第9話 復活の京子と3匹の野良猫
3組織の会合にブルーハワイが乱入してから、3日の月日が流れていた。
僕の目の前には、寝たきりの猿正寺さんがベッドに横たわっている。
「弥生ちゃんは来てねーのか?」
「もうすっかり元気そうですね」
「柳町! お前は勝手に喋ってんじゃねー!」
「は……はぁ……すみません」
猿正寺さんは意外と元気そうだった。
ここは、ブレイブハウンドが所有している裏業界の病院だ。
あの後僕は、牛尾さん(犬飼 治五郎)と浪花さん(京子先生)を車に乗せて、丘の
ブレイブハウンド専属の移動屋の人に事情を話し、すぐにこの病院の場所まで2人を運ぶ事が出来た。
牛尾さんは緊急手術をし、浪花さんは薬を処方された後、2人とも入院する事になった。
少しすると一ノ条さんが、猿正寺さんと尊さんを連れて病院に入って来て、2人もすぐに処置された後、そのまま入院する事になった。
そして僕は、毎日のように浪花さんと牛尾さんのお見舞いに来ている内に、いつの間にか隣の病室にいる猿正寺さんに、弄られるようになってしまったのです。
病室のベッドで横たわっている猿正寺さんは、とても大怪我をしているようには見えず、何で退院しないのか不思議なくらい元気だった。
昨日まで同じ病室に居た尊さんの姿が見えない所を見ると、尊さんは昨日の内に退院したんだろうか……
「あのブラックな姉ちゃんは元気なんか?」
「今日、退院予定ですけど」
「まだ、あの牛尾とかいうガキと一緒に、隣の病室に居るんか?」
「そうです」
浪花さんも牛尾さんも、猿正寺さんと同じ病室にしたら何が起こるか分からないから、病院の判断は賢明だったと思う……
「猿正寺さん。ちょっと隣の病室に顔を出してきますね」
「おう。顔以外に別のモノ出すんじゃねーぞ」
猿正寺さんは本当に下ネタが好きだ。というか、あの歳でまだまだバリバリの現役だとか自分で言っているくらいだから、ただの女好きなのかも知れないけど、正直言って僕の身近な人には手を出して欲しくない……
隣の病室に行くと、退院の準備をしていた京子先生が全身黒タイツに着替え終わり、これからマスクを被って浪速さんになろうとしている所だった。
「もう一度着替え直す?」
着替えに間に合わなかった僕の表情がよっぽど残念そうだったのか、京子先生は何故か僕に、もう一度着替える姿を見せてくれようとしてくれた。
「いえ、大丈夫です……。一応お父様の前ですし……」
お父様は、まだベッドにうつ伏せになったまま安静にしていた。猿正寺さんとお父様は、明日か明後日には退院する予定らしい。
「京子。今回の奴等は思っている以上にかなりの強者だった。3組織が本気で協力し合わないと、ブルーハワイを叩く事は難しいかも知れんぞ」
「今回は、たまたま私の調子が悪かっただけよ。私が本調子だったら、あいつらなんか真夏にカーディガンを着させてやるわ」
ボケのキレが悪い京子先生は、まだ本調子ではなさそうだった。
「ワシも油断し過ぎた所があるが、相性が悪かったのが一番の敗因かも知れん」
「そう言えば、あなたの相手はそんなに強かったの? あなたも一応は裏社会でトップの存在だったんでしょ?」
確かにそうだ。不治の病を患っているとはいえ、お父様がやられてしまうほどの相手って一体どんな奴なんだ? しかもそれがMr.Gさんやせせらぎさんじゃないって所が、未知過ぎて怖い……
「ワシと戦った丸尾 マサカズという奴はドスの使い手だった」
「ヤクザ屋さんが良く持っているという、あのドスですか!?」
「そうだ。身体能力やマギア状態での戦いもレベルが高く、あそこまでワシと互角に戦えた奴は、光秀と鳥谷と司以外では初めてだった。最も、ワシも全盛期よりは遥かに衰えているがな」
