反省会

 本所が不法投棄継続の段取りをしているころ、上野屋の二階では奥山所長と仙道技監、監視班の四人が参加した夜間パトロールの打ち上げが行われていた。伊刈にすれば中途半端な結果だったが、組織としては初の夜間パトロールは成功裏に終わったという総括だった。

 「なんだ伊刈、冴えない顔だな。夜パトの発案者じゃねえか。それとも何か、逮捕しなかったのか不満か」仙道が伊刈の心中を見透かしたように言った。

 「逮捕するしないは警察と検察の領分ですからどうだっていいですが、もともと夜パトは市の主導でやるはずでした。あんなやり方ならやる意味がないです」

 「最初っから市だけじゃムリだろう。警察にいろいろ教えてもらおうじゃねえか」

 「本課はあれでよかったんでしょうか」

 「おまえほんとに本課の宮越とは反りが合わないみてえだな。同じ県からの出向だってのに一言も挨拶しなかったじゃねえか」

 「向こうがこっちを嫌いなんですよ。僕は挨拶しましたよ」

 「どっちもどっちって感じだな」

 「そんなことより本所は不法投棄をやめるでしょうか」

 「やめないだろうな。夜パトを一晩やったくれえじゃじゃなんも変わらんだろう」

 「だったらチームゼロが連続夜パトをやるしかないですね」

 「いきなりその話か。まあ飲め」仙道は徳利を持ち上げた。伊刈は熱燗が好みではなかったが、逆らわずに空の猪口を差し出した。

 「当然本課だって一晩じゃ意味がねえってことはわかってるよ。夕べのはジャブだ。連打でノックアウトを狙うには組織が必要だよ。いまの体制で毎晩夜パトはできんだろう。組織ができるまで待て」

 「どっちみち事務所の出番はないですね」

 「なんだやっぱり本課にお株を奪われたのが不満か」

 「それよりせっかく所轄まで連行して釈放ってのも釈然としませんでした」

 「最初から現行ではやらないって約束なんだ。現場に踏み込んでくれただけでも県警としては精一杯だよ。あれ以上やるとなれば検事と相談しなくちゃならねえ。おまえだってわかってんだろう」

 「安警の蒲郡部長からも警察の事情はそれとなく聞きました」

 「警察は警察でいいじゃねえか。おまえもそう言ってただろう。市には市のやり方があるって。これまで十年以上も続いている不法投棄だ。一晩で片付けようと思うなよ」

 「そうですね」

 「班長ちょっと」仙道との話が途切れたタイミングを狙って長嶋が真顔で伊刈に話しかけた。

 「なんですか?」伊刈は長嶋を振り返った。

 「岩篠の捨て場なんすがね。地主は潰れた不動産だったすよね」

 「ああそうだね」

 「箭内造園の子会社なんすよ」

 「だけど社長は亡くなってんだろう」

 「不動産屋はなくなってましたが本業は息子が後を継いでるようです」

 「そっか息子がいたのか」

 「現場から逃げたオペが箭内の息子かもしれないんです」

 「どうしてわかるんですか」

 「地元で噂になってるんすよ。箭内の倅が不法投棄をやってるって」

 「死んだ社長の息子か。なるほど」伊刈はため息混じりに言った。

 「溜め池のそばの家だそうすよ」

 「芦中池のことかな」

 「ええそうです。やっぱりご存知でしたか」

 「あのあたりは箭内姓ばかりだけど箭内造園は本家筋だな」

 「さすがすね。調べてたんすか」

 「まあな。だけど箭内が現場にいたって証拠があるのかな」伊刈は目を泳がせた。

 「それより箭内の自宅が大変なことになってるらしいんすよ。庭に積み上げた産廃が溜め池に零れだしているそうすよ」

 「それはまずいなあ」

 「どうも今朝追い返したダンプが置いていったようです」

 「それじゃ打ち上げなんかやってる場合じゃないですね」

 「俺も連絡を受けたのはさっきなんです。所轄はかんかんですよ。それはそうとロードスターの女、箭内の女房ですかね」

 「それは絶対ないだろう」

 「案外わかりませんよ。明日、箭内の自宅に行ってみませんか」

 「わかった。じゃ明日の朝一番にも行ってみよう」伊刈は急に考え込んだ様子で席を立った。

 いつもは自動車通勤の伊刈だったが、その日は酒を飲んだので電車での帰宅となった。電車には帰りの方向が一緒の喜多と乗り合わせになった。ローカル線の終電は早く、まだ十一時前だというのに最後の電車だった。

 「班長どうしたんですか。飲んでる時から浮かない様子でしたね」喜多が心配そうに声をかけた。

 「ちょっと気になることがあったんでね」

 「ロードスターの女のことですね」

 「どうしてそう思う」喜多に図星をさされて伊刈は顔を上げた。

 「だって班長、最初にロードスターとすれ違ったときから気にしてるのが見え見えですよ」

 「そうか」

 「もしかしてお知り合いなんですか」

 「まさか」

 「顔もよく見えなかったし、一目惚れじゃなかったらお知り合いとしか考えられませんが」

 「鋭い推理だな。だとしたらどう思う」

 「やりにくいですよね。お知り合いが不法投棄の先導車を運転してたんじゃ。しかも女だし」

 「今朝追い返したダンプ、捨て場の地主の自宅に投げてったそうだよ」

 「ええ聞きました」

 「その地主の女房がロードスターの女じゃないかってのが長嶋さんの意見だった。だけど僕は違うと思うんだ。実は箭内の女房なら知ってるんだ。見間違えるはずがない」

 「そうなんですか」

 「変な付き合いじゃないよ。県の事務所の近くで喫茶店をやってたんだ。うまいコーヒーを煎れてくれるママでね、毎日通ってたからよく知ってるんだよ。県庁の常連ならみんな知ってる」

 「いくつくらいの方なんですか」

 「五年前にママだったときは二十歳だった」

 「そんな若いママだったんですか」

 「店を出すのが結婚の条件だったんだと言ってたよ。その頃は箭内も金があったんだろうな。それが今じゃ不法投棄の片棒担ぎとはな。だがロードスターの女は箭内の女房じゃないよ」

 「それでお悩みなんですね」

 「悩むというほどのことじゃない。もう喫茶店はないんだし会うこともないと思ってたからな」

 「それじゃどうしてもあの女の正体を暴きましょうよ」

 「まあそうだけどな」伊刈は再び考え込むように首をうなだれてしまった。

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