第5話 足取り

 遠藤は資料を浄机の上に高らかに積み上げた。

 「これ全部、嘉瀬についての情報が載ってるんですか。」

 遠藤は勢いよく、首を縦に振った。澄川はスゲーと素直に吃驚した。

 「よく、こんなに置いてますね。一人の情報についての文献がこんなにあるなら、全国の犯罪者の情報書類をかき集めたら、どうなるんでしょうねぇ。」

 「まあ、ヤクザやって、尚且つ、犯罪者いう事例も全国規模の視線で見たら、ごまんとあるからな。たぶん、こんだけ一人で犯罪沙汰、引き起こしてるのも稀なほうやろ。だから、やたらと多いんとちゃうか。」

 なるほどと納得したような顔を澄川は浮かべた。

 「そうや。澄川クンが見た嘉瀬と一緒におったいう奴の顔はまだ、覚えてるかな。」

 「見せられたら解ると思います。大体の人相は把握してますけど。」

 遠藤は唸った。嘉瀬が待ち合わせをする相手なら、シゴト関係か芥組の組員、あるいは知人や友人だろう。親であることはまあ、ないだろう。

 「その初めのファイル。載ってなかったか。」

 ビニールでできた半透明のファイルのページを捲る。

 「どうだ。いないか。」

 「いないですね。そんなに悪いこと、してないんじゃないですかね。僕が見たおじさん。」

 遠藤は大量の資料を眺めながら考えた。おもわず、言葉が漏れた。

 「そんなことはないとおもうんやけどなぁ・・・。」

 疑問の数々が渦まいた。そのとき、遠藤は何かを閃いた。

 「そうや。確か、妙にあいつは金を欲しがっとった。あれはなんでやろ・・・。」

 キャバ嬢に貢ぐためか、ギャンブル三昧を味わいたいんか、会社興すつもりなんか、それとも借金か。

 いや、どれも違うだろう。

 あいつは人のために動いたりするのを嫌う。

 行動するのになんらかの報酬やお駄賃が発生する。

 あいつはなんで、そこまで金に執着心を持つんや。金のために生きてる謂うてもおかしないぞ。

 目的はなんや。なんのためにそこまでするんや。

 「組の再生とちがいますか。」

 澄川が遠藤の考えを言葉で遮った。

 「組の再生。いうてもあいつは芥組を抜けとんやぞ。なんで今更、組に協力しよううとするんや。」

 「先程、遠藤さんが仰った小川組抗争の一件で小川組は壊滅しましたけど、

嘉瀬のおった芥組は残りました。だからといって芥組がなんのダメージも受けてないわけないでしょう。おそらく、芥組が幾分か、抗争の影響で衰退したため、一度、嘉瀬は組を抜け、芥組を立て直すべく、金を集めてるんとちがいますか。」

 これには遠藤も動揺した。

 「あいつは人のために動けへん奴やぞ。なんで組の再生にそこまで真摯に取り組めるんや。」

 「嘉瀬は組のために動いてるんやないと思います。おそらく、組を基盤から立ち上げるよりも、元々、在る組を再生させるほうが手っ取り早い思たんじゃないですかね。組に入るほうが便利になりますし。」

 あくまでも澄川の謂い分は推測でしかないだろう。とは謂っても、最も確立性の高い意見だ。

 「それなら芥組での知り合いかヤクザ仲間のどっちかでしょう。」

 遠藤は頷いた。

 「俺もその辺やと踏んでるんやけど。まず、はっきりしたことが解ってへんからな。澄川クンが見た、もう一人の男の正体が解ればええんやけど。」

 「でも芥組の構成員は殆ど、残ってないんじゃないですか。」

 「そうとも限らへん。生き残ってる奴はようけおるけど、関わりを持とうとせえへんだけ。おそらく他の組の奴やろ。」

 資料の山を漁りながら、遠藤は答えた。埃を被った淡い臙脂色のファイルを山の中から、引っ張り出した。

 「これはどうや。<刑務所内経過観察書類>っちゅう代物や。嘉瀬の二回の懲役処罰期間の記録が記載されてる。」

 ファイルを観音開きに開いて澄川に見せた。すかさず、澄川は嘉瀬を見つけた。


NO677

名前 嘉瀬 卿平(かせ きょうへい)

性別 男

年齢 24

罪状 殺人、公務執行妨害

備考 刑務所内での生活は至って真面目。刑務官の命令に対しても素直に応じる。減刑される見込みは今のところない。賢く、冷静。刑務所内ではNO897やNO1056と仲が良い。指定暴力団・驫木会の傘下に置ける芥組に帰属しており、彼の指令に対する従順な遂行が今回の逮捕の原因と考えられる。


 「是枝はたしか、芥組の顧問や。なんせ、芥組同士やから仲いいんやろ。橘いう奴は聞いたことないな。新手のヤクザか。」

 「こんなファイルがあったんですね。とりあえず、879と1056を探しましょう。」

 遠藤の相槌を合図に、澄川は一枚ずつ、丁寧に頁を捲る。

 

NO879

名前 是枝 真紀(これえだ まき)

性別 女

年齢 27

罪状 殺人

備考 見た目は普通の女性。言葉使いも丁寧で、穏やかな品格。態度もよく、優秀であるため減刑も考えられている。677と同様に芥組に帰属。今回の逮捕は任務の遂行を邪魔した第三者に向けての発砲。


 「違いますね。まず性別の時点で。」

 澄川が謂った。確かにと苦笑いしながら遠藤は呟いた。


NO1056

名前 橘 乙希(たちばな いつき)

性別 男

年齢 30

罪状 殺人、死体遺棄、違法薬物の所持、使用、売買、公務執行妨害

備考 気性が荒く、短気。多数の刑務官からの評判も悪く、下劣。指定暴力団・夔夜叉会に帰属している。コンビニ内で一般人の男と謂い争いをして、論争や行動が徐々にエスカレートし、嬲殺。絨毯に遺体を包み、証拠隠滅のため川に沈めた。反省の色はまるで見せていない。


 澄川は写真を見て、暫く何も答えなかった。考え込んでいる様子だ。

 「なんせ、五年前ですからね。おそらく、この男でしょう。カフェでもこの人を見かけたような気分がしました。」

 澄川はいつになく、自信なさげな不満の溜まった固い表情をちらつかせた。

 「まず、ほんまにカフェで見た男が嘉瀬と橘かいうことやな。まんがいち、なんらかの間違いがあれば、杉谷本部長や近衛部長に示しがつかん。」

 そうですねと澄川は謂って、なおも顔を固くした。





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