「じゃあ、そのドスを使う事がそいつの異能力だったって事なの?」
「いや、あいつの異能力は瞬間移動のような技だった」
「瞬間移動!?」
「異能力を発動した瞬間ワシは後ろをとられ、ドスで背中を3擊ほど刺された。信じ難いが、このワシが目で終えないほどのスピードだった。振り返って反撃をしようとした瞬間、既に奴の姿は無く、そのまま後ろをとられてさらに何度か刺された。やりきれなかったが、そこで勝負がついてしまったよ」
一ノ条さん以上に百戦錬磨のお父様が、ここまでやられてしまうなんて本当に信じ難い……
「瞬間移動って言ったって、後ろをとられてから刺されるまでの間に0.01秒くらいはあるんでしょ? そんなの避けられない方がどんくさいのよ」
「いや、それ避けられるの、多分京子先生だけです……」
「ただあいつの異能力はもう分かったから、いくらでもやり方はあるがな。あいつのミスは、ワシを生かしていた事だ。おそらくだが、今までの相手はこのやり方で全てトドメを刺してきたんだろうが、ワシはその辺の奴らよりしぶといからな。奴らは同じ相手と2度闘う機会もあまりなかっただろう。
次に
奇襲の異能力だからそこそこ通用したが、分かっていれば避けられるレベルの人間がいるって事を、今度こそ思い知らせてやる!」
何か次元の違う話過ぎて、ついて行けない……
「そう言えば1つ気になったんだけど、さっき言ってたマギア状態って何なの?」
「あっ! 僕も気になりました! 何か魔法少女っぽいそのフレーズって、一体何なんですか?」
「まさかとは思うが、お前達はファルセットで特訓してるのに、マギア状態の事も教えてもらってないのか!?」
「初耳です」
「瀧崎~!! あいつは何を教えてるんだ!? 異能バトルにおいてマギア状態の戦いなど、基本中の基本だ! 異能オーラをコントロールし、身体能力などを高めて戦う事なんて、技を習得する以前の問題だ! あいつは帰ったら、シバかなあかん!」
何か瀧崎さんは、僕達に教えなくてはいけない基本的な事を教えてなかったようだ。お父様が突然関西弁になってしまうほど、重要な事だったらしい……
「マギア状態というのは、異能力を使う上で最も重要な事の1つでもある。異能オーラの量や、そのコントロールを上手く出来るかで、かなり実力が変わってくる。簡単に言うと、iPhoneを持っているのに使う人間が、幼稚園児だって感じだな」
「全然、生かしきれてないじゃない! それじゃ、ボケしか出来ない柳町君と一緒じゃないの!」
えらい言われようだ……
「瀧崎には後で言っておく。ファルセットに戻ったら、しっかり習得しておいてくれ」
「わ……分かりました」
それにしても、マギア状態を知らないのに尋常じゃない強さの京子先生って、これを習得したらどんだけ強くなるんだ!?
次元の違う存在が次々と現れて来た事もあり、ちょっと前までの日常とは、あまりにも変わりすぎてしまった僕の生活は、一寸先は闇無双状態だった。
ただ1つ、ブレイブハウンドと関わって感じた事は、『異能を知る者は異能を制す』って事だ。
「京子、柳町君。実はワシが死ぬ前に、お前達に大事な話をしておかなければならない」
何やらお父様はいつも以上に真剣な表情で語りだした。
「何よそれ。今、話せないの? 生きてる内じゃなきゃ聞いてあげられないわよ」
確かに、誰がいつ死んでもおかしくないこの状況では、大事な事だったら聞ける時に聞いておいた方が良い気がする。
「確かに今の状況だったら、早く話すにこした事は無いんだが、司も交えて話をしたいんだ」
「どんな話よ。実は私は魔界の王で、柳町君が擬人化した変態蟻だとか言うんじゃないでしょうね」
「い……いや、そういう事では無い……。実はこの世界の
この世界の理……?
