13話 なに――あれ、CG?
「な、なに――あれ。CG? うそ、でしょ」
智莉子は天を駆ける戦車を見開いた瞳に映して、呆然とつぶやいた。恐怖を覚えるには、現実感がまったく足りなかった。よくできた映像のような光景。ゆえに、ただ立ちすくむしかなかったのである。
いいや。ここに来てから、無茶苦茶なことだらけだ。崖から落ちたはずなのに、どうやらまだ死んでいないようだし、カレッドに叱られると思えば感謝されるし、先ほどまで身体を支配していた恐ろしい衝動は、なぜか嘘のように立ち消えてしまっていた。
「デュラハンですにぃ。ご主人なら鼻息で吹き飛ばす程度の三下ですがにぃ」
イルイルが岩に腰掛けたまま肩を竦め、軽快に言った。
「カレッドはただの見習い、下手すりゃ喰われるかもしないですにぃ、にぃひひ」
「…………」
いまだ飲みこみ難い現実に、踏みこむべきか。
智莉子は迷ってから、口を開いた。
「あんたたち、魔法みたいなのが使えるんでしょ。簡単に追い払えるんじゃないの」
「当然――と言いたいところですがにぃ。イルイルたちはご主人に力を解放してもらわないと戦えないのですにぃ」
「……そのご主人ってのはどこにいるのよ」
「いたく傷心してましたからにぃ。南国の浜辺で釣りでもしてんじゃないですかにぃ?」
つまり助けはこない。状況は芳しくないということだ。
デュラハンはいよいよ輪郭をはっきりさせ、物の具が揺れてぶつかる耳障りで不気味な金属音を鳴らしながら近づいてくる。
「カレッドを助けたいのですにぃ?」
「ひっ!?」
考えていたところに鼻先にイルイルの顔がぬっと現れ、智莉子は飛びあがってしまう。
けたけたと笑いながら、イルイルは言った。
「チリコならできるかもしれないですにぃ。昼のアレを見る限り……」
言葉尻を濁らせ、不意にイルイルはいやそうな目をした。
「あれって……?」
「にぃひひ。勇気があるなら来るといいですにぃ」
食えない笑いを唇に乗せて、使い魔は森へと入っていった。
「…………」
智莉子はもう一度、空を見あげた。
デュラハン。いつだったか本で読んだことのある伝説の悪霊は、もう顔が確認できそうなほどに近づいてきていた。木製の戦車に乗る様はサンタクロースを思わせるが、実際は眼窩も口元も存在しない、漆黒の化物である。
きっと、一目散に逃げだすのが正解なのだろうけれども。
智莉子は、心配して顔を覗きこんできた、――食事を作ってくれた男の顔を思い出した。
「どうせ、いらない命だし」
つぶやいた少女は、わずかに光るイルイルの残光を頼りに、暗い森へと戻っていった。
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