第10話 偽物でヤンス!そうデスワ!

 ゴマ扉を抜けたその先は、見た事もないようなお洒落な図書館だった。


「す……凄い本の量ですね」


「ほとんどエロ本みたいだけど」


「そんな訳ないでしょ!」


 そんなだったらどれだけ嬉しい事か!

 美術系の本が多いように思えるが、ジャンル的にはごく一般的な図書館と変わりないようだ。


「ここが弥生が居る場所みたいね」


「みたいというのは……? 京子先生はここに来た事はないんですか?」


「ある訳ないでしょ! 弥生との連絡のやりとりは、もっぱら伝書鳩よ!」


「この近代に伝書鳩ですか!?」


「ネット関係がこれだけ普及した社会の中では、伝書鳩は逆にセキュリティーの高い連絡ツールなのよ」


「そ……そうなんですね」


「(そんな訳ないでしょ)」


 小声なで何か聞こえたが、とりあえず聞こえないフリをした。

 僕達が図書館の中を歩いて行こうとしたら、受付の所に座っていた眼鏡をかけた女性に声を掛けられた。


「すみません。あまり見かけない方のようですが、どちら様でしょうか?」


「弥生の相方よ。弥生にこれを見せれば大丈夫って言われたんだけど」


 京子先生が見せたのは、ゴマ扉の前で叫んだ時に手に持っていた、変な落書きが描かれている紙切れだった。良く見るとその落書きの下の方には、お世辞にも綺麗とは言えない字で「弥生」というサインが入っている。


「これは……天影さんが作り出した独自のセキュリティーツール『れない君! 』そして直筆のサインまで入っているという事は、間違いなく本物ですね! 失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「私の名前は柊 京子。またの名を浪花のブラックダイヤモンドとも言うわ。こっちの男子校の野球部を卒業したばかりのような、いやらしい眼差しであなたを見つめている男は、トップブリーダー梅種うめたねよ。どんな生き物とも、すぐに交配しようとするから気を付けてね」


「なに、変な紹介してるんですか!! 僕の名前は柳町 新右衛門です!! トップブリーダーでもないし、すぐに交配もしません!! 変な第一印象与えないて下さい!!」


 っていうか、毎回自己紹介の下りで、変な紹介をするのをやめていただく事は出来ないんでしょうか!?


「あなた達が浪花さんと柳町さんですね。私はテラフェズントの窓口対応係、リリアスと申します。お2人の事は天影さんからお話を聞いています。もし訪ねてくる事があれば、速やかに対応するように言われていますので、ご用件があればお伺い致します」


 僕の事をどう思われたか気になったが、冷静に対応された事が逆に恥ずかしさを増した。

 これ以上、京子先生にぱしられると何を言われるか分からないので、ここは何とか僕がリードしようと先手をとって話出す事にした。


「鳥谷さんのご不幸もあり、天影さんの事が心配になったので、一目ご挨拶に伺っただけなんですが、天影さんとお会いする事は出来ますか?」


「すみません。あいにく天影さんは外出中でして、長期間帰って来ないかも知れないという事だけはお聞きしています。連絡をとる事は可能だと思いますますが、連絡してみますか?」


「そうね。ちなみに外出の理由は、やっぱりブルーハワイがらみなの?」


 リリアスさんは一瞬、表情を曇らせた。


「そうです。天影さんの、怒りと悲しみの入り交じったあんな表情を見たのは、私も初めてでした」


「弥生を1人で行かせてはいないでしょうね?」


「大丈夫です。一応、側近の鶴瀬 要という腕の立つ者を同行させていますので、何かあった時は彼がブレーキになってくれるはずです」


 状況が状況なので、あまりつっこんだ話をするのもどうかと思ったが、一応聞かなければいけないと思った事は聞いておこうと思った。


「そういえば、テラフェズントさんは鳥谷さんの後の2代目問題とか大丈夫なんですか? 確か天影さんが2代目候補だと伺っていたんですが」


「2代目は結局、猪熊さんが引き継ぐ事になりました。天影さんはまだ20歳ですし、メンタル的にアンバランスな彼女には、2代目は少し荷が重いという幹部達の判断です。勿論、天影さんも納得していました」