「何の話か良く分からないのは毎度の事だけど、分かったわ。その時間はまた改めて作る。私は弥生が心配だから、これから会いに行って来るわ」
「そうか、……そうだな。確かに、鳥谷の婆さんは残念だった」
「そ……そうですね」
そう……あの戦いで鳥谷 紫園さんは亡くなられてしまったのだ……
「あの……僕も一緒に行っても良いでしょうか?」
「何でアンタが来んのよ」
「い……いや、天影さんには、あの時にいろいろと気を遣ってもらったんで、一言お礼を言いたいんです」
「弥生に会いたいだけでしょ」
「い……いや、鳥谷さんが亡くなられた事もあって、その後の天影さんが心配ですし、京子先生とのダブルブッキングの事もありますし、一緒に行った方が良いと思いまして……」
「弥生に会いたいだけでしょ」
「あ……いや……」
「弥生に会いたいだけでしょ」
「はい!会いたいです!」
僕は、自分の後ろにあるロッカーがへこむほどの勢いで顔面を殴られた後、腫れ上がった後頭部をおさえて鼻血を出しながら京子先生に帯同させてもらった。
「電車に乗るのなんて何年ぶりかしら」
「僕はたまに乗ってます」
「アンタの話なんて聞いてないわよ」
天影さんに会いたいと、正直に公言してからの京子先生は、僕に対して露骨に冷たくなった。
(コスチュームは浪花さんですが、公共の場に来てからマスクは被っていないので、この下りは京子先生で統一します)
僕と京子先生は電車に乗り、テラフェズントの本部がある場所を目指した。
電車の中でも、ピッチリとした全身タイツで堂々としていられる京子先生のメンタルが、本当に凄いと思う。キャッツアイでももう少し
「ところで柳町君。この埼京線っていうのは何線なの?」
「!?……埼京線は埼京線ですけど……」
「ふ~ん……そうなの。じゃ、この北戸田っていうのは群馬なの?」
「全然違います!! 京子先生!もしかしてですけど、この電車が何処に向かってるか分からないで乗ってないでしょうね!?」
「分からないわよ。新右衛門君に連いて来たんだから」
嘘でしょ!? あんなに迷いなく駅までズンズン歩いて来たくせに、それはないでしょ!!
「き……京子先生、確認しますけど、天影さんに会いに行くんですよね?」
「当たり前でしょ!ワタシ、サッキソウイッタワヨネ!」
「何で急にセルジオ入った!?」
電車の車両はそれほど混んでいなかったが、周りの人は僕達の事を不思議そうな目で見ていた。
まぁ、もっともだとは思いますが……
「弥生には会いに行くんだけど、その前に寄りたい所があるのよ」
「何処ですか?」
「それは行ってからのお楽しみよ。とりあえず西荻窪に向かってちょうだい」
電車はタクシーじゃないんですよ!って言ってあげたい、やるせない気持ちを心にしまい込む事で、僕また一つ我慢強くなった。
いつもの京子先生に戻った喜びと、また新たに始まる地獄の日々を想像して、どこか複雑な気持ちにはなっていたが、とりあえずは元気でいる事が何よりです。
京子先生の指示通り西荻窪に向かうという事で、埼京線から総武線に乗り換えるルートで目的地に向かう事にした。
西荻窪には一体何があるのだろうか……
「柳町君、あなたの生きる目的って何なの?」
京子先生……唐突過ぎる上にその話題は、電車の中でする話にしては重過ぎます……
さらっと世間話風に振られても、周りの人達に聞かれている状態では、本音は話にくいですよ……
「そ……そうですね……。あまりそういう事を本気で考えた事ないですけど、僕はやっぱり人の為になる事をしていきたいです」
「ふ~ん……そこはつっこみ人として普通なのね」
普通で良いじゃないですか! 普通が一番! 京子先生には、普通という事をもっと学んで欲しいですけど!
