12話 うおい、チリコ、生きてるか……
「うおい、チリコ!? 生きてるか!?」
引っ張りあげたチリコの身体を揺さぶる。大丈夫か。心臓止まってないか。
チリコが崖から落ちていくところを見たときは、こちらの心臓が止まるかと思った。間一髪間に合った自分を自分で褒めてやりたい気分。……なのだが。
「カレッド。こちらに来ますぞ!」
月夜に瞳を銀色に光らせ、ラズグリーが木々の間から飛び出してきた。
「わかってる。夜の気配が濃い……イルイル、どの眷属だ!?」
「あれはデュラハンですにぃ」
ひらりと空から降りてきたイルイルは、のんきに答えて断崖の岩に腰掛けた。
「今日は満月。絶好の結界食い日和の夜だにぃ、イルイルも走り回りたいくらいですにぃ」
「暖かくなってきましたしなあ」
のんびりと二体の使い魔は構えているが、俺はそれどころではない。師匠が去ったこの地の結界は、当然ながら弱まっているのだ。連中――夜の住人たちに結界を破られてしまえば、中に閉じ込めてある精霊たちまで喰われてしまう。
精霊が喰われたら、作物は痩せ細り、牛と山羊は乳を出し渋り、俺の食卓から野菜もチーズも消えてしまう。無理だ。そんなことになったら自殺するしかない。
「う、ううん……」
チリコが目を覚まし、こちらを見てハッとした。
「なんであなた……」
「チリコ!」
腕を取って呼ぶと、チリコはびくりと肩を震わせた。
「助かった。おまえのおかげだ」
「……は?」
「ここでじっとしていろ。イルイル、チリコを頼む。ラズグリー、行くぞ!」
「ちょっ、え、なに!?」
ラズグリーとともに、道を外れて丘を登り始める。
自殺でもするんじゃないかと、チリコが閉じこもった部屋の様子をちょくちょくイルイルに窺わせていたのだ。チリコが部屋にいないとわかって追いかけたところで、偶然、夜の住人に出くわしたのだった。
師匠ならまだしも、俺の場合は結界に攻撃を受けるまで気づくことができなかったろう。この時点で襲来に気づけたのは幸いであった。いや、撃退できる自信は……ちょっぴり怪しいのだけれども。くそ。なんでこういう日に限って師匠がいないんだ。
「あれか!」
下生えに足をとられつつ、息を荒げて丘を登ると、向こうの山から黒い影が近づいてくるのが見えた。
空中を蹴って走る、首のない馬を二頭建てにした
夜の住人――デュラハン。魔族の中では下位中の下位の存在であるが、結界や精霊を見つけたそばから食らう他、衰弱した人間を死者の世界へ連れ去ってしまう。
おそらく弱っていたチリコは、デュラハンの気に当てられて谷底へ誘われたのだろう。つまり俺はデュラハンの昼飯を奪ってしまったのである。怒ってるだろうな。俺だって昼飯とられたら怒るもんな。
「カレッド。思い切り震えておりますが」
「う、うるさい。大丈夫だ」
俺は硬直する身体を叱咤して、火精石で松明を灯した。死者の国へさらわれたくはないし、野菜もチーズも死守したい。つまり俺は戦うしかないのである。
冷たく澄んだ色で支配された夜の静寂を、燃え上がる炎が照らして揺らめかせる。首のない馬たちの行く先がこちらへ向くのがわかった。俺の存在に、デュラハンが気づいたのだ。俺の中の怯える心は、夜の住人にとって美味そうに映ったらしい。
「い、い、い、行くぞ」
「本当によろしいのですかな」
「……俺が死んだらチリコのことはよろしく頼む。師匠に会わせてやってくれ」
「主が聞いたらさぞ嘆くでしょうなあ」
だって怖いものは怖いんだい。
するとラズグリーは、不意に表情を消してこちらを見据えてきた。
「カレッド。――彼らにお帰りいただく方法を忘れたわけではありますまい?」
不意に胸ぐらを掴まれた感覚がするような一言だった。ひやりとこめかみが冷える。わかってる、わかってるんだ……彼らをいとも簡単に圧倒できる、とある力。しかし、それを俺が扱えるだろうか。
いいや。やるしかない。いま、師匠はいないのだ。
乾いた唇を一度舐め、俺はうなずくと――。
「きた! 行くぞ!」
松明を掲げながら、ラズグリーとともに森へと全力で走った。
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