「2代目なんて継ごうものなら、自分が自由に動けなくなるものね」


 そうか……お父様と同じ理由ですね……


「では、天影さんに連絡をとってみますので少々お待ち下さい」


 そういうとリリアスさんは、誰かに電話をしていた。電話が終わるとリリアスさんは、僕達を別室に移動させてくれた。


「ちょっとお時間がかかりそうなので、こちらの部屋でお待ち下さい」


 そう言って通された部屋は、縦横20mくらいの真四角な部屋で、全ての壁際には天井まで本棚が置かれていた。そして中には本がぎっしり敷き詰められている。部屋のど真ん中にはテーブルと椅子も置かれていた。


「今、お茶をお持ちしますので、そちらにおかけになってお持ちください」


 京子先生は、じっとしていられないせいか、どんな本が置いてあるのかいろいろと物色し始めた。

 僕は本にはそこまで興味がないので(一部のエロい物を除いて)リリアスさんに言われた通りに座って待っていた。

 京子先生の偏った趣味は良く分からなかったが、手に取った本は全て速読するようなスピードで読んでいた。


 そうか! 動体視力が良いから、あんなスピードでも本が読めてしまうって事か!

 京子先生……凄過ぎる……


「官能小説はないのかしら」


「ないですよ! 手に取ってるのも昆虫図鑑だし! 何を読み漁ってるんですか!?」


「柳町君。このヘラクレスオオカブトっていうのは、あなたのお父さんなの?」


「違います!! 僕のお父さん、そんなに黒くて固くないです!!」


「あら、あなたのお父さんは黒くて固くないのね……」


「やめてください! 京子先生が言うといやらしい意味で聞こえます!!」


「そういう意味で言ってるんだもの」


「やめて! 僕のお父さんをいじらないで!」


「じゃあ、柳町君はいじって良いの?」


「そ……それは……」


 僕がいろんな意味で迷っていると、突然館内放送が流れ出した。どうやら喋っているのはリリアスさんみたいだ。


「浪花さん、柳町さん。あなた達がここに来る30分前に、あなた達と同じく、柊 京子と柳町 新右衛門と名乗る2人組がここにやって来ました」


「えっ!? どういう事ですか!?」


 突然、本棚の一部が両サイドにスライドし、真ん中からモニターが現れた。

 その画面に映し出されたのは、遠目からは僕と京子先生に見える背格好の似た2人組だった!


「このテラフェズントへの入り口はいくつかあります。別のルートでやって来た彼らも、あなた達と同じような事を言って、今別室で待機してもらっています。私はあなた達が本物だと思っていますが、この組織のルールでは怪しい者を天影さんに近づける事が出来ません」


 僕達の偽者に扮している2人組は、見るからに偽者で、一言で言うと中国でやっているディズニーラ◯ドのミッキーマ◯スのようだった。

 2人共が出っ歯で、微妙につり上がった目をしている彼らは、偽者としては超一流の姿をしていた。


「私より美人ね」


「どこがですか!? 京子先生の方がよっぽど美人ですよ!!」


 急に頬を赤らめた京子先生は、珍しく照れていた。


「そんなに正々堂々と、美人なんて言われると思っていなかったわ。その告白は、逆にスポーツマンシップに反しているんじゃないかしら」


 別に告白した訳ではないが、つっこみーとして突発的に本音が出てしまっただけだった。そんな事を言われると僕の方も照れてしまう……


「正直、どちらが本物かは一目瞭然だと思うのですが、我が組織としては白黒はっきりさせる為に、お2組に勝負をしてもらいたいと思っています」


「勝負ですか!?」


 すると突然扉が開き、偽者の2人組が入って来た。


「勝負の形式は皆さんで考えてもらって結構です。分かりやすく殴り合ってもらっても良し、ポーカーなどのカードゲームで勝負するも良し、必要な物があればこちらですぐに用意させてもらいますので、何なりとお申し付けください」


