始まりを告げる世界


 午後1時55分、隣でセンターモニターを見ていたプレイヤーが動き出す。

どうやら、彼の出番が来たようだ。西雲春南(にしぐも・はるな)はプレイヤーが移動したのに気付く事無く、モニターの映像に集中している。

次のプレイヤーの動きは、先ほどよりはマシと言うレベルで――ARゲームを知らない人間からすれば、どんぐりの背比べでしかない。

 西雲は言葉を発する事無く、中継を注視している。周囲のプレイヤーの中には雑談をしている者もいるのだが――。

《まもなく出番となります。該当プレイヤーは準備をお願いします》

 西雲のバイザーにはメッセージが表示される。その内容は出番が近いという事らしい。

該当するプレイヤー全員にメッセージが届いているという事は――西雲の隣に座っていたと思わしきプレイヤーも該当する可能性があった。

《時間内にスタート地点へ現れない場合、別のプレイヤーに順番が回りますのでご注意ください――》

 このメッセージは順番を取っただけのプレイヤー対策だろうか。今の西雲には関係ない話と思うが、無関係と言う訳でもない。

別のプレイヤーが仮に強豪だったら、プロゲーマーだったら――自分がボロ負けする可能性だってありえる。

ARゲームは基本的に同レベルプレイヤーとのマッチングが原則だ。しかし、ランダムフィールド・パルクールはそこまで考慮されていない。

つまり――レベルに大差があったとしてもマッチングが成立する。この辺りは異例中の異例――イレギュラーかもしれないだろう。



 2分後、西雲はエントリーしたエリアからは100メートル離れたスタート地点へと到着する。

そこには船客と思わしきプレイヤーが待っていた。その内の一人は自分と同じインナースーツ姿だが、上半身は赤色の甲冑を装備している。

彼の方は西雲が到着したと同時に振り向いたが、すぐにスタートラインの方に視線を戻す。

「これで全員か――向こうにも3人配置された事で、6人全員は揃ったが」

 もう一人の男性は、自分と同じ位の身長だろうか? 外見はインナースーツではなく、白衣にジーパンと言うミスマッチにも見えるような服装をしている。

確かにインナースーツを着用して集まるようにとは明言されていないのだが、向こうは手の内を開始直前まで隠している可能性もあった。

この男性は視線を別の大型モニターの方に向けているが、モニターと言うよりはCGで作られたバーチャルモニターと言うべきか?

実際、商店街に近いような場所で大型セットを配置すれば――近隣住民からのクレームも出るかもしれない。それを踏まえて、CGで作れる物はCGで作るという方針なのだろう。

 別のスタート地点にいるのは、女性2人と男性1人――こちらの配置とは逆だ。しかし、男性プレイヤーの方はボード型のガジェットを既に用意している。

形状こそは自分が使う物と似ているが、向こうは銃を組み合わせたようなデザインをしているのが違う箇所だろう。

《スタート1分前です。プレイヤーはARガジェットを起動してください》

 メッセージに1分前の指示が出ると、白衣の男性は、ベルト型のARガジェットを展開した。おそらく、これが彼のガジェットなのだろう。

向こう側のプレイヤーも、西洋剣、SF系ブレード、マイク型ガジェットを構え――。

「アーマー装着!」

 唯一の男性プレイヤーは、ブレード型のARガジェットを天にかざし――頭上に出現した魔法陣から放たれた光と共にアーマーが装着された。

その様子はファンタジー系の騎士を連想させる――と言うよりも、一昔の物よりもWEB小説で流行のタイプなのだろうか?

『ブレイブファイター・ランスロット!』

 プレイヤーネームはランスロット、パルクールレベルは10と表示されているが――数値だけでは測れない物もある。

実際、西雲が今まで見ていたレースはパルクールレベル50以上も――姿を見せていたから。ミカサに関してはレベルを気にしていない時期だったので、正確なレベルは分からない。

