8話 信頼度を大きく下げた爽やかな朝……



 信頼度を大きく下げた爽やかな朝である。


「……あのな、チリコ」

「なによ変態」


 椅子に腰掛け、チリコはこちらを見ようともしない。ふてくされた顔で、例の形見をいじりながら、「やっぱつながらない……充電どうしよう」などとぶつぶつ言っている。


 娼婦なのだから身体を見られたくらいで怒るな、と他人ならば言うのかもしれない。


 だが、俺にはできなかった。どんな理由でその商売を始めたからといって、知らないやつに肌を見られるなんて、いやに決まってるじゃないか。チリコの反応は当然だし、この件は俺の過ちだ。


 どう謝罪するべきか困っていると、きゅるる、とかすかな音が聞こえてきた。「あ」とつぶやき、顔を赤くしたチリコが、音のした部分を抱えて顔を伏せる。


 ――これだ。


「よかったら、食べないか」


 森で拾ってきたものを木の皿に盛ってテーブルに乗せる。チリコの目が丸くなった。


「ラズベリー?」

「おまえの土地ではそう言うのか? 俺たちは冬苺ファナベリーって呼んでる」

「…………」


 チリコは疑り深そうにしっとりとした赤い実を見つめた。瞳の中に葛藤が揺らめいている。


 だが、こいつは昨日からなにも食べていないのだ。余裕たっぷりに待っていると、ついにチリコはそっと指をのばし、実をひとつとって口にいれた。


 ――やった。食べた。


 野良の魔物を餌付けした気分で、袖の下で拳を固く握る。師匠、見てくれていますか。俺はやりました。


「どうだ、うまいだろう」

「…………甘い」


 チリコは短くつぶやいただけだった。しかし、その指はもう次の赤い実をつまみんでいる。


 ぱくぱくと冬苺を食べる姿に、うれしくなってしまう。うむうむ。食は人生の基本だ。しかもこの食べよう。きっと、元いた場所では冷めた麦粥やカビくさいパンしか食べさせてもらえなかったんだな。くそ、忌々しい娼館の主め。


 そういえば師匠が俺をはじめてこの家に連れてきたときにも、まずはじめにこの土地の果物をもらったんだっけ。当時十二歳の俺は孤児院を追い出されたばかりで荒んでいて、師匠の愛情が理解できずに、いろいろと悪態をついたものだった。


「あ」


 思い出した。そのときに、師匠が作ってくれたものがあった。


「おいチリコ、表だ。表に出るぞ!」

「え? ちょ、なに言って……」

「家に閉じこもりっきりじゃ頭にキノコが生えるぞ。もっとうまいものがあるんだ!」

「はあ?」


 戸惑うチリコの腕をとって、俺はさっそく準備に取り掛かった。


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