「私はね、いつか岩尾になろうと思っているの」
「い……岩尾ですか?」
またいつもの病気が始まった……
この時僕は、もしかしたら僕の生きる目的は、京子先生を介護する事なのかも知れないと思った。
「岩尾っていうのは……?」
「そう。あのフットボールアワーのハゲてない方よ」
「ハゲてます!! あまり大きい声で言い切りたくないですけど、間違いなくハゲてます! っていうか、せめて
「もし、岩尾になれなかったら、ルカクになるわ」
「サッカーでベルギー代表の!?」
「いずれはどちらかになれると、私は信じてるの」
「応援します」
迷いないその真っ直ぐな瞳を見ていると、京子先生なら何にでもなれるかも知れないと思ってしまう……
「でも最強なのは、見た目がルカクで頭部が岩尾なのよね」
「どっちも外見ですけど! 中身は岩尾さんとかじゃないんですか!?」
「中身は、増田岡田の岡田が良いわ」
「おもんない!! 中身がそれじゃ全然おもんないと思います!」
岡田さんには悪いですけど……
「それでね、私、入院中に暇だったからフットボールアワーのネタを書いてみたのよ」
「あんなに苦しんでたのに、何やってたんですか! しっかり療養して下さい!」
何て自由な人なんだ……
おそらく広辞苑をひくと「自由人」の欄には、京子先生の名前が載っているんじゃないだろうか……
そう言うと京子先生は、全身タイツの中から黒革の手帳を取り出して、僕に見せてくれた。
「後ろの方は、柊デスノートになってるから見ないでね」
柊デスノートに僕の名前が書かれていない事を願い、フットボールアワーのネタが書かれているであろうと思われるページをめくった。
そこには信じられないくらいの達筆でネタが綴られている。
タイトル「俺の耳おかしなったんかなぁ?」
「どうも~! フットボールアワーで~す!」
後藤「俺、毎回毎回、考えるの大変なのが、晩ご飯のメニューなんですよ」
岩尾「そうなんや」
後藤「ハンバーグにしようかな~、カレーにしようかな~っていつも悩むねん」
岩尾「俺はどっちも好きやけどな。ちなみに今日は何にするか決めたん?」
後藤「うん。今日はネズミやねん」
岩尾「今、晩ご飯ネズミって言うた!?」
後藤「言うてないよ」
岩尾「そうやんな」
後藤「言う訳ないやん。晩ご飯ネズミって、俺、猫なん!? お前、耳鼻科行った方が良えんとちゃう?」
岩尾「そうやなぁ。俺の耳おかしなったんかなぁ?」
後藤「良い耳鼻科紹介してやるよ。(先生、鼻毛2メートル出てるけど)」
岩尾「今、先生鼻毛2メートル出てるって言うた!?」
後藤「言うてないよ。言う訳ないやん」
岩尾「そうやんなぁ。空耳かなぁ? 俺の耳おかしなったんかなぁ?」
後藤「おかしなったんちゃう? 来週の火曜日、一緒に耳鼻科行ったろうか?」
岩尾「ホンマに優しいな後藤君は。この世で一番信用出来るわ」
後藤「じゃあ来週の火曜日に、俺の行きつけの耳鼻科に一緒に行こうや(俺は一人で長渕剛のライブ行くけど)」
岩尾「今、一人で長渕剛のライブ行く言うた?」
後藤「言うてないよ。言う訳ないやん」
岩尾「そうやんなぁ。この世で一番信用出来る相方が、俺を置いて一人で長渕剛のライブに行く訳ないやんなぁ。やっぱ、俺の耳おかしなったんかなぁ?」
後藤「おかしなったんちゃう? だから来週一緒に、鼻毛2メートル伸びてる先生の居る耳鼻科に行こう言うてるやん」
岩尾「今、鼻毛2メートル伸びてる先生って言うた!?」
後藤「さっきから言うてるよ。何言うてんの?」
岩尾「え~! さっき言うてないって言ってたと思ったんやけど、俺、頭おかしなったんかなぁ?」
後藤「頭おかしなったんちゃう?」
岩尾「そうやんなぁ。頭おかしなったなぁ。俺、もう終わりやなぁ。死んだ方が良えなぁ」
後藤「死なんで良えんちゃう?」
岩尾「死なんで良えよなぁ? 例えどんなに頭おかしなっても、死なんで良えよなぁ?」
後藤「良えと思うで」
岩尾「でも、このまま生きてても良え事無いと思うねん」
後藤「良え事あるよ」
岩尾「あるかなぁ?」
後藤「あるよ! 俺と出会えたやん」
岩尾「出会えたなぁ~。この世で一番信用出来る相方に出会えたなぁ~。良え事あったわ」
後藤「あったやろ」
岩尾「耳鼻科で頭も見てもらえるかなぁ?」
後藤「見てもらえへんよ。耳鼻科やもん」
岩尾「でも頭も見てもらいたいなぁ」
後藤「ちなみに頭、どんなんやったっけ?」
岩尾、頭を見せる。
後藤「ハゲとるやないか!!」
ネタを読み終わると同時に、僕は京子先生に頭をどつかれた!
