チームゼロ発足決定

 環境部の会議室に部の幹部職員が招集され緊急会議が開催された。プレゼンテーションを担当したのは県から出向している宮越副主幹だった。

 「県が来年度から夜間パトロールチームの設置を決定し、同時に市町村の設置する夜間パトロールチームの予算にも県の補助金が出ることになりました。市町村の職員にも産廃の現場に立ち入る権限を与えるための便法として県職員の兼務辞令が交付されます」宮越が説明を始めると会議室内に小さなどよめきが起こった。

 「もっとも中核市となった犬咬市には産廃行政が県から委譲されておりますから兼務辞令は必要がありません。しかし補助金は犬咬市も対象となります。当市の不法投棄問題が解決しなければ県の不法投棄問題が解決しないという特別のはからいです。国が発表している統計上、当県の不法投棄は全国の四十パーセントを占め、当市の不法投棄は当県の不法投棄の六十パーセントを占めます。つまり当市の不法投棄は全国の四分の一を占めるということです」宮越の説明に会議室内はさらにどよめいた。これほど不法投棄問題が深刻だと考えていない課長も多かったのだ。

 「ここまでは県の制度の説明ですが、当市は県の補助金を待たずに今年度からでも夜間パトロールチームを常設したいと考えています。既に県警との合同夜間パトロールを試行し、その効果を検証したところです。十月から当課に四班十二名体制のチームを新設したいと考えております。この四班が夜間休日パトロールのシフトを組み、昼間のパトロールは二つの環境事務所が分担することで二十四時間三百六十五日パトロール体制を整えます。危険を伴う夜間パトロールのために県警から新たに四名の警察官の出向を求めることについて既に県警本部の内諾を得ております」

 ここで鎗田産業廃棄物対策課長が立ち上がった。「宮越の説明に補足しておきますが、このチームの発足にはなんとしても全国ワーストワンの汚名を返上したいという市長の意向が強く働いています。チームの名前も既に市長直々に命名しております。チームゼロです。もちろんこれは不法投棄ゼロを達成するという意味であります。そこでみなさんにチームゼロを成功させるため、ご意見とご協力をぜひたまわり対策に万全を期したいと考えています」

 鎗田課長の説明を聞いた諸課長は喝采するよりむしろ眉を顰めた。十月から十二名の増員となれば産対課はいきなり部内最大の課に躍り出ることになり、当然課長の序列も一位に上がる。しかもこれほどの増員は九月市議会に定数条例改正の上程が必須である。一番の嫉妬の種は市長が自ら命名した肝いりのチームだということだ。産対課長が市長と議会の関心を独占する事態を予想して嫉妬を禁じえなかったのだ。

 「警備保障会社に委託している夜間パトロールはやめるのですか」一般廃棄物指導課長の萌木が最初に質問した。

 「やめません。むしろ予算を増額する方針です。現在年間四百回の実施を倍の八百回に増やします。予算的なことを申しますとチームゼロのために四輪駆動車を四台新たに購入します。それから現在の場所では課が手狭になるため五メートルほど広げさせていただくことになると思います」萌木の質問はかえって鎗田を調子つかせた。

 「他の課を狭くするということでしょうか」大気水質課長の澄谷が不機嫌そうに発言した。

 「部屋割りは総務課が検討中ですのでなんとも申せません」

 「チームゼロの目的はなんですか。単なるパトロール、それとも警察のように逮捕までやるのですか」環境政策室長の鳥内がなかなか核心的な質問をした。

 「逮捕は県警の仕事です」

 「それならいっそ県警に特別捜査チームを発足させたらどうですか」

 「実はそれも検討していただいております」鎗田は自慢そうに言った。

 「どういうことですか」鳥内が聞き返した。

 「県警は生活安全特捜隊の中に環境犯罪を専門にする特別チームの設置を考えているようです。さらにこのチームとは別に環境犯罪課という独立した課を新設するとも聞いています。ただし県警の組織や人事は警察庁が行いますので本部の自由にはならず今すぐにとはいかない。そこでまず市に組織を作り県警からの出向を求めることにしたのです。これですと警部の出向人事を警察庁にお願いするだけで済みます」

 「なるほど」鳥内はすっかり圧倒されたように引き下がった。

 「チームゼロは誰が指揮するのですか」自然保護公園課長の緑海課長が念を押すように質問した。

 「清宮警部に当課の副課長となっていただいてチームを率いていただきます。いま説明をした宮越にはチームゼロの班長になってもらいます」

 「他の部や課との連携についてはどうお考えですか」緑海が質問を続けた。

 「それをみなさんにご提案願いたいのです」

 「当課としては鳥獣保護委員に不法投棄の早期通報を行っていただく協定を検討中でしたが、来月にも調印できそうですよ」緑海が説明した。

 「それはありがたい」鎗田がにやりと笑った。

 「当課は産廃処理工場の一斉検査を予定しています」大気水質課長の澄谷が発言した。

 「一番効果があるのは土石採取を担当している商工部鉱業保安課との連携だろうな」風祭部長が自ら発言した。「なんといっても不法投棄現場の半分は土石採取現場の跡地だからな。商工部長には私から強くチームゼロへの協力を申し入れているし、市長からも指示を出していただけるようですよ」

 「そういうことであれば現場の環境事務所としては商工産業事務所との合同パトロールの実施を提案したいです。夜間パトロールもいいですが昼間のパトロールだっておろそかにはできません」最後に仙道が発言した。

 「それはすばらしい。さっそく検討しましょう」風祭部長がすぐに応じた。

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