 偽者の2人と一緒に入って来たのは、ゲームに使用出来そうな小道具や、戦いの武器になりそうな物だった。


「あら、良い展開じゃない。私、一度で良いからこういうのやってみたかったのよ」


「どういう事ですか?」


「どんな形であれ、白黒はっきりつければ良いんでしょ? ライアーゲ◯ムとかカケグ◯イとか賭博黙示録カ◯ジみたいな、リスクの高いゲームを一度やってみたかったのよ」


「何を言ってるんでヤンスか、この偽者は?」


 僕の偽者は、何故か語尾にヤンスをつけて喋っていた。


「何かややこしいわね。分かりづらいから、アンタ達偽者はこれから京子Aと柳町Aと呼ぶわ。私達は京子B、柳町Bと呼んでちょうだい」


 僕達が本物なんだから、僕達がAで良い気がするんですけど、何でわざわざBに……


「ただ勝負をしても面白くないから、お互いの全財産を賭けて戦うっていうのはどう?」


「ぜ……全財産ですか!?」


「そ……その前に何で勝負する気でヤンスか?」


「殴り合いじゃ結果は目に見えているから、簡単なテーブルゲームにしようと思っているんだけど、どうかしら」


 それを聞いた京子Aさんと柳町Aさんはお互いで顔を見合せ、小さく頷き納得した様子だった。


「良いデスワ。それだったら私達にも好都合デスワ」


 京子Aさんは少しお高くとまっているような口調で、語尾にデスワとつけていた。


「ちなみにお前達の全財産は、いくらあるんでヤンスか?」


「ぼ……僕は貯金が12万です……」


「はした金ね」


 ヒドイ……京子先生……いや京子Bさんが、僕からお金をむしりとっていくからでしょ!! 給料もあんまり払ってくれないし!!


「ちなみに私の貯金額は大体1億よ」


「1億!?」


「アンタ達はいくら持ってるの?」


「僕は40万くらいでヤンス」


「私は30万くらいデスワ」


「賭け額としては割りに合わないわね。じゃ、もしアンタ達が負けた時は、全ての歯を2倍の長さにするっていうのはどう?」


 そ……それやったら、一生普通の食事が出来なくなりますね……


「1億賭けるんだから、それくらいのリスクは背負ってもらわないと」


「わ……分かったでヤンス。その条件、飲むでヤンス」


「じゃ、私が考えたゲームを説明する前に、1つ用意してもらいたい物があるの。リリアスさん! こういう組織には必ずあると思うけど、嘘発見器を持って来てちょうだい」


「かしこまりました。すぐにご用意致します」


 アナウンスで返事をしてくれたリリアスさんは、数分後、すぐに嘘発見器を用意してくれた。

 そしてテーブルを挟み、2対2で僕達は向き合っていた。


「ルールはそんなに難しくないわ。使う道具は、この白と黒が表裏一体になっているオセロの駒が1つと紙コップが1つ。そして、嘘発見器ね」


 一体、何が始まるんだろう……


「まず、先攻と後攻を決めて各チーム2回ずつ交互に勝負していくわ。トータルで4回勝負って事になるわね」


「嘘発見器を使うって事は、騙し合うゲームって事でヤンスか?」


「まぁそれに近いけど、簡単に言うと白か黒か当てるゲームよ。とりあえずルールを説明するわ。まずは先攻側の1人がこのオセロの駒を、白か黒のどちらかを上にした状態でテーブルの上に置き、相手チームに見られないようにして紙コップを上から被せるの。この時先攻側の2人は、2人共何色が上になっているかしっかり認識している事! そして先攻側でオセロの駒を置かなかった方の人に嘘発見器をつけます。その後、後攻側は1つだけ嘘発見器をつけた者に質問をする事が出来るの。そしてその質問には、絶対に正直に答えなくてはいけません」


「嘘をついたらどうなるでヤンスか?」


「嘘発見器で嘘だと認識された場合は、その時点でそのターンは先攻側の負けになります。後攻側はその質問後、オセロの色が白か黒か言い当てるという単純なゲームよ」


「質問の内容はどんなものでも良いんでヤンスか?」


「そうね。どんな内容でも構わないわ。ただ答える側は、絶対に正直に答えなくてはいけないって事だけ覚えておいてね」


「4回勝負ですけど、2勝2敗になったらどうするんデスワ?」


「その時はサドンデスね。どちらが先攻後攻になるかは、その時に考えましょう」


 何かこの勝負、決着がつかない気がするけど大丈夫かなぁ? 嘘をつけないって事は極端な話「白なのか黒なのかどっちだ?」って聞かれたら、答えを教えて負けてしまうと思うんだけど……


「1つ言い忘れたけど、この4回の勝負の中で同じ内容の質問は1回しか出来ないからそのつもりで」


「それじゃ、白か黒か明らかに分かる質問は1回しか出来ないって事ですか?」


「柳町Bにしては賢いじゃない。まぁ、そういう事ね。皆、ルールは把握出来たかしら?」


 あまり賢くない僕でも分かったんだから、ごく単純なゲームである事は間違いない。ただ京子先生……いや京子Bさんが考えたゲームだから、何かしら不安要素がある事も確かだ……