「な……何で叩いたんですか?」
「そこに頭があったからよ」
そこに山があっても登らない京子先生なのに、何故か最もらしい事を言って納得させようとしていた。
通勤時間帯を過ぎた午前中のこの時間は、電車もそれほど混んでいなく、席が空いた事もあり、僕達は隣同士に座って西荻窪まで行く事になった。
「京子先生はこうやってネタを書いたり、闇アイドルをやったりしてますけど、京子先生の生きる目的って一体何なんですか?」
「柳町君。そういう話は電車の中でする話じゃないの。電車の中でして良い話っていうは限られていて、スポーツの話や政治の話、あとは行き先の話や天気の話ね。身内の話も大丈夫よ。それに学校の話や……」
「ちょ……ちょっと待って下さい!!その話題、一体いくつあるんですか!?」
「大抵こういうものは108つあるわ」
何故、煩悩の数と一緒なのかは分からないが、僕に108つ全てを話そうとするモチベーションがどこから来ているのか、そっちの方が不思議でならなかった。
「私の生きる目的は1つや2つじゃないけれど、今日は特別にいくつか教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
「私が生きる目的として大事にしている事の1つに、いつでもどこでも
「自分に素直でいたいって事ですか?」
「そうね。どちらかというと、
確かに……
「そこはつっこむ所なんだけど、まぁ良いわ。そしてもう1つは、京子と名の付く人物の中で最強になりたいの」
「京子の中で最強ですか?」
「そう。京子と言えば私! 字が違う京子もたくさん居るけど、京子と言えば私しか思い浮かばないくらい、その名を轟かせたいって気持ちはあるわ!」
じゃあ、何でブラックダイヤモンドを名乗っているんだろう……
「そしていずれは、世界征服も狙っているの」
「………………京子先生、そろそろ総武線に乗り換えましょう」
「そうね。馬鹿な事言っている場合じゃないわね」
この人の凄い所は、馬鹿な事を言っているという自覚がある事だ。
総武線に乗り換えて西荻窪に着くまでの間は大した会話もなく、冷めきった夫婦のように黙って電車に乗っていた。
「着いたようですね」
「そうね。私も久しぶりにこの地に降り立ったわ。前回の県大会以来かしらね」
「何のですか!!?」
なんか謎の大会にいろいろと出場していそうな京子先生だが、とりあえず全勝している事は間違いないだろう……
「じゃ、ここからは黙って私について来なさい」
「は……はい」
昭和の人のプロポーズのような告白をされた僕は、京子先生の後を黙ってついて行った。
駅を出てから迷いなく進んで行く京子先生は、落ちているゴミを拾ってはポストに投函し、野良猫を見かければ本気で威嚇してビビらせていた。
歩く事数分、3匹の野良猫を手なづけた京子先生と僕は、とある探偵事務所の前に到着した。
2階建てビルの看板には『馬乗りジョニー探偵事務所』と書かれていて、等身大のディープインパクトのパネル写真が飾られている。
「ここってもしかして……」
「そう。ここは前回大会の敗者復活戦で昇格して、私の
「だから何の大会なんですか!?」
その大会の主催者が京子先生であろうと思われる事はおそらく間違いないだろうが、その言い方から察するに、僕の知らない所でも複数の
アダムとイヴと八丁味噌と名付けた3匹の野良猫を事務所の前に置き去りにして、僕達はジョニーさんの事務所に入って行った。
