罪の代償

サーナベル

第1話

教師は頼りにならないとは、子供の戯れ言だと思っていた。斎藤由麻(サイトウユマ)自身子供であったが、少しは教師を大きく評価していた。子供の目から見た大人は絶対だ。何でも知っていて、辛い時は頼りになる。

由麻の両親は離婚していた。不良の母親を孕ませた父親が激昂して何とか流産させようとトンカチを振り回し、殺人未遂罪で捕まった。そこから離婚届けに判を押すまでの手順はトントン拍子だった。父親は一時しか母親を愛していなかったのだ。

幼い由麻は自分に父親がいないのを本気で山に芝刈に行ったっきり帰って来ないという母親の嘘を鵜呑みにして、目をキラキラと輝かせたまま、母親の痩せこけた顔を見つめていた。

母親はミシンでボロ切れの布を縫いながら、言う。

「そうだよ。お前の父さんがお前を見捨てる訳ないじゃないか。憎たらしいぐらい可愛いお前を」

由麻は幼い心で捻じ曲げられた愛情を受け止めた。

「そうだね、母さん」

母親はしばらくの間を置くと、ミシンを止めて、由麻を軽くシバいた。

「お前の母さんなんかやってられないわ。もう嫌なのよ」

由麻は微笑んだ。大人の思考回路が全く読めていなかった。それどころか全人類の思考回路に違和感を感じた。

「休憩するといいよ、母さん」

母親は化け物を見る目で由麻を見た。

その気配さえ由麻には不可思議な様子にしか映らなかった。


中学2年生にもなると由麻にも母親と同じ不良の血筋が堅実に現れてきた。

新築の小中高合併の学校の廊下をバケツを持ったまま走り回る。

田舎にある唯一無二の学校だった。

バケツの中には溢れそうな汚水がタプンタプンと揺れる。これは言わば、ゲームのようなものだった。クジで運ぶ掃除用具を決め、高校生の所まで嫌がらせに持って行くというものである。

榊原則友(サカキバラノリトモ)がモップを天井に付けて由麻の跡を追った。

「由麻が現在1位!!」

高島夏生(タカシマナツオ)と新城夜月(シンジョウヤヅキ)が大急ぎでチリトリやホウキを持って走り、バカ笑いする。

則友と夏生と夜月は由麻の悪友だ。

何度も教師を困らせては、教育委員会に報告が行っていた。多くの大人が思ったことだろう。親は何をやっているのだ。ボロ切れの布でも縫っているのか。

生憎、由麻の母親はまた男遊びに夢中になり出した。

「母さんね、山で父さんを見つけたの」

もう由麻は純粋な子供ではない。母親が毎晩、何をやっているか知っていたし、本当の父親は刑務所の中で芝刈していることも知っていた。


悪に染まりつつある少年達は高校生のイジメられっ子の机に汚水を浴びせ、モップとホウキとチリトリをゴミごと机の上に置いた。

あーさんというあだ名の高校生がターゲットになっている。名前のどこにも『あ』という言葉は見当たらない。よく「あー」と口癖で口について出るため、多くの者がバカにしてかかっているのだ。発達障害ではないかよく議論される。

「あーのヤツ、また『あー』で済ませるんだろうよ」

グループの主導権を握っている野性的な則友がせせら笑いながら、あーさんの鞄に汚れの付いたモップをかけた。

由麻はケタケタ笑う。自分でも何が面白いのか分からなかった。

「泣いたらいいのにな」

熱血漢の夏生が由麻の言葉に不思議そうに首を傾げた。

「泣いたらやめてやるのかよ?」

夜月は長身クール系のモテ男感を醸し出しつつ、夏生に答えてやる。

「俺達には玩具が必要だ。ただそれだけなんだよ」

グループの中で1番小柄な由麻は考えた。あーさんが卒業したら、寂しくなる。先公の前でなら、あーさんのために泣いてやるのも手だ。少なくともあーさんの物失くし癖が自分達の仕業だと分からなくなるだろう。

次のターゲットは中学1年生のウスノロと決めていた。あーさんとはまた違ったタイプのいじめられっ子だ。何よりリアクションが面白い。ウスノロの癖にヒステリー持ちなのだ。

「俺に構うな!!」とキンキン声で喚き散らす。もちろん、助ける友達がいなければ、親からも教師からも見放されている。それぐらい醜悪で煙たがられる少年だった。

あだ名を『Mr.ジョン』と言った。今時珍しいジョニーデップの大ファンで将来の夢はジョニーデップになることと答えた大馬鹿者だ。

あーさんとMr.ジョン、どちらもイジメられて当然なぐらい子供社会は侮れない。

あーさんの机を蹴飛ばし、則友は奇声を上げて、言った。

「今度は一番最後に帰って来たヤツが100種ビーンズのミミズ味な」

由麻は展開を予想して、既に走っていた。則友は他者平等に残酷だ。自分に都合が良いように全て持っていく。独裁者のタイプだ。

高校生から中学生の廊下は距離がある。その上、1階の右と2階の左で校舎内にあるべき教室がぎっしりと詰まっていたため、途中、巨体のあーさんとぶつかった夜月がミミズを食べることになった。

「トロイんだよ。脳無し野郎が」

夜月はいつも女の子の視線を気にしている。特にその場に中学生の女の子一可愛い神奈リオ(カンナリオ)がいたため、暴行事件に発展しなかったものの、小声であーさんを脅迫するのを忘れなかった。

「明日、絶対殺す」

あーさんは巨体を震わせて、何も言わず立ち竦む。口癖も忘れる程の恐怖を味わっているようだった。

イジメにもレベルがある。可愛がるイジメと自殺を望むイジメでは天と地の差だ。由麻の学校では比較的女子は大人しかった。

女の子もタフなら、生きていけるだろうし、それを言ったら、男も鈍感なら何をされても生きていけるだろう。

由麻は100種ビーンズのチェリー味を食べながら自分は自殺を選ぶことができるか考えた。

確かに由麻はただの付き添いだ。多少、顔が良いから則友に入学式から気に入られただけであって、本来、人知れぬ所で読者するのが似つかわしいことぐらい自覚していた。

人の心が読めない。だから、本で知るしかない。

則友と友達になってから、人間観察能力が圧倒的に低下した。進路に響くが、あの小汚いババアが心配する問題でもない。

自分自身が決めることだ。自殺も進路に入って来る。

ただ由麻の人生はまだ上手くいっていた。あるいは、由麻の密かな自殺願望は予兆だったのかもしれない。則友と夏生と夜月は由麻にないものを持っていた。仲間意識の欠落とでも言おうか。

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