2話 どうしよう……
どうしよう。
少女を寝台に横たえた俺は、その傍で頭を抱えた。
師匠の置いていった大鏡に、恐らくは召喚されたのであろう少女の姿を、再度見やる。
年頃は十五、六といったところか。俺と同じ、一般的な人間族の少女だ。しかし、彼女を構成する要素の一つ一つは、謎に満ちている。
まずは、指だ。折れそうなほど細く、皮膚はなめらかで薄い。労働階級の出でないのは間違いなさそうだ。きっとどこかの令嬢なのだろうと想像がつく。しかし、艶のある茶がかった黒髪は、何故か肩のあたりで切り揃えられている。髪は女の命だ。年頃の娘がこんな短さにするなど、只事ではない。
「……元々、高貴な身分。だが、何かしらの理由で切った、か」
続いて、上衣。布は綿でも絹でもなく、見たこともない材質だ。更に驚いたことに、金色のボタンは、本物の金ではなかった。触ってみると、不自然に軽いのだ。しかし、見た目は本物と見分けがつかないほど精巧だ。どうやって作られているのだろう。
そして、この目のやり場に困るスカートの短さは一体どうしたことか。
「……娼婦、としか考えられないな」
前に師匠の供で大きな町に行ったとき、裏道でこんな丈の服を着た女が歩いているのを見たことがある。
つまり、だ。
「こいつは、元々は良い身分の娘。しかし、親が紛い物の金を生成したことで立場を追われ、金策のため髪を売り、更には娼婦に身を
辿り着いた結論に、俺は涙した。
なんと。なんと哀れな話があったことだろう。
しかも、そんな身の上でありながら、うちの師匠の勝手な暴走で見知らぬ場所へ召喚されてしまうとは。
せめて俺が、少なくともこの山の中では、彼女を守ってやらなければ。俺は、固く決心する。
「それにしても、これはなんだ?」
彼女が握りしめていた銀色の物体。俺は、その謎の物体を手にして、しげしげと眺める。掌ほどの大きさの直方形の塊で、ひんやりと冷たく、厚さは小指の幅ほどしかない。あんなに大切そうに持っていたのだから、きっと、亡き父母の形見とか、そういうものに違いない。
しかし、このような道具は見たことがない。何で出来ているのだろう。片面は異様になめらかな金属で、もう片面は黒いガラスのようだ。
「お?」
ひっくり返したり撫でたりしていると、突然、直方体の片面が輝きはじめた。
俺は驚愕する。なんということだ。魔力の波動など一切感じられなかったのに、いつの間に魔法が発動したのだ。
興味の向くままに、光る面を凝視して、更に息を呑む。
それは、なんと表現すれば良いのだろうか。謎の言語、そう、文字だけ書き取れば『ロック解除』、と横文字で穿たれ、謎の幾何学模様が浮かんでいる。
こんな魔道具は見たこともない。この少女はいったい、どこから来たのだ?
俺の魔法使いとしての好奇心が、鎌首をもたげる。
「う、うーん……」
タイミングの良いことに、少女が身動ぎをして目を覚ました。
俺は、鼻息を荒げて少女に詰め寄った。
「お、おい。この魔道具はどうやって使うんだ!?」
少女はしばらくぼんやりとしていたが、ふとこちらに焦点を合わせて、その瞳をゆるゆると見開いた。
そして。
「何勝手に見てんの、この変態!?」
「ゴフ!?」
なぜか、俺は殴られた。
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