁王立ちに近い状態で立ち見をしていた人物――だった。その人物を見たレーヴァテインの目の色は急激に変化し――先ほどまで立てていた作戦等も全て吹っ飛んだのである。


『ミカサ――だと!?』


 彼は無意識にミカサの事を考えてしまった。トップランカーに匹敵するような実力を持ち、職業をゲーマーと断言する程のプレイヤーである。


 その存在は、ARゲーム全体のゲームバランスを一変させてしまった程の実力を持つ。ARゲームにおけるプロゲーマーと言う概念を生み出したと言ってもいい。


『外部の不確定要素のせいで、集中力を失うのは――ARゲームでは命取りだ。こちらを振り向いた地点で、お前は負けている』


 ミカサはレーヴァテインに対し、左手の指を向け――その背後を見るように誘導した。そして、レーヴァテインは後ろをゆっくり振り向くと、既にゴールテープは切られていたのである。一体、誰が?


 足を止めて数秒後、レーヴァテインの背後を通過してゴールしたのはシクラメンだった。彼女としては――文字通りのジャイアントキリングを達成したと言えるだろう。


 その後、レーヴァテインは止めていた足を再び動かし――何とかゴールをしたのだが、その順位は3位だった。


「3位!? 一体、誰が――トップなのか?」


 ARメットを即解除し、周囲の状況をレーヴァテインは確認する。しかし、彼が次に見たのは赤い甲冑のプレイヤーがゴールする場面だった。


 彼は4位通過で、それに1分遅れる形でハンゾウは5位に終わった。ハンゾウとしては――悔いが残る結果だったが、これもマッチングの悪戯なのだろう。


 赤い甲冑のプレイヤーとハンゾウは、別のマッチングへ参加する為にゴールの近くにあった受付スペースへと向かった。



 その一方で、ゴールよりも若干離れたスクランブル交差点、そこではランスロットがインナースーツ姿で近くのベンチに座っていた。ベンチに関しては別ジャンルのARゲームフィールドで使用される待機席だが、他のゲームをプレイする訳ではない。


 ゲームのプレイが終了したのをガジェット端末の情報で知ったランスロットは、無言で端末を叩きつけようとする。


「やめておけ。ARゲームで使用されているガジェット類を粗末に扱う事は――ネット炎上につながるだろう」


「そんな事は――分かってる」


 ランスロットの手が震えているのを目撃したARゲームのプレイヤーらしき男性が、彼を引きとめることに成功した。


「今回の敗北を糧に、明日のバトルにつなげればいい。過去を振り返り、それを考え直し、新たな可能性を生み出した人間が――」


「貴様は説教をする為に――そんな事を言う為に来たのか?」


 ガジェットを叩きつけようとした手とは逆の右腕で――彼は通行人を殴ろうとしていた。しかし、それを止めたのは――。


「俺は今回の件に関して門外漢だが、暴力事件は放置できないな――」


 ランスロットよりも高い身長は180センチ近く――体格もスポーツマンと見間違えるような筋肉を持つ。その筋肉は単純に見せかけではないのは、彼がランスロットの右腕を握っている強さが物語る。


「こ、こいつ――!?」


 ランスロットはガジェットをハンドガン形態に変形させ、それを彼に突きつけるが――引き金を引いてもビームが出たりしない。


 彼は知っていたのだ。ゲームが終了し、ARガジェットのアーマー展開も終わっている事に――。


 そして、ランスロットはもう一つ見落としている個所があった。それは――銃を向けた相手が悪かった事である。


「こっちは別の遠征で来ていたのだが――こうなってくるとは。不幸体質とかじゃなくて、この場合は――」


 彼は一瞬にしてランスロットの右腕を握っていた手を離し、次の瞬間には――放した手を即座に拳へと変え、腹に強烈な一撃とも言えるパンチを決めた。


 しかし、そのパンチは全く効果がなかったのである。ARゲーム用のインナースーツが振動や衝撃に強いと言う噂は聞いていたが――これほどとは。


「噂には聞いていたが――この技術が実用化すれば、軍隊とかいらなくなりそうなのは本当のようだな」


 彼は腕を振っている。あまりの痛さに――と言う訳ではないが。


「動くな!」


「我々はARガーディアンだ! 2人とも、ネット炎上を引き起こそうとしたとして逮捕する!」


 彼にとっては、ある意味でも衝撃的な展開だった。まさか、ガーディアンが来るとは。しかし、それを悲観的には考えていない。むしろ、この展開は――彼が望んでいた物だった。


「悪く思うなら、銃を向けた相手の名前を知っておくべきだったな」


 彼は、ランスロットに向けて何かを見せて――警告をする。ARゲームと同じCGで表示され、その形状はあるファンタジー系アクションゲームに出てきそうな長方形の長さ30センチにも満たない紋章だった。


「そんな、嘘だろ?」


 彼は思わず絶望をした。この世の終わりとまではいかないが、その絶望感は周囲のギャラリーの反応を見ればすぐに分かる。ガーディアンも、最初は名前を聞いた際にネット上で良く見るような騙りと思ったらしい。


「俺の名はバハムートだ。パルクールのプロプレイヤーと言えば、分かるだろう?」


 その目は真剣そのものであり、嘘偽りがないような目つきだ。それ位に完コピをしていないと、周囲のギャラリーも疑う可能性は否定できない。


 彼が名乗ったのは、プロのパルクールプレイヤーであるバハムート。ネット上の動画でも100万再生の殿堂入り動画を数多く持っている程の実力者だった。

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