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あげは会の拠点は、ひとつの小さな町の中にあった。
その町はあげは会の頭である
吉之はかつて色式士協会の運営する色式士養成学校の生徒であった。特別仲の良い同級生などおらず黙々と力を身につけていた。当時の吉之には、地下へ降りるという目的しか見えていなかったため、そこをばっさりと捨て去ることは容易にできた。
学校を卒業後、吉之がまずしたことと言えば、紋章を捨てることだった。吉之は地下へ降りる資格を手に入れることができればそれでよかったのだ。協会の思想など煩わしいだけのものだ。その点は、あげは会に入る理由には十分だった。
吉之はあげは会に出された条件をのみ、長い長い戦いをした。
その数およそ三十人。吉之が殴り飛ばした人数だ。戦いの果てに。吉之はあげは会に入会する権利を手に入れた。
最後は序列四位に殺されかけたので、吉之の順位は五位におさまったのだ。
あげは会に入ってからの吉之はすぐに地下へ降りたので、地上で吉之のことを知っている色式士は、あの場にいた色式士全員だろう。
できれば帰ってきたくなかった。
吉之は帽子を深くかぶり顔を隠していた。町を歩いている途中、市場を見つけて吉之とシノグとカナタはそこに立ち寄ることにした。
小規模な市場だが、品揃えは中々によかった。決して人は多くなかったが賑わいを感じる。
野菜や果物が並ぶほか、雑貨なども売られている。中でも色が残っている物は高値で取引されていた。鬼に喰われた後のものを食べるのは気が引けるが、仕方がない。味は問題ないのだ。美味しいものは美味しいし、まずいものはまずい。ただ一つ言えるなら、人は色で味覚を感じることがある。やはり色のあるものはないものよりは美味しい。だから市場で売られているものよりはいいもの。鬼が入ってこないように工夫されている温室で育てている野菜や果物は地下へ運ばれているとの噂があった。
「ほれ。まずは腹ごしらえだ」
吉之はカナタとシノグに向かって、たった今購入した林檎を放り投げる。シノグは難なく受け取ったが、カナタは慌てながらそれを何とか受け止めると、色が半分残った林檎をまじまじと見つめていた。
「これ本当に食べられるの?」
「食える。ちなみに色のある部分のほうが美味い」
吉之はそう言ってから、もう一つ購入した林檎を色のないほうからかじってみせる。
シノグは色のない林檎を見ることに対して珍しいという感覚がないようなので、吉之と同じように普通に食べ始めた。
カナタだけが、それを見ておそるおそる色のない部分を一口だけかじった。
「なんというか、美味しくないわけじゃないけど。林檎を食べた気がしない」
カナタはそう言って顔をしかめていた。
「な。地下育ちのお前には口にあわないだろうし、色のあるところだけ食っとけ」
吉之は、いつぞやに食べた地下の林檎を思い出す。いや林檎に限らず、やはり地下の食べ物はすべて美味しかった。
「僕も久しぶりに食べましたが、メイの食事が懐かしく思えてきます」
シノグがそう言って息を吐いた。
まだメイを発って一日も経っていないのに、おかしな話だ。それだけ地下都市メイが理想的な街であったのだろう。
あの街ほど豊かな場所は、地上都市彩にはない。
すべて壊れた。壊れてしまった。
一時期、地上では蒸気機関が発達していた。そこら中の建物から蒸気の煙が立ち上っていたことがあるらしい。今もその名残がある。
地上都市全体で見ると放置されて古くなった建物の多くは瓦礫と化しているが、まだ人が住んでいる地域。家や工場の煙突は使用されている。一時はこの空をすべて覆うかのように排煙が広がっていたが、今は雲の隙間から青空が見えるくらいには減ってきている。
しかし鬼を完全に排除しないことには、これ以上の発展はないだろうと言う者もいれば、色式の力でなんとかなるのではないかと言う者もいる。どちらにせよ。メイのように豊かで煌びやかな街になることはないだろう。それゆえに、地上の人間は地下に憧れる。すべての夢が詰まった世界なのだ。
吉之は林檎を食べ終えると、がま口財布を少しだけ開けて中身を確認する。正直、吉之自身の金はあまり持っていない。林檎三個の代金を引いて残りの通貨は五枚。あとはヒイラギから預かっている地上の通貨をあてにしている。おそらくそこから馬車の代金を捻出することになる。泊まる宿代まで出せるかどうかはわからない。野宿という手もあるが、カナタがいるのでそれは避けたほうがいいかもしれない。
そこまで考えて吉之がカナタのほうを見ると、彼女はゆっくりと味わうように林檎を食べ続けている。色のある部分だけだったが。
「美味いか?」
なんとなく、吉之は尋ねた。
「色のある所はね」
とカナタは言って、はにかむように笑った。
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