「じゃ、早速始めるけど準備は良いかしら? まずは先攻後攻を決めましょう」


「このゲームを考えたのは京子Bさんなんだから、最初に質問をして言い当てる事が出来る、有利な後攻側は私達に譲って欲しいデスワ」


「そんな! それじゃ最初の1勝は京子Aさん達に決まっちゃうじゃないですか!」


「良いのよ柳町B君」


 ちょっと興奮してしまった僕を、京子Bさんが優しく制した。


「それは最もな意見ね。分かったわ。あなた達に最初に答える権利を与えるわ。じゃ、私達はどちらが表になるか決めて、テーブルの上に置きましょう」


 京子Bさんは黒を表向きにしてテーブルに置き、僕も色を確認した後、紙コップを被せた。僕は嘘発見器を装着し、彼らの質問を待った。


「それじゃ質問してちょうだい」


 する質問なんて決まっているだろうと言わんばかりのニヤついた表情で、柳町Aさんは質問してきた。


「この紙コップの中のオセロの色は、黒が表向きになっているでヤンスか?」


「そ……そうです」


 僕はそう答えるしかなかった。

 そして案の定、嘘発見器は反応しなかった。


「これは黒でヤンス!」


 柳町Aさんが大声で叫びながら紙コップを開けたそのテーブルには、当たり前だが黒のオセロが表向きになっていた。


「やったデスワ!」


 そりゃそうだ……。この1勝は、どう考えても当たり前の1勝だ……。みすみす相手に与えただけで一体何の意味があったんだか……


「それじゃ、今度は私達が良い当てる番ね。オセロの駒を置いて紙コップで伏せてちょうだい」


 今度は攻守交代し、柳町Aさんが紙コップを置き、京子Aさんが嘘発見器を取り付けた。


「じゃ京子先生……いや京子Bさん。何て質問をしましょうか?」


「質問の前に、ちょっとだけ雑談をしたいんだけど良いかしら?」


「良いでヤンスが、何でヤンスか?」


「あなた達は恋人同士なの?」


「まぁ、そうでヤンスがそれがどうしたでヤンスか?」


「付き合ってどれくらいになるの?」


「もうすぐ3年になるでヤンス。実は近い内に結婚をするつもりでヤンス。その最後の大仕事として、僕達は今回の任務を引き受けたんでヤンス」


「あまり余計な事は言わない方が良いデスワ。京子Bさんも早く質問をして下さいデスワ」


「まだ良いじゃない。あなた達は私達の事を知っているようだけど、私達はあなた達の事をまだあまり知らないのよ。細かい素性までは探る気はないから、お互い対等な情報くらいは教えてちょうだいよ」


「そうだ! 既に1勝しているんだから、少しくらい京子Bさんの無駄話に付き合ってもらうぞ!」


 余計な事を言ってしまった僕は、数秒後に血まみれになっていた。


「そういえば、この勝負に全財産を賭けるっていう事だったけど、私の貯金が1億っていうのは本当だと思ってるの?」


「ど……どういう事でヤンスか?」


「私は自分の全財産を1億って言ったのは、嘘かも知れないって事よ」


「なんて事デスワ!? あなた、嘘をついたんデスワ!?」


「まぁ、嘘をついたともついてないとも言ってないわ。もし仮に私に借金があるとしたら、あなた達がこの勝負に勝ってしまった場合は、その借金を肩代わりしなければいけなくなるかも知れないなぁって思っただけなの」