「私の歌を――届けたい!」

 インナースーツ姿になった女性プレイヤーは、マイクを握ってワードを叫ぶと同時に光に包まれ――アイドルアニメのような衣装を身にまとっていた。

コスチュームを装着するまで、わずか1秒――ある意味でも早着替え以上に衝撃的と言える。正直言って、西雲もドン引きした。

超有名アイドルのコスプレであればARゲームのガイドライン的には失格となる。それをクリアしている以上は、特に版権的なアイドルではないのだろうか。

『花歌手(フラワーアイドル)、シクラメン!』

 台詞を聞いて、西雲は一安心するが――それを聞いて若干頭を痛めているのは、赤い甲冑のプレイヤーだ。

彼が何に対して不満なのかは知らないが、それに対して自分が文句を言える立場ではないので――彼の方は見ない事にする。

「勇気の力を!」 

 最後の女性プレイヤーは、西洋剣を突如として道路につき刺す。道路を破壊してどうする気なのか――と白衣のプレイヤーは思う。

しかし、西雲は表情をひとつ変えることなく――彼女のARアーマーが装着される様子を見極めた。そして、何かを確認するかのように右手の指を鳴らす。

『光の勇者――ハンゾウ』

 まさか過ぎる名乗りに赤い甲冑のプレイヤーは笑いをこらえている。考えている事は分かるが、元ネタはそちらではないだろう。

この様子を別のギャラリー席から見ていたスタッフの一人も興味深そうにデータを取り始める。

『彼女は、あのWEB小説の――』

 西雲はハンゾウと言う名前とアーマーが忍者っぽくない点で、ある人物を思い出す事が出来た。

過去にネット炎上に関与した人物が、ハンゾウと名乗っていた可能性もあるが――その時の記憶は曖昧すぎて即座に思いだせない。

ネット上のログも書きかえられていたり、特定勢力が回収している可能性だってある。何処とは特定できないが――。



 西雲のいるフィールドでも、アーマー装着を行っていた。ただし、赤い甲冑の人物は既に装着済みなので、動作は何も――?

《疾風怒濤》

 次の瞬間、CGで出来たと思われる旗が彼のバックパック部分に展開されたのである。その文字は四字熟語を単純に表示しただけとは思えない。

《戦国最強》

 旗の文字を見て、白衣のプレイヤーが少しだけ動揺をする。西雲は眉ひとつ動く事はない。

どうやら、赤い甲冑だった事にも若干の意味があった。単純に赤と言う事で通常の3倍の強さ的なネットスラングではなく――。

「変身!」

 白衣のプレイヤーは、特撮のヒーローを思わせるようなポーズを決めた後にベルトを起動させ――インナースーツとARガジェットを同時に装備していく。

ARゲームでも特撮ヒーローチックなバトルを題材とした物は存在する。しかし、それをパルクールに持ち込もうとしているのは何故か?

『パワードフォース・レーヴァテイン!』

 パワードフォースと言えば、ネット上でも知名度のある特撮番組だ。レーヴァテインは――1年前の作品だろうか?

自分も特撮知識は皆無に近いのだが、これは正直言って予想外である。権利関係は大丈夫なのか? 向こうの花歌手と同じ位に不安要素はあった。



 西雲の方は、ARアーマーを通常に展開し、その後は――と思ったが、肝心のボードがない。

『パルクール・ガジェットが出現します。周囲のプレイヤーの方々はご注意ください。繰り返します――』

 大音量のサイレンが鳴らされたと思ったら、西雲の目の前には高さ2メートルに近い大型のコンテナがテレポートで出現したのである。

出現したと思ったら、次の瞬間にはコンテナの形状が変形し、そこから出現したのはブレード型のボード――あの時に目撃したアレだった。

『パルクール・ガジェット――そう言う事か』

 赤い甲冑のプレイヤーは、西雲が呼び出したガジェットを見て興味をもったらしい。単純に初心者プレイヤーと考えるのは――間違っていた、と。

『なるほど――』

 レーヴァテインに変身したプレイヤーは、少しだけガジェットを見たのだが――すぐにスタート地点に視線を戻す。

《プレイスタートまで、残り30秒――》

 まもなく、西雲が想像できないような体験が始まろうとしているのだが――彼女には何も見えていない。

まるで、目の前が真っ暗になったような――あるいは極度の緊張で動けなくなってしまったような――。

《プレイスタートまで、残り10秒――》

 遂にカウントダウンが始まる。9、8、7――とカウントは進むが、西雲は気が動転したかのように――動けない。

5、4、3――ようやく、西雲が周囲の状況を確認するが――もう遅い。2、1――この頃にはスタート地点に視線を向ける。

他のプレイヤーはスタートの体勢を取るのだが、西雲は体勢が取れていない。フライングと言う概念はないと思うが、この段階で慌てるのは負けフラグだ。

《ランダムフィールド・パルクール、ステージスタート!》

 他の5人がスタートと同時に走り出すのだが、西雲はスタートから5秒遅れる形でボードを起動させ、先頭のプレイヤーを追いかける。

しかし、スタートと同時に走り出したプレイヤーは――既に200メートルを通過していた。これが長距離走などであれば致命的な差とも言えるだろう。

ランダムフィールド・パルクールでは、1キロの大差があったとしても逆転は可能――そういう都市伝説が存在する。

「さて、あのプレイヤーが何処までの実力を出せるのか、試してみるか」

 アロハシャツに赤色のセミロング――その外見は、とある特撮に登場した人物を連想させるが、それを周囲が指摘できる状況ではない。

そんな中にいたフレスヴェルクは、西雲に何か秘密があるのではないか――中継映像をコーラのペットボトルを片手に観戦し、そう思っていた。

仮に色々と考えていたとしても、そこまで深く突っ込むようなギャラリーが周囲にいるとは思えない。ネット上の動画サイトやゲーマーズカフェ等で視聴していないので、それは尚の事である。

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