3話 なに?なんなの!?あんた、何なによそれ、コスプレ?


「なに? なんなの!? あんた、何なによそれ、コスプレ? 気持ち悪い! わたしをどうする気なの!?」


 俺から奪いとった直方体を握りしめた少女は、気が触れたようにわめき立てる。


「ああ、落ち着いてくれ。悪いのは俺の師匠なんだ」

「なによ師匠とか!? 頭おかしいんじゃないの!? ちょっと、どいてよ!」


 俺を突き飛ばし、少女は寝室から居間を突っ切って玄関へと走る。そして玄関の戸を開けて、外に飛び出して。

 硬直していた。


「……なに、なによ、ここ……」


 へたり、とその場に座り込む。


「白川郷、とか……? うそでしょ、だってわたし、さっきまで渋谷にいたのに。そ、そうだ、ケータイ!」


 聞きなれない単語が聞こえてくるが、それはきっと彼女の故郷のことだろう。こんな場所に突然召喚されて、混乱しないわけがない。

 少女は例の直方体を食い入るように見つめた。


「だめ、アンテナ立たない……Wifiも繋がんないし、なんなのよう」


 近づくと、哀れなほど肩を飛び上がらせ、振り向く。俺は怯えさせないように手を上げてみせながら、ゆっくりと説明した。


「ここは、ヘルメール公国の北グラディア地方、マイヤ山とコルメル山の間だ。一番近い町は……そうだな、馬を使えば半日くらいで、ミンツに着く。ローディスの隣町だ」


 ローディスは薔薇酒の産地として有名だから、聞いたことくらいはあるだろう。

 しかし少女はさしたる反応も見せず、ただただ呆然と、目の前の景色に顔を戻すだけだった。

 そして、こんなことを言った。


「……なんも、ない……」


 その一言に、俺の心の一部分が刺激される。


「それは聞き捨てならない。なんでもあるぞ、ここは」

「……畑。あと、山。そんだけじゃない……なんなの? わたし、どっかの国に拉致されたの? これから、どうなっちゃうの……?」


 少女の声が震える。開かれた瞳から、涙が溢れだしていた。

 そりゃ、突然こんな場所に連れて来られたらそうなるよな。そんな同情心が、俺の心に生まれた疼きを鎮める。


 俺は少女の前に回りこみ、地面に膝をついた。


「お前は、遠い場所から、あの鏡の力で召喚されてきたんだ。見知らぬ土地で不安だろうが、心配するな。この家にいれば行き倒れることはないし。俺も、なんとか帰る方法を探してみるよ。だから、泣かないでくれ」

「やだ……なによ、コスプレ男。わたしを犯す気なんでしょ」

「コスプレ……という意味が分からないが、罵倒されてるのか、俺は?」


 少女は泣きじゃくりながら、敵意ある目線を俺に向け、言い放った。


「その服がおかしいって言ってんのよ」

「…………」


 結構、傷ついた。


 そりゃあ、俺は貧乏な下層民の出だし、王都の魔法士官学校に通う連中と違って、黒い法衣には、銀糸も、金のボタンも縫い付けられていないし、裾は砂埃まみれだし、あちこち擦り切れて継いだ跡があるし、替えだって一枚しか持ってないし、それも余所行き用だから普段は着れないし……。

 でも、そんなはっきり言うことないじゃないかバカヤロー。


 ただ、ひとつだけ台詞が胸の内に引っかかった。


 ――わたしを犯す気なんでしょ。


 そうだった。こいつは娼婦だ。男など、自分を買うケダモノとしか認識していないのだ。


 俺は、さぞ凄惨であったろう彼女の過去を想い、唇を噛みしめる。けれども哀れみはただ彼女を傷つけるだけだろう。

 だから、俺は少女の目を見て言った。


「おい。言っておくがな。俺は、お前を買う気などこれっぽっちもない」


 この少女は、師匠の気まぐれの被害者だ。


「俺は、お前が元の国に戻れるように努力する、ただそれだけだ」


 だから俺は彼女を安心させるために。


「ついでに言っておくと、俺の好みはもっと胸のでかい年上のお姉さんだから安心しろ」


 張り倒された。



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