「な……何を馬鹿な事を言ってるでヤンスか!? 勝負に勝ったのに、借金を背負わされるってどういう事でヤンスか!?」


「かも知れないっていう話よ。本当にあなた達は正直者ね。そんなお人好しじゃ、上の人間に良いように使われて捨てられるだけよ」


「う……うるさいでヤンス! 早く質問をするでヤンス!」


「分かったわ。じゃ、京子Aさんに質問するから正直に答えてちょうだい」


「な……何を答えれば良いんデスワ?」


「柳町Aさんの嫌いな所を10個挙げてちょうだい」


「な……何を訳の分からない事言っているでヤンスか!? そんな事を聞いてどうするんでヤンスか!? それに質問は1個だけのはずでヤンスよ!!」


「質問は1つしかしてないわよ。ただ答えてもらう事は10個あるけどね」


「そ……そんな言い分通らないでヤンス!! そもそも白か黒を当てるゲームに関係ない質問でヤンス!!」


「このゲームに関係あろうがなかろうが、それこそ関係ないわ。結果的にあなた達が勝つかも知れないんだから、意味のない質問の方が好都合だったりするんじゃないの?」


「でも、借金を背負わされるかも知れないリスクもあるんでヤンスよね?」


「あれは冗談よ。ちゃんと私の口座には1億の預金があるから心配しないで。私が負けたらキッチリ払います」


 その言葉すら嘘だと感じているのは、おそらく僕だけではないだろうか……

 京子Bさんは本当に言っている事が、本気なのか冗談なのか分からない所がある……

 それが一番の怖さではあるが……


「しょ……しょうがないでヤンス。本当の事を答えるでヤンス」


「ヤンスの嫌いな所は……」


 あの人、ヤンスって言うんだ……


「まず1つ目は………………臭いデスワ」


「く……臭い!? どこが臭いでヤンスか!? そんな所があったらはっきり言って欲しいでヤンス!」


「ヤンス! 今はあなたの質問タイムじゃないわ! 少し黙ってなさい!」


「ぐっ…………」


 早速、京子Bさんもヤンスって呼び始めた……


「2つ目は…………足が短い所デスワ」


「なっ!…………身体的な事はしょうがないでヤンス! そういう事は思っていても言ってはいけない事でヤンス!」


「でもそういうルールだからしょうがないわよ」


 京子Bさん、容赦ない…………


「3つ目は…………顔が臭いデスワ」


「やっぱり臭いんでヤンスね!! 顔が臭いってどうしたら良いんでヤンスか!? 僕は毎日顔を洗ってるでヤンスよ!!」


「洗おうが洗うまいが、臭いものは臭いのよ」


 だからそんな身も蓋もない事を…………


「4つ目は…………語尾のヤンスがうっとうしいデスワ」


「そんな~!! それを言ったら僕を全否定しているのと一緒でヤンス!! って、今言ったこのヤンスもうっとうしいでヤンスね!?」


「その最後のヤンスもうっとうしいのよ」


 ヤンスさんと呼ばれた柳町Aさんは、泣きながら叫んでいた。

 薄々感づいてきたが、京子Bさんの目論見は相手の心を折る事なんではないかと思い始めた。

 勝負の勝ち負けよりも、結果的に相手を完膚なきまで叩き潰す事が目的なんではないだろうか?


「5つ目は…………」


「もう良いでヤンス…………このターンはあんた達の勝ちで良いでヤンス。これ以上デスワに嫌いな所を言われたら、僕は立ち直れないでヤンス……」


 京子Aさんもやっぱり、デスワさんって名前なんだ……


「あら、残念ね。もっと本音を聞きたかったんだけど、こんなチャンス2度とないわよ」


 確かに……

 かなり変な状況ではあるが、本人を目の前にして、好きな人に本当に嫌いな所を堂々と言ってもらえる場なんて、そうそうお目にかかれるもんじゃない……

 もしこれを、最後まで聞き入れる事が出来ていたら、人として物凄く成長出来る気がする。

 メンタル的にかなり強くなくては、最後まで受け入れる事は出来ないと思うが、勿論僕には無理な難題だ……


 尋常じゃないほど落ち込むヤンスさんの頭を、ナデナデしながら謝るデスワさんの姿を見て「つまんね~な~」という顔をしている京子Bさん……いや京子先生は、本当に天使の顔を持つ悪魔という言葉がピッタリだと思った。


 1勝1敗になった対戦は3戦目に突入した。

 今度は僕が、オセロのうえに紙コップをのせて京子先生が嘘発見器をつけて質問を待っていた。

 もうオセロが白か黒か分かるような質問が出来ない今、どういう質問をするのか難しい所になってきているはずだ。


「仕返しをしてやるデスワ」


 仕返し!?