「お世話になりま〜す」
事務所に入る時にかける言葉としては適していない単語を発し、入り口に設置されている防犯カメラに、入って来たのか出て行ったのか分からないようにする為という、意味不明な理由で、後ろ向きのまま事務所の奥に進んだ。
「京子さんじゃないですか!? お久しぶりです!!」
京子先生の事を京子さんと呼んだその女性は、秘書感丸出しの雰囲気を醸し出し、細身ながら僕よりも背が高く、東京ガールズコレクションにでも出ていそうな美人さんだった。
「あら、風ちゃん! 今日は1人なの?」
「いえ、ジョニーさんは何か買い忘れたって言って、さっきコンビニの方に走って行きました。もう少ししたら帰って来ると思いますけど」
事務所の中はごく普通な感じになっていて、どちらかというと不動産屋の内装に似ていた。
接客用のカウンターテーブルが2席と、個人用デスクが4つほど置いてあり、各デスクにはノートパソコンが置かれている。
仕事をする為の事務所という事もあり、比較的整理整頓はされていた。奥の方にはパーテーションで仕切られている場所が2つほどあり、探偵事務所というだけあって、口外出来ないような内容の依頼は、あそこでやるんではないかと勝手に想像してしまった。
「前回、私が来たのは4年くらい前だったかしら? 今は風ちゃんしか働いていないの?」
「いえ、私とジョニーさん以外にも2人働いている人がいます」
「そう……じゃ、全部で5人なのね」
「いや! 足し算おかしいです、京子先生!」
「あの〜そちらの方は……?」
ついつい張り切ってつっこんでしまったが、変な第一印象を持たれてしまっただろうか……
「あっ! 紹介が遅れたわね。こっちのマッチョマンは私の助手で、ヘラクレス
「全然違います! 柳町 新右衛門です! それに全然マッチョじゃないし!! どっちかというともやしっ子豆谷です!」
「豆もやしって事? あんまり面白くないわね」
笑いのダメ出しは、この場でははっきり言って欲しくなかった……
「うふふっ! そうなんですね。自己紹介が遅れましたが、私は
「そうね。あの頃はまだ、風ちゃんがランドセル背負ってたものね」
「そんな訳ないでしょ! 4年前でランドセル背負ってたら、今高1ですよ!」
「京子さん。あれは仕事でやっていただけです。そういう趣味の人を探らなきゃいけない仕事だったので、何も分からずジョニーさんにあんな格好させらてしまっただけですよ」
本当にランドセル背負ってたんだ……
「でも、あの時は結構楽しそうだったわよ」
「まぁ、20歳を過ぎてランドセルを背負う機会なんてそうそうないですから、恥ずかしい反面ちょっと面白かった事は確かですけど、あんなに危ない目に会うとは思っていませんでしたよ」
僕がまだ
立ち話に気を遣った風子さんは、僕達を奥のパーテーションで仕切られている場所に案内してくれて、お茶を出してくれた。一息ついてお茶を飲んでいると、誰かが事務所に入ってくる音がした。
「あっ! ジョニーさん、お帰りなさい! 奥で京子さんがお待ちですよ」
風子さんとの話声を聞いていると、どうやらジョニーさんが帰って来た様子だった。
こっちに向かってくる足音が聞こえ、僕達の前に現れたその人は、以前に一度だけ遠目で見た事があるジョニーさんその人だった。
「思ったより早かったな、京子」
ジョニーさんの言葉を聞いた瞬間、京子先生の後ろ回し蹴りがジョニーさんの顔面に炸裂した!
