ヤナギ駅から養成学校へはおよそ二日かかる。移動手段は徒歩。途中で馬車を手配するつもりだ。というのも学校のある街へ行くのに、途中であげは会の連中の拠点近くを通る必要があるからだ。

 吉之の説明に、シノグは尋ねる。


「そこを避ける道すじはありますか」

「ある。が。そこを通らず遠回りしようとすると、失われた土地と呼ばれている場所を通らなければいけなくなる」

「失われた土地って?」


 吉之の少し後ろを歩きながら、カナタが尋ねる。


「鬼に襲われて捨て去られた建物が並ぶ場所だ。今や陸地の半分は失われた土地だ。厄介なのは、ゼロの塔があるときわ大森林に行くのに、失われた土地を通らないといけないことだ。あそこは建物の劣化が進んでいて瓦礫だらけで歩きにくい。それに鬼が出る可能性がある」


 吉之が彩のことを何も知らないカナタに、丁寧に説明した。


「でも、先生はそこを通って塔に行ったんじゃないの」


 ヒイラギの話を思い出したのか、カナタが首を傾げた。


「先生が調査していたのが、その失われた土地ですからね。僕のいた村も、人が残っているかどうか……」


 カナタの隣を歩いていたシノグは、浮かない表情で言った。シノグと両親が鬼に襲われたとき。近隣の村や町は襲われるのも時間の問題という状況にあった。

 陸地の北側はもうすべて失われていて、ゼロの塔、ときわ大森林を挟んで南側の陸地はまだ安全であった。鬼たちは北側から徐々に、長い時間をかけて食事しているのではないかと考えられていた。

 吉之の話を聞く限り。残っている土地は、このヤナギ駅周辺とあげは会の拠点周辺。そして色式士協会の管理する色式士養成学校周辺の朝伎という名の街ぐらいのものだろう。

 ヤナギ駅を出て数分が経っていた。シノグと吉之とカナタはとりあえず歩くことにした。先頭は吉之で、その後ろをシノグとカナタが歩いていた。

 シノグはマントの隙間から右手を出し、後ろ頭を掻いた。メイを出る時、彩では目立つと思ってワイシャツの上からマントを羽織った。カナタにもワンピースの上にマントを着せた。本人は嫌がっていたが、なんとか説得した。

 シノグはカナタに、人前でマントを脱がないようにと言った。守らないと身ぐるみをはがされる可能性があると言ったら、渋々着てくれたのだ。 

 分かれ道が見えてきた。


「学校へ行くのが先決だろう。どうする。あげは会の拠点の近くを通るか? 出くわす可能性があるから俺は勧めないが」


 と吉之が少しこちらを向きながら、困った顔をして言った。


「あげは会の色式士と鬼。出会うならどちらがいいかという話になりますね」


 シノグも眉をひそめる。


「どう考えても、色式士だな」

「僕も同意見です」


 吉之の言葉に、シノグはそう言って頷いた。

 問答無用で襲ってくる言葉の通じない鬼より、人間の色式士と対面するほうが何倍もマシだとシノグは思った。


「じゃあ、あげは会の拠点の近くを通る道で決定だな。どちらにしろ学校へ寄ってからまた鬼がうろうろしている場所に行くんだ。危険な時間はできるだけ短いほうがいい」

「ええ。そうですね。あげは会の色式士に出会ってしまったとしても、あなたの知り合いかもしれませんし」

「いや。知り合いというか。俺のことを知っている奴は山ほどいるだろうな」

「どういうことですか」


 吉之の言葉に、シノグは思わず立ち止まる。それに気づいて「シノグ?」とカナタが振り向いて同じように足をとめた。少し遅れて吉之も歩くのをやめてシノグとカナタの方に身体ごと向いた。


「――あげは会には序列があるんだ。それで俺は一応、第五位なんだ」


 吉之は言いづらそうにしていた。


「その序列って、強さ順ですか」

「当たり前だろう。それ以外に何がある」

「いえ。だとしたら程度がみえるといいますか。あげは会には吉之より強い色式士が四人しかいないという事実に驚いただけです」

「どういう意味だ。それ」

「分からないならいいです」

「ああ? やんのかこら」

「急に柄悪くならないでください」


 睨みつけてきた吉之に対してシノグがそう返すと、カナタが「ふふっ」と笑った。


「なんで笑うんですか」


 シノグはカナタに向かって顔をしかめた。


「仲いいなって思って。あたしがいなくなっても安心だなって」


 カナタの言葉を、シノグは受け入れられなかった。


「なんでそんなこと言うんですか」

「あたしが空の上に行っても、吉之がいるからシノグはひとりぼっちじゃないよね。だから、なんにも心配いらないなって。だから先生も吉之を巻き込んだのかな。ねぇ、どう思う?」


 カナタの質問に、シノグは答えられなかった。

 これから先のことをはっきりと言葉にされて、改めて淋しさを感じてしまったのだ。


「そんな理由で巻き込まれたっていうなら。たまったもんじゃないな。俺はただの護衛役だろう。都合がよかった。それだけだ」

「ええー。そうかなぁ」

「そうに決まっている」


 そのとき風が吹いて、カナタの羽織っているマントが翻る。下に着ているワンピースがちらりと見えた。

 初めての風に驚いているカナタを見て、シノグは思わず顔を綻ばせた。

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