「あなた達も私の見た所、恋人同士のように見えますけど、そういう仲なんデスワ?」


「ご想像にお任せするわ」


「では、あなた達も同じ目に合わせてあげマスワ! 京子Bさん!柳町Bさんの嫌いな所を20個挙げなさいデスワ!」


「ちょ…………ちょっと待って下さい!! この人にこの手の質問は逆効果です!! 今すぐ取り消した方が

 …………」


「20個だけで良いの?」


 未だかつてないほどの悪寒が走った。

 京子先生のその喜びに満ちた目は何よりも輝かしく、僕にとってはこの世の終わりにも等しい輝きに見えた……

 この人はこれが言いたいが為に、このゲームをやり始めたんではないだろうか…………


 この後の僕は記憶が無かった……

 20個では足らないと言わんばかりの勢いで僕を罵る京子先生の声は、遠退く意識の中でも僕の耳には微かに聞こえていた……

 どうかトラウマになりませんように……


 どれだけの時間意識が飛んでいたのか分からなかったが、気がつくと京子先生の目の前で、ヤンスさんとデスワさんが下着姿で土下座をしていた。

 見るからに勝負がついたようだった。


「勝負がついたようですね。勝者のお2方はこちらの扉から出て下さい。敗者のお2方の処遇はいかが致しましょうか?」


 館内放送からリリアスさんの声が流れてきた。


「あなた達に選ばせてあげるわ。全財産を私に差し出すか、あなた達の素性とここに来た理由を話すか選びなさい」


 おそらく誰かに命令されてここに来た訳だから、自分達の素性を話すという事は、上の連中に命を狙われるという事でもある。

 全財産を差し出すにしても、どちらも厳しい選択だ……

 それにしても、全財産を差し出す相手が京子先生になっている所が少し納得いかないが……


「現時点ではあんた達のお金に興味はないの。もしあんた達の素性を話す度胸があるんなら、全ての歯を5倍にするっていう罰も見逃してあげても良いわ」


「2倍から5倍に増えてます!!」


「わ……分かったでヤンス。知ってる事は全て話すでヤンス」


「聞きわけが良いじゃない。じゃ、まず聞くけど、あなた達の初デートは何処なの?」


「京子先生! 今はそういう事を聞いてる場合じゃないです! 彼らがここにやって来た目的とかをちゃんと聞きましょう!」


「そうね。あなた達の馴れ初めなんてどうでも良いわね。そんな事よりあなた達は何者なの? 誰の命令で私達になりすましてここに侵入して来たのよ?」


 馴れ初めの話ををどうでも良いと言われて、若干落ち込んだ表情を見せた2人だったが、ヤンスさんの方は何とか気を取り直して淡々と語り出した。


「僕達は組織の人間ではないですが、ホワイテストブルーノという組織の人の命令で、ここにやって来たでヤンス」


「ホワイテストブルーノ? 聞いた事ないわね」


 僕達の話が気になったのか、出入口からリリアスさんが入って来た。


「私は聞いた事があるわ。確か、そんなに大きな組織じゃなかったけれど、裏社会でこじんまりと活動していた組織ですよね。そんな彼らが何でこんなタイミングで……」


「鳥谷 紫園が亡くなったという情報を得たからでヤンス。ホワイテストブルーノのボスは、若い頃に鳥谷 紫園に一度やられた事があるそうで、今だったら組織の内部は混乱して戦力が弱まっているはずだから、潜入して内部状況を把握して来いって言われたんでヤンス。復讐のチャンスを狙っていたようでヤンスが、組織の人間を使ったら足がつくから、僕達みたいな素性があやふやな人間を使い捨てにして、いろんな活動していたんでヤンス」


「だからって、何で私達の偽者の格好をしてるのよ」


「あなたは覚えてないかも知れませんが、ホワイテストブルーノのボスは、あなたの事も絶対に忘れないと言っていたでヤンス」


「誰よ、そいつ」


「ボスの名前は、真道寺 哲也。昔、あなたがまだ若かった頃に、世話になったと言ってたでヤンス」


「そんな奴の世話をした覚えなんて無いんだけど……」


「き……京子先生。そういう意味じゃなくて、若い頃の京子先生に、痛い目にあわされたっていう事だと思います」


「何よ柳町君! 猫聞き……いや犬聞き……いや人聞きの悪い事言わないでちょうだいよ! いくら私だって、痛い目にあわせた奴の名前くらい覚えてるわよ! それに若い頃ってどういう意味よ!! 今はもう若くないって言いたいの!?」


「そ……そういう意味じゃありません! 今も十分お若いです! そ……それより、その真道寺さんっていうのは……」


 京子先生は全身タイツの中から黒革の手帳を取り出し、過去に痛めつけた奴らを思い返しているようだった。


「話をしていて思い出したわ。あれは確か、私がまだこの世界で駆け出しだった頃、ある相談者の件で巻き込まれた事件に関わっていた奴の名前が、確か真道寺 哲也だった気がするわ」


「その事件って……」


 神妙な面持ちで過去を振り返っていた京子先生は、何やら悩みながら重い口を開いた。



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B級能力者相談所〜だから電気代を払う前に家賃を払いなさいって言ったでしょ!!〜 あきらさん @akiraojichan

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