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吉之は特に驚きもしなかった。そういうこともあるのだろうと思っていたからだ。
あげは会に所属するには、そういう覚悟も必要だった。こと地上都市彩においては、正規の色式士だけが存在を許され、不正規の色式士たちは存在を許されない立場にいる。
色式士は、色式士協会の創った養成学校を卒業することで初めてその資格が与えられる。そして卒業後は協会に登録することが決まりなのだが、稀に未登録のまま活動する者がいる。協会のやり方に異議を唱える者たちだ。そういうならず者たちが集まっているのが『あげは会』だ。
「何のつもりだ」
自分に拳銃を向けるシノグに向かって、吉之は問う。
長ったらしい前髪のせいで顔が右半分しか見えない彼は、剣呑な目つきで吉之を見ていた。
「カナタ。この方は追い出しましょう」
「シノグ?」
カナタはわけがわからないといった表情でシノグを見ていた。
「あげは会のことを知ってるってことは、あんたもしかして彩にいた人?」
シノグが吉之の言葉を聞いて、眉を少しだけ持ち上げたのがわかった。
「だから何です? 関係ないでしょう」
「ああ。もしかして、うちの人間に何かされたことある?」
吉之が問いかけると、シノグは間を空けてから言った。
「――むしろ何もしてくれませんでしたよ。あの方たちは」
シノグの目は悲しげだった。いったい何があって彼がそんな表情をするのか、吉之にはわからなかった。知りたくもなかった。
あげは会には色々な色式士たちがいる。みんな協会のつまらない決まりに縛られることない自由を求めている。だから誰かに迷惑をかける輩ももちろんいる。
シノグの拳銃は吉之に向けられたまま動かない。
「君たち。そのへんにしておきなさい」
ふいに、初めて聞く男の声がした。
見ると、目の前の椅子に寝そべっていたヒイラギが起き上がっていた。
ヒイラギはあくびをすると、床に座っていたカナタの頭をなでる。
「先生。起きていらっしゃったんですか」
シノグが驚いて声を上げた。
「ああ。まあ。シノグ。とりあえず銃をしまいなさい。彼はあげは会の人間かもしれないが、彼が君に危害を加えたわけでもない」
ヒイラギがそう言ったので、シノグは素直にも吉之に向けていた銃を懐へ閉まった。
いつから起きていたのか。どこから聞いていたのか。疑問に思ったが吉之は尋ねる気はなかった。
「すまんね。吉之くん。シノグにも色々と事情があるんだ。君と同じようにね。しかし、わたしもシノグの言うことについては共感するんだ。色式は自分の腕を犠牲にして使うものではない。神聖な授かりものの力なんだから」
「しんせい?」
よくわからないヒイラギの言葉を吉之は繰り返す。
「そうだよ。色式の源である色の力とは、神様からの授かりものなんだ」
「何を言っているんだあんたは。神様ってのは神話や
「君の言っていることも正しい。でも、わたしの言っていることも正しいんだ」
ますますよくわからないと思い、吉之は顔をしかめる。
ヒイラギの言っていることは、幽霊は存在しますよと言っているのと同じことだと吉之は思った。目に見えない存在。そんなものをどうやって信じろというのだろう。
色式の研究者と聞いたから、まともな人間だと思っていたらどうやらそうでもないらしい。
「あんたは研究者じゃなかったのか?」
「んー。これもわたしの研究の一環なんだけれど。今の君には少し難しいかもしれないね」
言いながら、ヒイラギは顎の下の無精ひげを触っていた。
「そうそう。シノグ。カナタ。闘技場はどうだったかね。楽しかったかい?」
思い出したかのように、ヒイラギが言う。
「楽しかった!」
カナタが元気に返事をした。
「まぁ、とても良かったとは思います。戦闘の方はどうあれ、見世物としては素晴らしかったと。特に、天気を操る伏木弦の色式は見事なものでした」
「そうか。伏木くんが出たのか」
「はい。僕は何故、彼が参加したのかわかりませんが」
「なんというか。気の毒だな」
「どういう意味です? 先生は、何か知っているのですか」
シノグの質問に、ヒイラギは吉之のほうを見た。
吉之はヒイラギと目が合うと、彼は競売のことを知っているのだなと察した。
「先に質問をされたのは、吉之くんだ。吉之くんが答えたほうがいいんじゃないのか」
本当にこの人は、いつから起きていたのか。と吉之は思う。
しかし、断る理由はなかった。
吉之はカナタとシノグに向かって、正太郎にした説明とほぼ同じことを話した。
初めて地下へ降りた日に闘技場へ侵入したこと。そこで見た試合のこと。試合後の競売のこと。そこで吉之が競売をつぶそうと考えたこと。そこまで話したところでカナタは目を丸くしていて、シノグは何かに納得したように息を吐いた。
「驚かないのか」
と吉之はシノグに尋ねる。
「正直なところ、あの人たちならやりかねないな。と」
シノグの返答に、ヒイラギは苦笑いしていた。
「君が一度目の優勝の時、賞金と永住権を受け取らなかったことを聞いて、わたしは君が競売のことを知っているんじゃないかと考察していた。でなければ、そんな馬鹿なことをする色式士などいないからね。何のための試合だったのかとみんな思う。あれは君なりの足掻きなんだろうとわたしは思っていたよ」
「僕はもっと頭のいいやり方はなかったのかって思うよ」
シノグは頭を抱えて言った。
吉之は少しむっとした表情をした。
「まぁまぁ。結果的に伏木くんを引っ張り出せたのだし、これで何か変わることがあると思うよ」
「そうでしょうか」
闘技場での光景を思い出しているのか、シノグが顔をしかめながら言った。
伏木弦。彼が負けたら殺される運命にあったことを、吉之は口にしなかった。言ったところで本当はどうなったのかを知ることはない。
「伏木くんは闘技場の主催者。エンガ氏のお気に入りだったからね。その彼を参加させたということは、切羽詰まっていたと考えるべきだ。だから吉之くんのやったことが無意味だったわけではないんだ。それだけは喜んでいい。正直なところわたしも、オークションに対しては快く思っていなかった。けれど何もできなかったからね。吉之くんにはお礼を言いたいくらいだよ。ありがとう」
そんなことを言われるとは思っていなかったので、吉之は驚いた。
向かいの椅子に座っているヒイラギは、口角を上げた。
「今後どうなるかはエンガ氏次第というところだね。素晴らしいショーだったみたいだから、エンガ氏も気が変わるかもしれないしね」
ヒイラギはそう言った後、眠たそうにあくびをした。
「さて。わたしはもうひと眠りするかな」
言いながら椅子から立ち上がったヒイラギが、右手のひらを広げて左右に振る。まるで別れを告げるときみたいだった。
「ちょっと待て。俺はあんたにカードキーを――」
慌てた吉之が言い終わる前に、ヒイラギは部屋を出て行ってしまった。下層へ降りるためのカードキーを、ヒイラギが持っていると言ったのはシノグだ。吉之はシノグへ視線を向ける。シノグは肩をすくめていた。
吉之はため息を吐く。
「まぁ、明日また先生に聞いてみてください。あなたも疲れているでしょうし、今日はもう寝たほうがいいです」
シノグがそう言って、ヒイラギの出て行った部屋の扉を再び開けた。
シノグの言うとおりにするしか吉之にはできなかった。
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