第五章 千歳緑色の心

 一之瀬美咲いちのせみさきが集会場へ行くと、既にあげは会の集会が始まっていた。正式にあげは会に所属している面子のほとんどが参加しているようだった。

 数人、色式士ではない町の住民もいた。ついに、あげは会が計画していた色式士協会への強襲作戦が決行されると噂が広まっていたせいだろう。彼らはあげは会の思想に賛同しているため、協力する気のある人たちだ。

 美咲は正直、一般市民を巻き込むべきではないと思っているのだが、あげは会の頭である下田啓生しもだけいせいが許可しているため、何も反論することができなかった。


「我々は力で押さえつけるような協会のやり方に、異議を唱える」


 下田が声高らかに宣言する。

 美咲は両腕を胸の前で組みながら、壁にもたれるように立ってその様子を見つめていた。

 季野吉之きのよしゆきが地下都市メイで暴れていたことを、風の噂で聞いた。それはこの場にいるほとんどの人間が知っている話だろう。おそらくは、協会側にもその噂話は伝わっている。

 噂が真実ならば余計なことをしてくれたものだと、下田は愚痴っていた。

 吉之がメイでしでかしたことは、あげは会にとって大きな損害だった。あげは会は色式士を闘技場に斡旋して報酬を貰っていた。もちろん協会の許可などもらっていない。

 闘技への参加権は、大きく分けて二つあった。ひとつは協会から正式に闘技場の参加者として登録すること。そしてもうひとつがあげは会から非公式に闘技場の参加者として登録することだ。闘技場側からすれば、どの色式士も色式士であって公式も非公式も関係がなく、両方を受け入れていたわけだ。

 それが数日前に突然手紙がきて、今後はあげは会の人間を参加者と認めないと書かれていた。何故かと問う手紙を送ったが、未だに返事が来ていない。それが答えであることは察する他なかった。あげは会は、闘技場から切られてしまったのだ。

 噂では、吉之が暴れたせいで貴族たちが闘技場を見限ってしまったとか。そのせいで試合の主催者であったエンガ氏が落ちぶれてしまったとか。

 あげは会でも運営費が必要だ。ある程度の自由は保証されているが、やはり金は必要だった。あげは会は協会と違って収入源がほとんどない。依頼があれば色式士を派遣して報酬を得ることは必要だ。それがひとつ潰れたのだ。たったひとりの色式士によって、潰されてしまったのだ。憤りを感じるのは当然だろう。

 美咲は吉之を待っていた。地下からいつ戻ってくるのかわからない吉之を。そもそも戻ってくるかどうかすらわからない吉之を。この一か月半の間待ち続けた。だから彼を偶然見つけたとき、美咲は嬉しかった。あげは会に戻ってきてくれることを期待した。

 美咲はあげは会に戻ってくれば吉之は許すとの下田の言葉を信じた。それなのに。吉之はあげは会に戻らないと言った。新たな目的のために今は戻らないと。すぐに戻ってきてくれたならば、下田は言葉通り吉之を許してくれたはずなのに。

 美咲は吉之のことをよく知っていた。だから戻る気がないと言われたとき、すぐに諦めた。彼が一度決めたことをそう簡単に曲げる人間ではないことを、わかっていたからだ。

 美咲が吉之のことを下田に伝えると、下田は深くため息をついた。そしてついに協会にケンカを売ることを決断した。そうしなければいけなかった。あげは会存続のために。

 いずれそうするつもりではあったが、今までそうしなかったのは、互いが互いのなわばりに立ち入らないことが暗黙の了解だったからだ。

 色式士協会とあげは会は平行線なのだ。

  鬼という共通の敵に対して、やっていることはまったく同じである。本来ならば手を取り合うべきだった。齟齬が生まれなければ、上手くいっていたはずだ。


「今こそ立ち上がるべきだ。作戦決行は明後日。未明。各々準備しておくように。以上だ」


 下田は必要最低限の情報だけを告げて、集会を終わらせた。

 あげは会の自由すぎる面子をまとめるのは至難の業だということを、本人もわかっている。だからあえて詳しい作戦も語らず、個人に任せる形にしていた。

 下田は責任を取らない。形だけの頭領であることを、みんなが知っていた。だから誰も文句は言わないし、下田のせいにはしない。

 あげは会の人間にとって、下田は恩人である。自分たちを拾ってくれたという恩がある。

 勿論、美咲にとってもそうだった。


「ひと思いに殺しちまえばよかったのに」


 不意に隣から、そんな声が聴こえてきた。

 集会は終わり、人が散り散りになっていた頃だった。

 美咲は声の主のほうを見る。

 そこに立っている猫背の男。無精ひげを生やし、いつも目に隈を作っている。顔色はいいとは言えない。あげは会の序列第三位。村瀬朋依むらせともより

 美咲は何も言葉を発さなかった。村瀬とは口を利きたくない。


「お前さんお得意の紫色式で。ああ。無理か。お前さん。第五位とはかなり親しかったみたいだし」


 村瀬は煽るように言って、ひゃっひゃと不気味な笑い声を出した。

 美咲は村瀬のそういうところが嫌いだった。


「情でもわいたか」


 村瀬の言葉に、美咲は息を吐く。


「そんなものがあれば、逆に殺していたわ」


 仕方なく発した美咲の言葉に、村瀬は笑う。


「それもそうか。下田さんがあいつを見逃すわけがない」


 村瀬の言う通りだった。おそらく彼でさえ、下田に殺されるより、美咲に殺されるほうを選ぶだろう。下田は残酷な殺し方をするけれど、美咲は違うからだ。


「だが、下田さんの手を煩わせるのもなんだな。いっそのこと俺がやろうか」

「待って」


 村瀬の言葉に、美咲は思わずそう返していた。


「何を待つんだ?」


 村瀬の瞳が、怖かった。その何かを見通そうとしてくる茶色の瞳。美咲の考えていることなどすべて彼に筒抜けなのではないかと疑いたくなる。

 美咲は右手で軽く自分の額を触りながら言う。


「お願い、待って。気になることがあるの」

「何が気になるんだ」

「あなたには関係ない」


 美咲は村瀬に向かって首を横に振った。

 それこそ個人的なことだった。

 美咲は思い出していた。吉之と一緒にいた二人を。あの二人は何故、吉之と共に行動しているのだろう。ずっと疑問だった。メイで、本当は吉之に何があったのだろう。

 美咲は吉之が何をしにメイヘ行ったのか詳しくは知らない。それを聞かないことが手引きする条件のようなものだったからだ。吉之がどうしてもと言うあの必死な表情を今でも鮮明に思い出せるのに。彩へ戻ってきた吉之は、毒気が抜けたような感じだった。

 当初の目的を達成したから? いいや。それだけではないような気がする。それに、新たな目的が出来たと言っていた。一緒にいた二人が何かありそうではある。


「ま、それはそうだ。俺には関係がない。あいつがどう死のうとな。だからあんたも好きにすればいい。俺もそうする」


 じゃあなと付け足して、村瀬は去っていった。

 村瀬は何を考えているのかわからないなと。美咲は思った。彼と初めて会ったときからそうだった。だから美咲は村瀬には叶わない。

 美咲が第四位でくすぶっているのも、美咲が村瀬に力でも知恵でも負けているからだ。腹立たしい。


「さて、と」


 立ち止まっていても仕方ない。と思いながら美咲は歩きだす。

 確かめにいかなくてはいけない。あの三人がどこへ向かっていて、何をしようとしているのかを。

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