この銃を再び手にすることなど、ないと思っていた。シノグの手は未だに震えている。

 この銃は特別製だ。色式を展開できるように改造してある。そのため銃弾も必要ないし、シノグの色の力に調整してあるので、シノグ以外の人間には使えない。シノグの編む色式を動力にして銃口から色式を展開、発砲という仕掛けになっている。

 銃の改造をしたのは他でもない、ヒイラギ先生である。元々はお守りとして地上から持って来たものであり、銃弾は入っていない。それは確かなことだ。だから本当に撃つことになるとはシノグも思っていなかった。

 ヒイラギ先生が、この銃の改造を提案したのは、彼が亡くなる数週間前のこと。ヒイラギ先生の頭の中ではもう、改造の完成図が出来上がっていたらしく、一度銃を分解しシノグの力との調整をしつつ部品の強化をした。

 

「吉之くんの力を信用していないというわけではないんだ」


 とヒイラギ先生は言っていた。

 ただ、いざというときのため。彼の助けになれるように少しでも何かしたかったのだと。

 でもそれをするのは。決めるのはシノグ自身だった。

 シノグとしては、吉之の助けなどしたくない。これは、シノグがカナタを守るために使うものだと思っている。

 だから吉之が鬼に呑み込まれそうになった時、シノグは迷いなく撃った。青色式を銃を通して展開した。色式は銃弾の代わりに鬼に向かっていき、そして鬼の全身を凍らせた。

 吉之が鬼にとどめを刺し、安堵したのは束の間だった。彼は気づくのに遅れたが、シノグはすぐに視界にとらえることが出来た。そこに誰かがいた。

 シノグは気を緩めることができない。

 吉之の反応を見るに、その誰かは、吉之の知り合いだ。つまり、あげは会の人間の可能性が高いとシノグは思った。


「あんた、もしかして最初から見ていたのか」


 そう言った吉之の表情はいつになく硬かった。


「ええ。一部始終をね。あなたが食べられそうになっていた時は、手を出してしまおうかと思ったのだけれど。そこの彼も色式が使えたのね。驚いたわ」


 誰か。吉之が一之瀬美咲と呼んだ彼女は、そう言った。


「え?」


 美咲の言葉に、吉之が眉をひそめた。


「あら。もしかして知らなかったの」

「ああ。きいていなかった」


 吉之がシノグのほうを向く。


「言っていないですからね」


 シノグは息を吐くように言った。


「あたしもびっくりしたんだけど」


 隣にいるカナタが言う。


「驚かせてすみません。奥の手でしたから」


 銃を構えたまま。その手を震わせたまま、シノグは美咲を見ていた。彼女は、涼やかな顔をして、こちらを見ている。


「ねぇ。あなた、その銃を下ろしてくれないかしら。私は何もしないわ」

「信用できませんね。吉之の知り合いなら、なおさらです」


 美咲の要求を、シノグは一蹴する。


「そう。つまりは、吉之の事も信用していないということね」

「完全には、否定できません」


 シノグは頷いて言った。


「いや、そこは否定しろよ」 


 吉之は不服そうだった。


「先ほど鬼に喰われそうになっていた人は、どこの誰でしょうね。僕が凍らせていなかったら、どうなっていたことか」

「あー、もう。すみませんでした。助けてくれてありがとうございました」

「別に吉之のために撃ったわけでもありませんがね」

「あんたなぁ……」


 シノグの言葉に、吉之が頭を掻いた。

 美咲が右手で口元を隠しながら、くすくすと笑う。


「それで。鬼退治が終わったのに、あなたがまだこの場にいるということは、僕たち。いや、吉之に何か用でもあるのですか」


 確信をついたのか、美咲が笑うのをやめた。


「そうね。吉之には言いたいことが山ほどあるわ。あなたたち、見たところどこかへ行く途中みたいだけれど、時間はある? どこかゆっくり話せる場所へいかない?」


 美咲の提案に、シノグはもちろんのこと、吉之も顔をしかめた。

 カナタは状況がのみこめていない様子だったが、口を挟む雰囲気でもないことを察しているのか黙ったままだ。


「あげは会の本部に連れて行く気か」


 吉之が美咲に尋ねた。


「いいえ。一緒に茶屋にでも行かない? って誘っているのよ」

「何故だ。こちらは、あんたと話すことなんてないし、急いでいるんだ」

「まぁ、冷たい。じゃあいいわ。ここで」


 吉之が、シノグに視線を向けてきた。首を微かに振る。銃を下ろせと言いたいのだということを、シノグは察した。 

 渋々、銃を懐へしまう。それを見た美咲がほほ笑む。


「ありがとう。そうね。そのほうが話しやすいわ」

「手短に話せ」


 吉之が言った。


「単刀直入に言うわ。吉之。あげは会に戻ってこない?」


 そう言った美咲の目は、真剣だった。

 シノグとしては、予想外の言葉ではなかった。少し考えればわかることだ。おそらく吉之自身も、わかっていたことだろう。


「断る」


 一刀両断。という言葉がふさわしいほどの回答だった。


「どうして? 目的はもう終わったのでしょう」


 美咲が顔をしかめる。

 吉之が今、この場にいること。つまり彩にいるということは、そうなのでしょうと言わんばかりの目で美咲は吉之を見つめていた。


「新たな目的が出来た」

「新たな目的って何よ。それは、その人たちと一緒にいることに関係しているの?」


 美咲の質問に、吉之が頷いた。


「そうだ」

「誰のおかげで、メイに行けたと思っているの」


 美咲がそう言いながら、嘆息をもらした。


「それは、感謝している。だがそれとこれとはまた別の問題だ」


 吉之は譲歩するつもりがないようだった。


「どうするつもりなの」

「どうもしない。目的が無事に達成出来たときに、また考える。とにかく今は戻る気はない。あんたたちに協力はできない」

「そう……。わかったわ」


 美咲は意外にも、あっさりとそう言って引いた。


 どうやら吉之は、正式にあげは会を脱退するつもりはないようだ。ただ今は、シノグとカナタに協力すると決めているので、あげは会には戻らないと言いたいらしい。


「話は終わったな」

「あなた、前からそうだったものね。頑固で、自分の意見を絶対に曲げない。そして執念深い」

「俺のことをすべて理解しているつもりだろうが、お前は何ひとつ理解していない」

「そうね。そうみたいだわ」


 吉之がそのまま何も言わずにまた歩き出したので、シノグとカナタは慌ててその後を追う。

 吉之と美咲の間には、何かがあったのかもしれないとシノグは思う。

 気になって振り向くと、そこに取り残された美咲は後ろを向いたまま立ち尽くしていた。彼女が今、何を考えているのかシノグにはわからない。わかりたくもなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る