「私を京子と呼び捨てにして良いのは、両親だけよ! 未来の旦那にすら京子と呼ばせる気はないわ!」
何故か物凄い形相で睨まれた僕は「僕は呼び捨てにしません!」という気持ちを顔で訴えていた。
「例の件はどうなってるの?」
京子先生は、倒れているジョニーさんの顔面を踏みつけながら、女王様のように質問した。
何とか足を退けたジョニーさんは、顔にクッキリ足跡をつけられたまま、申し訳なさそうに質問に答えた。
「わ……悪かったよブラック。風ちゃんの前だったから、少し格好つけてしまっただけだ。す……すみませんでした」
分かれば良いのよと言わんばかりの態度で再び椅子に座り、京子先生はお茶菓子で出されていたお煎餅を、一瞬で全てたいらげた。
ジョニーさんは「おかわりを持って来て」という合図を目線だけで風子さんに出し、風子さんは急いでお煎餅のおかわりを持って来た。
「ブラックに頼まれていた情報は、この中に入っている」
ジョニーさんはUSBを京子先生に渡して、そう言った。
「USBだけじゃなくて、パソコンも持って来なさいよ」という、恐ろしい視線をジョニーさんに浴びせた京子先生は、僕に対しても「早く煎餅の袋を開けなさいよ」という、ヤンキーのような威圧感で睨みつけてきた。
京子先生は、急いでノートパソコンを持って来たジョニーさんの足を踏んづけたまま、立ち上がったパソコンにUSBを差し込んだ。
「き……京子先生、依頼していた件って何なんですか?」
「柳町君の浮気調査よ」
「え〜っ!?」
「冗談よ。私が動けなかったから、ブルーハワイのアジトや奴らの事を探ってもらっていたのよ」
別にやましい事はしていないが、何故か京子先生の冗談に過剰に反応してしまった
そして京子先生は、USBの中の情報を画面に映し出すと、そこにはコンビニでエロ本を立ち読みしている僕の姿が映し出されていた!
「な……何で僕の映像が!? や……やっぱり僕の事、つけてたんじゃないですか!!」
「何を動揺しているのよ」
「そうだよ柳町君。これは以前に僕が遊びで作った、加工処理された映像だよ。何を動揺しているんだい? 身に覚えでもあるのか?」
「え……いや……その……」
「まぁ実際に加工処理したのは、ロリータ物を熟女物に変えただけだが」
「そこだけ!!? やっぱり僕を尾行してたんじゃないですか!! ヒドイです!!」
「別に新右衛門君が、エロ本を読もうがAVを見ようがどうでも良いんだけど、尾行に気付かないあなたは大問題よ」
た……確かに……
「こういう状況だから柳町君を心配して、ジョニーにあなたの身辺が危なくないか見張っててもらっただけよ」
「そ……そうだったんですね」
あんな状況で入院していたのに、守ってもらっていたのは僕の方だったなんて……
「あなたを連けていたら、まさかこんな撮れ高があるとはね。何となく感じていたけど、新右衛門君はロリコン好きだったのね」
「い……いや! 僕はどっちもイケます!!」
堂々と訳の分からない告白をしてしまった僕を、白い目で見ている皆さんの視線が、突き刺さるように痛かった。
別のファイルデータを開いた京子先生は、やっとブルーハワイの情報らしき映像を映し出した。
隠し撮りしている映像には、Mr.Gさんやせせらぎさんが映し出されていて、何やら薄暗い地下のような所で雑談をしている様子だった。
映像の内容は短く、1分程度のものだったが、本物のブルーハワイの映像だった。
「この場所を突き止めた結果、うちの
綾乃坊さんというのは、おそらくここで働いているジョニーさんの助手だろう。
「ヤバい奴らだという事は聞いていたから
「端からそのつもりよ。元々、あなた達の手に負える相手じゃないから、それなりの報酬を用意したのよ。でも、突き止めてくれてありがとうね。何とか弥生に良い手土産が出来たわ」
「そいつらは、定期的にアジトの移動を繰り返しているから、既にその場所に居るかも分からない。何かしら手を打つんであれば、早い方が良いぞ」
