その視線の先に
レースは2キロ地点で展開が変化し、レーヴァテインがトップとなった。ランスロットは失速ではなく、レーヴァテインのコース取りに翻弄されたのである。その結果として、彼のテンションは低下し――大きく順位を落とした。
「慢心――と言う事か」
ビスマルクはランスロットが順位を多き落とした事に対して、一言つぶやく。
他のプレイヤーも似たような事は思っていたようで、一部のプレイヤーは禁止されているはずのARゲームを使用したギャンブルに言及する一幕もあった。
「いくらなんでも――裏ギャンブルとは」
「ARゲームの民度を疑われるのは、一番やってはいけない事と――ネット上でも言われているはずだ」
「公営ギャンブルでも一定のルールがあってこそ――ルールブレイカーはやってはいけないだろう」
「しかし、ARゲームの芸能人タイアップ機種の話も聞く」
「それこそ一番やってはいけないだろう。何をするか分からないような企業に売り渡すのは!」
様々な声がビスマルクの周囲で聞かれるのだが、それらは一切聞かない事にする。彼女としては、余計なノイズをARゲームに入れて欲しくないという思いがあるのだろう。
その状況下で、ビスマルクの隣に座ったのは――フレスヴェルクだった。思わぬ人物の登場に、ビスマルクの手は震える。
「誰もが望むだろう――炎上しないコンテンツを。しかし、それは完全無欠のヒーローと同じだ。見ていてつまらない――」
唐突な一言を聞いたビスマルクは、彼のアロハシャツを掴みかかろうとするが――フレスヴェルクは、それを払いのけて逆にビスマルクの右腕をつかみ取った。
「貴様――こちらの考えを知らずに、そんな事を口にできるな!」
ビスマルクが逆上する理由は何となく分かる。しかし、察した所で彼女を説得できる訳ではない。
事態を悪化させればネット炎上は決定的であり、それこそARゲームがオワコン認定されかねないだろう。
「どのような言葉で話しかければよかったか? 裏ギャンブル発言を肯定し、引き下がるが? それとも、否定して乱闘騒ぎにするか?」
彼の目を見れば本気度合いが分かる――と思ったビスマルクだが、サングラスが邪魔で分かりづらい。
しかし、フレスヴェルクは何かを感じ取り、掴んでいた右腕は放している。ビスマルクの方は、謝罪のコメントもないが――。
「確かに、ここで乱闘騒ぎを起こしても――パルクールプレイヤーの面汚しと書かれるのが目に見えている」
ビスマルクの一言を聞き、フレスヴェルクも悪い事をしたと感じていた。
ここまでARゲームに何かこだわっていたので、そちら絡みで話をしていたと思っていたからである。
「――すまなかったな」
フレスヴェルクは一言言い残し、その場を去った。彼女に名乗る事もなかったが、ARゲームプレイヤーでもない人間を――と言う意図も感じ取れる。
「ARゲームのパルクールはパルクールではない――その認識は間違っているという事か」
かつて、パルクールとフリーランニングが言い方を変えただけと言う事なのに、過剰な差別化をしようとしている案件があった。
危険なアクロバットはパルクールとは呼ばれない事も――関係している可能性はあるだろうか。
その一方で、パルクールの団体はARパルクールに関して『パルクールと認められない』とも言及した。
一番の理由は安全対策として使用しているARガジェットやユニットの名前をあげ、それらを使うべきではないと提言している。
運営側は『大事故が起きてからでは遅い。ARゲームは、あくまでもゲーム。テレビゲームやVRゲームの様なゲームと同じ』とも発言した。
「結局、周囲の反応を無視しているという事か――」
ビスマルクもレース内容は気になるが、この場は離れるようだ。センターモニターは駅やコンビニ、ARゲームを扱うゲーセンやアンテナショップでも置かれている。
中継を視聴しようと思えば、タブレット端末等でエリア内限定だが配信を利用可能だ。
彼女としては――ARパルクールを知る為にアンテナショップへ向かうらしい。実際、タブレット端末のマップアプリで検索を始めている。
レースの方は何キロ走るのか――と走っているプレイヤーの数人は思う。
特にスタミナには自信がなさそうなシクラメンと赤い甲冑のプレイヤーは――疲れの色を若干見せている。
『やっぱり、中距離か。プレイヤーの平均レベルで考えるべきだったか』
トップになったレーヴァテインは、5キロ辺りの短距離系と考えていたが――実際の距離は10キロとマップにも表示されていた。
そうでなければ、ヒューマノイドモードの様なブーストシステムやガジェットのスペックも生かせないだろう。
中には、1キロと言う超短距離も存在するが――ガジェットによっては30秒もしない内に決着がつく。
それに、これはあくまでもパルクールと言う形で行われている。安全なコースを選択しつつ、距離を何とか――と考えると納得出来るだろう。
単純に数秒決着だとしてギャラリーが楽しめるかどうか、と言う部分もある。
『短距離のスピードレースを題材としたARゲームもあるが――あれでは、出遅れたプレイヤーが可哀そうだろう』
レーヴァテインは現在の最下位である西雲春南(にしぐも・はるな)に対して発言する余裕まであった。
プレイヤーレベルがなかったのを見ると、今回が初プレイだったかもしれないが――マッチングに対する不運は、プレイヤーの責任ではない。
『最下位だったとしても、プレイした事の経験は無駄にならない。それを糧に――?』
余裕を見せようとしたレーヴァテインだったが、順位を見て何かの異変に気付く。
それに、西雲の順位表示以外にもテキストの色が変化しているのは――彼女だけではない。
《シクラメン、ヒューマノイドモード発動中》
まさかの展開――と言える流れになった。西雲に続く形ではなかったが、シクラメンもヒューマノイドモードを発動したのである。
自分の事に集中しすぎた事でプレイヤー同士の駆け引きも分からなかったという事か?
『しかし、5分を経過すればしばらくは使えなくなる。連続使用が出来ない以上――?』
レーヴァテインはふと考えた。自分は、いつから解説者ポジションになったのか?
ヒューマノイドモード自体、自分のARガジェットにも搭載されているし、機能の確認――とも言えるかもしれない。
ランスロットが自滅したのは自分のコース取りが理由なのは分かる。しかし、今度は自分が他のプレイヤーに負けてしまうのか?
『そのようなフラグなど――』
ナビの指示通りに進み、気が付くと5キロ地点に到着しているレーヴァテインだったが、逆に他のプレイヤーが全く追いかけてこない状況に不安を感じ始めた。
ジャミングで他プレイヤーの順位を分からなくする行為を初めとして、第3者がプレイヤーの妨害を行う事は禁止されている。それでも、彼は本当にトップなのか――?
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