「そんな事、アンタに言われなくても分かってるわよ! なに、賢いふりしてるのよ! それより、しっかり家賃払ってるの? 何度も言ってるけど、いい加減電気代を払う前に家賃を払うのよ! 分かった?」
「あ……あぁ、分かってる」
ジョニーさんは、一度ミスった事をチクチクと何度もいじってこられているような、嫌そうな顔をしていた。
「これから弥生の所に行きたいんだけど、場所くらい調べてあるんでしょうね」
ジョニーさんはその話は聞いていなかったのか、焦って調べていた。
お煎餅が既に無くなっていた事に気付いた風子さんも、急いでお煎餅を補充していた。
ジョニーさんから弥生さんの居所を教えてもらった京子先生は「こんな腐れ事務所に、もう用は無いのよ!」と捨て台詞を吐いて、逃げるように探偵事務所を後にした。
京子先生は、今度はバスに乗ってみたいと言い、バスを乗り継いで都会から離れたある場所に向かう事になった。
いくつかバスを乗り換えた後、途中でバスを降りたその場所は、田んぼや小さな公園などが見えて、どこか田舎のような雰囲気を思わせる、のどかな場所だった。
そのままバス通りを歩いて行くと、ギリギリ向こう側が見えるくらいのトンネルに辿り着いた。
おそらく500m以上はあろうかと思われるそのトンネルを、僕と京子先生はひたすら歩き、ちょうど真ん中くらいの所まで来た所で京子先生が急に立ち止まった。
「ど……どうしたんですか、こんな所で立ち止まって?」
「柳町君。この薄気味悪いトンネルのど真ん中で、私と柳町君は2人きりよ」
「わ……分かってますけど、何でこんな所で立ち止まってるんですか? 早く先に進みましょうよ」
「柳町君。私、こんな時に何なんだけど、怖い話を思いついちゃったの」
「ちょ……ちょっと、やめてくださいよ! 僕、そういうオカルト系は苦手なんです!」
「じゃ、新右衛門君の期待通り、怖い話を始めるわね」
怖い怖いとは言いつつも、どこかで話を聞きたくなってしまう人間の性が悔しい……
「柳町君。怖い話をするわよ」
「は……はい」
ホラー系が女子並みに苦手な僕は、とりあえず腹を括った。
「お化けが出たの」
「もう出た!! クライマックスが冒頭に出た!! 会話の中でのまさかの
「どう? 怖かった?」
「いきなりお化け出て来られても、怖がりようがないんですけど……」
「実はこの話の怖い所は、私の頭がおかしいって所なの」
「そういう意味では実に怖いです!! 」
「異常でしょ?」
「異常です」
「殺すわよ」
「すみません。調子にのりました……」
「最近、生意気になってきたわね」
「そ……そんな事ないですよ! 昔以上につっこみとリアクションを頑張っているだけです!!」
「まぁいいわ。調子にのって弥生の前でもデレデレしてたら、右手と左胸を瞬間接着剤でくっつけて、一生国家斉唱してるみたいにしてやるから」
いつでも僕の想像を超えるお仕置きを思いつく京子先生は、実はかなりのアイデアマンなのではないかと思ってしまう時がある……
薄暗いトンネルの中で黒の全身タイツをはいている京子先生は、動きがあまり良く見えなかったが、何やらモゾモゾしながら変なポーズで叫んだ。
「
何の事!?と思った瞬間、トンネルの壁面から大きなゴマが現れた!
「さぁ行くわよ」
さっきの掛け声に意味があったのか分からないが、突然現れた大きなゴマのような扉を迷いなく開けた京子先生は、僕にリキラリアットをかまして一緒にゴマ扉の中に放り込んだ。
軽いむち打ちを気にしていた僕は、さっきの場面では「ひらけゴマ!」って言うのが正しいんじゃないかなぁと、内心思っていた。
ゴマ扉の中に入るとそこは、見た事もないようなそれはもう凄い事になっていた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます